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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
(幕間)FRAUD CALM
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SECT.16 加護印

 左手に意識を集中すると、黒い霧のようなものが収束し、見る見るうちに剣の形をとった。

 懐かしい感覚が全身を駆け巡る。

「だいぶ……鈍ったな」

 体が重い。とんとん、と軽くステップしたが、あの戦争当時の身体能力や勘はそう簡単に取り戻せるものではない。どこか違和感の残る手足だったが、仕方がないだろう。

 ずっと身分を隠し、自分とラックを見守っていてくれた義兄上に言われ、いくらか稽古していたのは正解だった。もしかすると、義兄上はこうなることすらも見越していたのだろうか。


 目の前のケテルの背後に、数十枚の翼をまるで金冠のように広げた天使の姿がある。

 とてもこの湿っぽい酒場の地下倉庫には似合わない壮麗な姿――王冠の天使メタトロン。天界の長であり、滅びの力を司る最強の天使でもある彼は、空気ではない別の媒体を使って声を響かせた。その不思議な声は頭の中に直接響いてくる。

「マルコシアス よもや こんな形で再会しようとは 思いもしませんでした」

 すると、自分の背後にも褐色の肌をした戦士の姿が現れた。

 黒髪から短い角が飛び出ており、また、頭上に金冠を頂いて背には純白の翼を一対湛えていることから、この悪魔が堕天であることは明白だ。

 まるで少年のような風貌をしたこの堕天使は、笑みを見せた。唇の隙間から八重歯がのぞく。

「滅び行く世界と共に 貴方を失いたくはありませんでした」

「仕方あるまい これは 我が選んだ結果」

 天界の(メタトロン)でなく魔界の(リュシフェル)を主に選び、マルコシアスは魔界へ下ったという。

 堕天と成り、裏切りと呼ばれ。

「我は既に 天使ではない だが 悪魔にも 人間にも成れぬ 半端者 まさしく彼奴が 呼ぶように」

 悪魔でも天使でも人間でもない、というフレーズには聞き覚えがある。あの殺戮と滅びの悪魔グラシャ・ラボラスがいつだったか吐いた台詞だ。

 天使でも悪魔でもない、と言うのは分かるが、なぜマルコシアスはそこに「人間」という言葉を混ぜた?

 自嘲気味に笑ったマルコシアスはふわりと純白の翼を広げた。

「我が息子に危害を加えることは 許さぬ 無論 主が創る この世界にも」

「刃向かおうというのですか」

「貴方が 退かぬなら 致し方ない」

「そうですか」

 メタトロンの闘気が上昇した。

 相変わらず……凄まじい威圧感だ。

 この鈍りきった体で勝てるか?

 左手の剣を握りしめる。

「アレイ 気を張るな」

 この堕天の悪魔は自分を息子、と呼んだ。

 初代 炎妖玉ガーネット騎士団長レティシア=クロウリー。自分の遠い先祖に当たるその人と交わり、その血を現世界に紛れ込ませた戦の悪魔。

「紋章契約は コインの契約とは 比較にならぬ 我がメタトロンの前で 現世界に存在できるほどに」

 その言葉ではっとした。

 堕天の悪魔は天使の前に存在できない――そのことわりを無視してマルコシアスがここにいる。紋章契約と言ったが、もしやそれはねえさんの腹部に刻まれたメフィストフェレスの印やくそガキの額に現れるリュシフェルの紋章と同じものだろうか。

