--- オワリ ---
夜を待って出発した。
あの街の中で自分たちの記憶を残していた3人――義兄上と姉上、そしてリッド。
少ない見送りだった。
くそガキは、すでに小さくなってしまった影に向かってまだ手を振っている。
この暗闇では向こうからこちらの姿など見えないに違いない。
「……行くぞ、くそガキ」
「うん」
くるりと背を向けて歩き出した黄金獅子の末裔は、それでもまた一つ悲しみを乗り越えたように見えた。
夜明けは近い。明るくなる前に街から遠ざからねば。
ずいぶん歩いてから、また名残惜しそうに街を振り返ったくそガキを見て、ぽつり、と呟いた。
「コインを……探そう」
「コインを?」
首を傾げたくそガキに、さらに淡々と説明する。
「この先何があるにしても、悪魔の助力が必要だと思う。無論マルコシアスとリュシフェルが不足だというわけではないが……」
「コイン探して、どうするの?」
「できる限り紋章契約をする。そしてコインは、破壊する」
「……いつになく過激だね、アレイさん」
楽しそうにくすくすと笑うくそガキ。
ああ、この笑顔はひどく懐かしい。
そう思ったら照れくさくて、気がつけば額をはたいていた。
「茶化すな。これはきっと最後のレメゲトンである俺たちに残された使命だ。コインの時代に終わりをもたらすことが必要だろう」
「なんで?」
「新しい時代が始まろうとしているからだ」
驚いて目を丸くしたくそガキに、さらに追い討ちをかける。
「ミュレク殿下を中心にグリモワール再興を願う人々が動き始めている」
「サンが?!」
サン=ミュレク=グリモワール殿下は、グリモワール王国最後の王ゲーディア=ゼデキヤ=グリモワールの唯一の息子にして元第一王位継承者であった人物だ。
彼が中心になって動くとなれば、様々な人物が動き出すだろう。
「もしお前が望むなら、多くの悪魔を集め、その支持を得、手助けする事も可能だ――数百年前お前の先祖がそうしたように、独立戦争には悪魔の力が必要だろう」
自分の先祖とマルコシアスと同じように。
何より、散らばったコインでまた不幸な運命をたどる人間がでることが許せなかった。その前に、破壊してしまえれば何よりだ。
「うん……うん、そうだね!」
するとくそガキは、満面の笑みを見せた。
不覚にもその明るい笑顔にどきりとする。
「ミュレク殿下の居場所は義兄上に教えてもらった……行くか?」
「行く!」
ぱっと輝いた笑顔で、くそガキは手を差し出した。
「ね、急ごう! アレイさん」
ところが、手に触れた瞬間、くそガキの体が美くんと飛び跳ねた。
「痛っ!」
「どうした」
「ん、何でも……ない」
くそガキ自身にも何が起きたか分かっていないようだった。
「それより、行こうよ」
「……本当に大丈夫か?」
「だいじょうぶだよ!」
そう言ってはいるものの、一抹の不安が駆け抜ける。
彼女の左腕は悪魔に授けられたものだから――殺戮と滅びの悪魔、グラシャ・ラボラス。
それでも、朝日の上り始めたグライアル平原は秋の穏やかな風に満ちていて。
ただ、隣に彼女がいる事が幸せで、未来への道が拓けたことで安堵していて、他に気が回らなかった。
世界の理、柱、片割れの悪魔と光が別つ世界。
マルコシアスが自分に求めたものも、ハルファスが自分を推した理由も何も知らなかったのに。
すべてがつながった時に知ったのは、自分たちの前には残酷な選択肢が残されているという事だけだった――