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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
(幕間)FRAUD CALM
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SECT.10 マルコシアス

 目の前に、映像が浮かぶ。まるで上空から見下ろしているような感覚だ。

 大地も大気もすべてが震えている。人々が大地を踏みならし、武器を鳴らし、打ち合いぶつかり合う音だ――ここは、戦場?よく見ると白と黒の旗印がある。セフィロト国とグリモワール国の戦いなのだろう。

 ふと地面が近づいていくると、その中にぽっかりと開かれた土の大地がある。どうやらそこは周囲を深い溝で囲まれているために兵から避けられたらしい。

 その土の大地の中央に、真っ赤な血の海を作って誰か倒れている。それも一人だけではない。仰向けに倒れている黒髪の少女と、そこに覆いかぶさるように黒髪の男性が倒れている。

 少女の顔には嫌というほど見覚えがあった。

――グレイス

 先ほどからずっと思い描く妻の姿だった。

 その姿は血に塗れ、明らかに命は途切れようとしているように見えた。寄ろうとしたがまったく体の感覚がない。

 それよりむしろ……グレイスに覆いかぶさっている方は自分ではないのか?


 その時、ぴくりとも動かない少女の額に黒い紋章が浮かんだ。

 紋章は銀の光を溢れさせ、その光が徐々に形作っていく。

 すると、その光につられるようにしてうつ伏せに倒れた男性の右手首に細いチェーンでくくられたコインが砕け散った。その欠片は降り出した雨に弾かれて鈍い光を反射した。

 気がつけば折り重なるようにして倒れた二人の傍に、二人の天使が佇んでいた――いや、違う。あれは天使ではない。

「申し訳ありません 我がマイ・ロード 希望を守ることはなりませんでした」

「マルコシアス 貴方のせいではありません」

「ですが リュシフェル……!」

 耳を疑った。

 一人は褐色の肌に純白の二枚の翼を湛えた逞しい悪魔――戦の悪魔と呼ばれたマルコシアスだ。魔界では無類の剣士と呼ばれている、非常に人気の高い悪魔の一人だ。

 そしてもう一人は――魔界の王、リュシフェル。6枚の翼を背に負い、緩やかな銀髪を風に流している。美術品のように整えられた美しい顔は憂いに満ちていた。

「世界は 崩壊するでしょう 私の力ももう幾許も持ちません」

「リュシフェル」

「この二人を 巻き込んだことは 相違ありません せめて」

 リュシフェルは細く長い指を少女の額にのばした。

「そのような事をすれば この少女は 世界は」

「いいのです 世界の為に 一人が犠牲になればなどとは 愚かしい考えでした」

「滅び行く悪魔達を どうなさるおつもりですか」

「諭しましょう 共に 運命を受け入れよと」

 リュシフェルの言葉に、マルコシアスはその場に跪く。

 主の手を取って甲に口付けた。

「我が君の 心のままに」

「ありがとう マルコシアス」

 リュシフェルは微笑んだ。

 哀愁を帯びたその表情に釘付けになる。

「どうかこの少女が 再びすべてを忘れ 平穏と安堵のうちに 生きられるよう」

 リュシフェルの指が再び少女の額に触れる。

 その指がゆっくりと紋章を描き出す。

 マルコシアスも少女の上に重なった男性の体をふわり、と宙に浮かせた。ぽたぽたと血が流れ出ているのは、心臓のあたりだ。

 自分の胸に残る傷痕を思い出す。

「アレイ 少女と共に生きよ その血をかえりみず 心の望むまま」

 ふわりと浮いた男性を見下ろすと、それは見紛う事なき自分の姿だった。

 身を包む黒衣を深紅に染め、瞼は固く閉じられている。

 その胸元、ちょうど血が湧き出している部分にマルコシアスの指がつきつけられる。

――胸が熱い

 左胸が焼けるように熱くなった。

「アレイ 我が息子 悪魔と人の間に生まれた 中立の者」

 胸の熱さに導かれるように目の前の景色が薄れていく。

 リュシフェルの荘厳な姿も、優しい瞳をしたマルコシアスの姿も……



 気がつけば、周囲の景色が一変していた。

 目の前に純白の像がある。それは、魔界の王リュシフェルを象ったものだ。足元には真っ赤な絨毯が敷かれ、上を見上げれば大きなシャンデリア。

 吹き抜けになった広い空間に、一人佇んでいた。

 まるで貴族の屋敷の玄関ホールのようだ。

「ここは……」

「アレイ」

 後ろから声がしてはっと振り返った。

 そこに佇んでいたのは――伝承の通りの姿をした戦の悪魔マルコシアス。

 背には純白の翼を2枚湛え、頭上には金冠を頂いている。鍛え上げられた肢体は褐色で、くすんだ紺の衣服に身を包んでいた。黒髪からは二本の角が飛び出しており、人間味を完全に取り払っている。

