SECT.10 悪魔ト歴史ノ中デ
すでに馬車で4日目。明日には王都に着くというが、周りの景色はこの3日間ほとんど変化がない。この落ち着きのないガキの全身はすでに退屈の虫に支配されてしまったようだ。
今日のねえさんの話はどうやら暗黒の33日間についてらしい。
32番目の悪魔アスモデウスは、当時使役していた天文学者ハワード=フィリップスの手を離れて暴走した。もともと悪魔は人間に従順に従っているわけではない。隙を見せれば簡単に人間を裏切って、自身の欲望に忠実になる。
常日頃人間に使役されるのをよく思っていなかったアスモデウスはハワード=フィリップスの体を乗っ取って王都に進出、ジュデッカ城に単身攻め入って城を守る衛兵や王都に在住していた輝光石騎士団、漆黒星騎士団に甚大な被害をもたらした。
それだけでは済まず、城内の天文学者を残らず蹴散らしてからソロモン王の玉座を乗っ取ってしまったのだ。王国には全部で12の騎士団があったが、輝光石騎士団、漆黒星騎士団はその中でも3本の指に入るほどの屈強の騎士団だったために他の騎士団は王都奪回をしり込みしていた。
悪魔が国を乗っ取った。それを隣国はグリモワール王国に攻め入る好機と見た。
グリモワール王国始まって最初の危機だった。
だが、アスモデウスの天下は長く続かなかった。
偏狭の地まで治安の制定に出かけていたレティシア=クロウリーは玉座乗っ取りの知らせを受け1ヶ月後王都に帰還した。そして、35番目の悪魔マルコシアスと王国最強の炎妖玉騎士団を率いて、わずか3日でアスモデウスを打ち倒しジュデッカ城を取り返したのだった。
暴走したアスモデウスは鉄の枷をかけられ、2代目国王ワイズ=ソロモン=グリモワール本人によって使役されることとなった。
「この出来事を『暗黒の33日間』と呼ぶの」
「へえー。マルコシアスってすごいんだ! マルコシアスのコインはまだ見つかっていないの?」
「いいえ、マルコシアスはずっとグリモワール王家に仕えてきたわ」
「やっぱり、裏切ったり逃げたりしないんだね」
「そうよ」
ねえさんはそこで自分に目線を向けた。
まあ、大体予想はしていたことだ。
「見せてあげて、アレイ」
「えっ、アレイさんが持ってるの?」
「コインは基本的に親から子へ継承されるの。アレイのフルネームはアレイスター=W=クロウリー。彼はレティシア=クロウリーの直系の子孫よ」
どうしようか少し迷ったが、とりあえず左手をマントの外に出した。
その左手首には銀色のチェーンが巻かれていて、トップにコインが2個提げてある。
「うわあ……」
ガキは大きく目を見開いてコインを観察した。
くすんだ金色のコインにはどちらにもやはり似たような幾何学模様が描かれている。
「もうひとつのコインはどんな悪魔なの?」
それを聞かれるのも予想の範囲内だ。
「第43番目の悪魔、サブノック。ライオンの頭部を象った兜をかぶり、くすんだ青のマントを身に着けている。時に青い毛並みの馬に乗っていることもある。こいつも強い……加勢はしてはくれないが。サブノックの剣で切られると傷口が腐って蛆が湧くといわれている」
「うわぁ!」
ガキは眉を寄せた。
だが、とりあえず一通り説明しないと満足しないことはここ3日間で嫌というほど学習した。そうしないとすぐに『なぜ』『どうして』攻撃が始まってしまうからだ。
「だが、それよりももっと重要な能力はこいつの武器製造能力だ」
「武器製造?」
「そうだ。個人に合った武器を一晩で作成してくれる。マルコシアスに比べてサブノックは扱いづらい。めったなことではサブノックは呼び出さん」
「へえー」
ガキが満足そうな声を出したので、コインをマントの中にしまう。
レメゲトンが二人がかりで知識を伝達しているこの3日間で、このガキはいったいどれほどの情報に触れただろう。そしてそれをどれほど吸収したのだろう?
「マルコシアスとサブノックを使役するアレイは戦闘に特化した天文学者よ。グリモワール王家に仕えているうちで唯一、戦場に出て行く天文学者なのよ」
「そうなんだ。アレイさんは強いんだね」
このガキは、本当に唐突に人を褒めたり素直な感想を言ったりする。
普段は好きなことばっかり言ってうるさいのに。何度口を塞いでやろうかと思ったか知れない。
いや、褒めるときだって心の底からそう思っているのだということは分かる。そんなこと十分すぎるくらいわかっている。
誰よりも正直でまっすぐで純粋な子供のような心を持っていることなど知っている。
だが……
「お前に褒められても褒められた気がしないな」
「何でだよ。正直に言ったのに」
なぜ口を開くとうまくいかないのだろうか。これは非常に不思議なことだ。
「第一、俺が戦闘に特化しているように、5人の天文学者はそれぞれ能力に特色がある。俺だけが特殊なわけじゃない」
「そうなのか?」
「そうだ」
こんな風に知識を伝達してやると、真剣な表情で聞いて納得し、時に信じられないほど鋭い質問を返してくる。
それが楽しいといえば楽しく、もっと多くのことを教えてやろうという気になってしまうのも事実だった。おそらくねえさんも同じことを感じているはずだ。
「例えば5人の中で唯一王都に残留したくそじじぃは占星術の悪魔オリアクスと老賢者フルカスに加えて、それぞれ未来と過去を見るヴィネーとオロハスを使役している。主に情報戦担当の天文学者だ」
「持ってるコインの数はヒトによって違うんだね」
「そうだ。くそじじぃが4個、俺は2個、あと3個持ってるやつが2人、それからここにいるねえさんが5人の中で最高の5個。あとは、この3年間で集まったコインが5つある。それは国王が所持していて、所有者になる天文学者を探している」
そこでねえさんが軽くため息をつきながら諌めてくる。
「アレイ、そんな風に呼んじゃだめじゃない」
「くそじじぃはくそじじぃだろ」
ねえさんは困ったように苦笑してガキの頭をなで、ガキは嬉しそうに笑ってねえさんの顔を見上げている。
その様子を見ているとどこにも入り込む隙がない気がしてくる。
「あなたのコインを合わせて今王国が所有するコインは23個。残り49個のうちのいくつかは国外へ流出してしまったものもあるわ」
「ねえちゃんたちはそのコインを探してるんだね。それがねえちゃんの本当の仕事なんだ」
「そうよ。きっと全部のコインを集めるには何十年もかかるわ」
「大変だあ」
「ラック、これからはきっとあなたにもその仕事を手伝ってもらうことになると思うの」
「うん、もちろん!」
ガキがまた阿呆面で笑った瞬間だった。
ガクン、と馬車が揺れ、急に停車した。