 それならばメフィストフェレスが堕天であるにも関わらず天使の前で存在を保っていた理由が納得できる。

「紋章契約 時を止める意味が 分かっているのですか」

 メタトロンの声に焦りが混じった。

 マルコシアスは苦しそうな声で答える。

「我は 失う事を 欲せぬ」

「私のような犠牲者を 出したくはなかった だからこそ 早い段階で 世界の滅亡を願ったというのに」

 天使や悪魔の会話は本当によく分からないことが多い。

 最近ようやく片割れの概念を理解したというのに、世界のことわりと呼ばれる規定ルールはまだ多いらしい。

 柱。自己犠牲。永遠アエテルヌム。世界の崩壊と創造、存続。

 一つ一つは分かる単語のはずが、並べるとこれほど理解できない。

「ここで 滅しなさい」

「させぬ 人の心が 永遠を 望む限り」

「私に勝てるとでも 思っているのですか 以前の貴方ならともかく 今は」

「力が半減した今 天界では無理であろうな」

 マルコシアスはそう言って不敵な笑みを見せた。

 魔界屈指の剣士である彼は、特殊能力を持たないとされ、伝承によればリュシフェルやメフィストフェレス、ベルフェゴールのように最高位に位置するわけではない。ましてや、殺戮と滅びの悪魔と恐れられるグラシャ・ラボラスのような強大な力を持つ悪魔でもない。

 それでも彼は故グリモワール王国において過去現在絶大な人気を誇っている。

「だが 現世界なら 器の差がある」

 少年の容姿に似合わぬ不敵な笑み。

「行くぞ アレイ あの者が器であるうちは 勝機がある 印を見定めよ」

「……はいっ!」

 考えるのは後でいい。

 今はただ目の前の敵に集中せねば。

 懐かしいマルコシアスの加護を全身で感じながら、左手で剣を構えなおした。



「メタトロン様の加護を受けたこのケテルに楯つこうというのですか? なんと愚かな!」

「退け、ケテル。これ以上俺の大切なものを手にかけさせはしない」

 とりあえずこの狭い地下倉庫では満足に戦えはしないだろう。長剣を振るのも飛び上がるのも天井の高さを考えなくてはならない状態だ。

 出口に立ちはだかるのは背後にメタトロンを従えた淡い茶髪のセフィラ、ケテル。

 ねえさんの命を奪い、自分とくそガキを剣で一つに貫いた張本人。

「光を避けよ この剣で 光を弾く事は 叶わぬ」

 右腕を失っているケテルは左手をこちらに向けた。

 そこに力が集中するのを見とって攻撃のタイミングを計る。

 敵と相対した時の独特な高揚感が全身を駆け巡っているのが分かる。いくら平和な生活に身を置いていても、所詮自分は戦人いくさびとなのかもしれない。

 光の力を収束させた矢が飛んでくる瞬間に地を蹴った。

 ケテルとの間合いを詰める。

 右腕がないのだから隙を見つけるのは簡単だ。しかもケテルは武器を手にしていない。

 この狭い地下倉庫の空間内ならば、メタトロンはその力を十分に発揮することなどできないだろう。2年前の戦場で出会った時のように恐れる理由はない。飛んでくる攻撃にだけ気を付けていればそれほど苦戦する事はないはずだ――この男が、滅びの力をこの距離で使うのならば話は全く違ってくるが。

 自分の背後で凄まじい音を立てて壁が破壊された。

 ケテルの放った光球が炸裂さくれつしたのだろう。

 続いて放たれた第二波をよけて飛び上がる。

 が、思ったより天井が低い!

 体をひねって天井に着地、反動でケテルに奇襲をかけた。

「メタトロン!」

 その途端、ケテルの周囲を光のヴェールが包んだ。

 以前見たネツァクの能力と同じだ。

 剣が弾かれ、そのまま壁に叩きつけられた。

 息が止まりそうになるもすぐに地面にしっかりと立ち、剣を構えなおす。

 マルコシアスの厳しい言葉が飛んだ。

「加護印を探せ アレイ」

「はい」

 観察能力が突出しているあいつならすぐに天使の加護印を見つけ出してしまうんだろうか……そう思いながらケテルを観察する。

 白い神官服はきっちりと着られていて、簡単には探せそうにない。

 戦場でねえさんに加護を奪われたコクマは左大腿部、ビナーは右肩にあった。どうやら何の関連もないらしい。

 ただ分かるのは、右腕にはなかったのだという事だけだ。

 ケテルの手の動きに注意しつつ間合いを詰める。

 マルコシアスの加護で、ここ2年の空白期間ブランクがかなり緩和されている。ほぼ思い通りに自分の体を動かす事が出来た。

 至近距離ならば光の矢は放てないはずだ。

 そう思って再び間合いを詰めるべく地を蹴った。

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