SECT.13 王都ユダ＝イスコキュートス
出発してから５日。
ようやく王都ユダ・イスコキュートスに到着した。ジュデッカ城を中心に幾重にも城壁が取り巻いている様子をガキが大きく目を開いて見ている。
どうせモンブランみたいだとかそんなくだらないことを考えているんだろう。
「大きい街だね……」
ほう、と息をついた。
確かにジュデッカ城は王が住む城にふさわしい壮大な城だ。いくつもの塔が天を指しており、それは大小合わせて50近くあるだろう。城の建物もひとつではなく、10以上の大きな建物の集合である。城の周りは３重の隔壁が取り囲んでおり、堅固な要塞都市の名に恥じない威風堂々とした構えだ。
「そうね。もっと大きな街は他にたくさんあるのだけれど、王の住むジュデッカ城があるからやっぱりそれなりに大きな都市になるわ」
「もっと大きな街もあるの？」
「そうよ。城壁で囲まれていない商業都市なんかはもっと広いし、貿易が行われている港町はもっと人が多いのよ」
「すげえ！」
嬉しそうに目を見張る様子はまさにガキそのものだ。
都市への入り口を過ぎるときも名残惜しそうに護衛の兵士を見送っていた。
何がそんなに珍しいんだ。
「今のがインフェルノ・ゲートよ。外と王都ユダを隔てている最初の２枚の壁を合わせてインフェルノ外郭と呼ぶわ」
「街全部を囲んでるの？」
「そうよ」
二つ目の城壁を抜けると、目の前に大きな広場が現れる。
始まりの丘だ。
ここへ来ると王都へ帰ってきたという実感がわいてくる。
「さあ、少し降りて王都を見学しましょう」
ねえさんに言われて３人で馬車から降りた。
この広場は町並みよりも少し高い丘になっていて町全体の様子が展望できるのだ。
「ここは始まりの丘。インフェルノ・ゲートを過ぎるとまず旅人はここで町を見渡すことになるわ」
「うわあ！」
ガキが思わず感嘆の声を漏らした。
この都市は大きく十字に街を貫くメインストリートから放射状に細い道が四方八方に伸びているのが特徴だ。縦横に整然と道が並んでいない分、迷いやすいことに関しては定評がある。
「ここより少し高いところにもう一枚城壁があるでしょう。あれが、プルガトリオ外郭。正面に小さく見える門がプルガトリオ・ゲートよ」
「あの、大きなお屋敷は？」
「貴族や、位の高い騎士がお屋敷や別荘を持っているの。一般の人は許可がないとプルガトリオ外郭の中には入れないわ」
「ねえちゃんの家もあの中？」
「そうよ、アレイもね」
にこりと笑ってねえさんはジュデッカ城を指した。
「そしてあれがジュデッカ城。今はゼデキヤ王が住んでらっしゃるわ。その周りを取り巻いているのはパラディソ外郭。あれを門以外から乗り越えるのはほぼ不可能よ」
「すごい！」
「さあ、行きましょう。王様がお城で待ってらっしゃるわ」
「うん！」
ガキのはしゃぎようにはついて行けなかったが、心の大半を占めているのがいつものように実家に帰る憂鬱だけではないのも確かだった。
それがガキのおかげだとは決して口に出したりしないが。
街に入ってからもガキは興奮しっぱなしだった。
「すごいたくさんヒトがいるよ！ 道が広い！」
景色がゆっくりと後ろに遠ざかっていく様子を窓に張り付いて見ている。
メインストリートでは連日、市が開かれている。
「ここは城下の市場よ。海からは少し距離があるけれど、ユダ川の水運が発達しているから海の幸も山の幸もすべてが集まっているわ。このあたりは平野だから、周辺地域で採れた穀物も多いわね。すべてはこの国の温暖で湿潤な気候がもたらした作物よ」
「ほんとだね」
「このメインストリートの市場を抜けるとすぐプルガトリオ・ゲートがあるわ」
ガキがぱっと振り向いた。
この顔をした時のガキの考えは知れている。
「買い物したいよ！」
「だめ。王様に会ってからよ」
「むー」
「落ち着いたらアレイにでも連れてきてもらいなさい」
唐突な言葉に思わず口が勝手に動いた。
「はあ？ 何で俺が」
「いいじゃない、仲良くなったみたいだし」
「「よくないっ！」」
二人でハモってそう叫ぶと、ねえさんはさもおかしそうに笑った。
くそ、ガキと同時に言葉を発するなんて不覚だ。
「何言ってるのよ。誰がどう見ても仲良しさんだと思うわよ？」
「嘘だー！」
またガキはきゅっと眉を寄せて唇を尖らせた。
その顔は年相応じゃないからやめろと言いたい。
「やめてくれ、こんなガキのお守りなんか……無駄遣いが関の山だ」
「ガキって言うな！」
なぜかこのガキ相手だとぽんぽんと口から台詞が零れ落ちてくる。
「ガキにガキと言って何が悪い」
「ほらほら、やめなさい二人とも」
このやり取りにも慣れてきてしまったのが嫌だ。
「だってアレイさんが！」
ガキがこちらに指を突きつける。思わずむっとして言い返す。
「先に突っかかってきたのはお前だろう」
「だからやめなさい。プルガトリオ・ゲートに着いたわよ」
だから入門手続きをしてきなさい。ねえさんが暗にそう告げた。
「……ちっ」
舌打ちして、入門手続きのために馬車を出たが、不完全燃焼だ。
まったく、いったいあのガキの頭はどうなっているんだ。きっと一度検査したほうがいい。
そしてねえさんの中で俺とあのガキが異様に仲がいいことになっている。これも早いうち正したほうがいいだろう。でないとねえさんのことだ。いったい何を妄想しだすか分からない。
買い物に連れて行けと言われているうちはまだまだかわいいものだろう。