 どこか少年のような容貌を残した不敵な表情は、笑うと八重歯が見え隠れする。

 その姿に心臓が跳ね上がる。

「如何しても 辿り着いてしまうのだな 逃れられぬ結末に」

 悲しそうな表情で笑う戦悪魔。

 自分は声を失っていた。

 しかし――

 何だろう、全身が沸き立つように叫んでいる。苦しくなるほどに全身が震えた。血が、呼んでいる。

 グレイスと出会った時とは少し違う。あの時叫んでいたのは心だった。

 でも、この悪魔を前にして歓喜に踊るのは体。そして、全身を駆け巡る血。

「再び契約を結ぶ事は 時を失う事と同義」

 悪魔は淡々と言葉を紡ぐ。

「結ばねば処刑 結べば永劫 何れにせよ 選択を迫られている」

「マ、マルコシアス、ですか……? 本物の? 何の話をしているのですか……?」

「ふふ そうだ アレイスター 我が息子」

 その言葉に混乱する。

 目の前にいるのが本物のマルコシアスだとして、ここはどこだ?先ほどまでの戦場の景色は?セフィロト国の軍はどこへ行った……?

「息子? 俺が?」

「そうだ 最も血を濃く受け継いだ クロウリーの系譜 レティの子孫」

 悪魔の瞳は片方が炎妖玉ガーネット、もう片方は碧光玉サファイアのオッドアイ。まるで宝石のようなその瞳から目を離せなかった。

「過去を知りたいか」

 悪魔の問いは誘惑だった。

 過去を知ることは、グレイスを受け入れた時に止めたはずだった。過去を捨て、これからを生きようと決めたはずだった。過去がなくても二人で生きていこうと誓ったはずだった。

 それでも、一瞬心が揺れる。

「過去を知らねば 黄金獅子の末裔共々 セフィロトに処刑されよう」

 処刑。

 その言葉で思い出した。突然現れたあのセフィロト国の男が言った言葉。

 グレイスも今危険な目に会っているんじゃないのか?

 こんなところで迷っている場合ではない。

「マルコシアス、すぐに戻してください。俺はグレイスのところに行かなくてはならないんです」

「今戻れば 成す術なく ケテルに屠られよう 彼女に会うこともままならず」

 その言葉に詰まった。

 確かに、先ほどの状況を考えると、あの拘束を逃れる術はない。セフィロト国の騎士に対抗する力も持っていない。戻ったところで自分には何もできはしないだろう。

 だったらどうしたらいい?

もとむれば 我が力を授けよう 過去を知ることもできよう ただし」

 マルコシアスはふと目を細めた。

「さすれば 時が止まる」

「時が……止まる?」

 思わず眉を寄せた。

「人間は年をとる 年をとって死に近づいていく 肉体が朽ち 魂が廻る だが 悪魔は違う」

「契約すれば、不老の体になるということですね」

「病や傷によらぬ限り 老いて死ぬ事もない」

「それなら望むところだ」

 あいつの傍に、いつまでもいてやれる。

 即答すると、マルコシアスは驚いた顔をした。まさかこんなにあっさり結論を出すと思わなかったのだろう。

 が、永劫の時も不老もどちらでもよかった。

 ただ、あの少女のもとに、傍にいたかった。

「戻れなくなるぞ アレイ 二度と 人の世には」

「世の中など関係ない。俺は、あいつさえいればいい。あいつを失ってしまったら――」

 そんな世界なんて、意味がない。

「迷いないな」

 マルコシアスは微笑んだ。

「永劫を 恐れぬか 時の流れに取り残されようと」

「そんなものはどうでもいい。今、あいつの傍にいることが重要なんです。マルコシアス、契約すればあいつを守れますか……?」

 そう言うと、マルコシアスは不敵な笑みをたたえた。

「お前次第だ アレイ」

 褐色の肌の戦士は純白の翼を広げた。

 その瞬間、自分の中にすさまじい情報が流れ込んできた。

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