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LOST COIN -tail-  作者: 早村友裕
第四章 WORST CRISIS
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SECT.7 滅ビノ天使

 伝承が確かなら、メフィストフェレスも堕天のはずだった。が、天使の、それも天界の長の前であるというのに存在を保つどころか自分のフィールドに包み込んでしまっていた。

 ときの悪魔は、世界の理を超えるまでに強大な力を持つというのか。

 それでも支配が及ぶ範囲を最小限にとどめたのか、時が止まったのはこのフィールドだけのようだった。

 その空間がメフィストフェレスの支配に落ちると同時に、幻想フラウスゲブラの動きが停止する。いかに大量の羽根を使い作り上げた幻想といえど、メフィストフェレスの支配から逃れられなかったようだ。

 サブノックには十分な時間だった。

 大きく振り上げられた剣がゲブラを分断し、真っ赤な羽根がフィールド内を無数に散り、時間の止められた空間にさざめく事すらなく停止した。

「……オレの戦争幻想マルス・フラウスがやられちまった」

 ぽつりとホドが呟いた。

 サブノックは何もかもを理解しているかのようにそれを無視してこちらに飛んでくる。

 そのまま青白い霧へと姿を変えたサブノックは、自分が手にしていた剣に絡みつくように吸い込まれていった。

 禍々しいオーラが剣から流れ出している。

 これこそが武器の悪魔サブノックの特殊能力なのだろう。

 これまで誰も見た事のない武器への加護(・・・・・・)により、初めてケテルが放つ光の矢と対等に戦える力を得た。

「ひひ! 面白くなってきたな!」

 甲高いハルファスの声が時の止められた空間に響く。

 とは言っても、ホドもケテルもその干渉を受ける気配はない。ただ、空中でピクリともせず停止した大量の真っ赤な羽根だけがそれを伝えていた。

 メフィストフェレスの加護を受けたねえさんは風もないのにふわりと髪を揺らして宙に浮いた。

 この時のねえさんは実に妖艶な空気を纏う。

 深入りしたら二度と現世へは戻れないと分かっていても嵌まり込んでしまう魔性。横顔は毒の棘を持つ真紅の薔薇、その声は船乗りを海中深く引きずり込むという妖惑女サイレンの囁き。

 ぞくりとするほどの美貌は視線を外すことを許さない。

 あの金の瞳に魅入られたら、もう……

「集中なさい、アレイ。またこの間のようなことになるわよ?」

 はっとしてケテルのほうに視線を戻すと、ケテルが光の矢を放つところだった。

 とっさに地面を蹴る。

 間に合うか?!

 が、予想していたような衝撃は来なかった。

「それが光の矢の正体? 案外小さいのね」

 ねえさんが指差した先、凄まじい光とエネルギーを放つ光の球が浮いていた。

 周囲を稲妻のように爆ぜる光がバチバチと音を立てながら取り巻いている。

 メフィストフェレスは、天界の長が放つ光の攻撃のときすらも奪ってしまうのか。

 矢ではなく、ゲブラの放つ炎球と同じ形状をした光球だったらしい。あまりの速度で飛んでくるため傍から見ると光線のように見えたのだ。

 ねえさんは唇の端で微笑むと、細く長い指をその光球に向けた。

 くい、と指を動かすとその光球はなんとケテルに向かって飛んだ。

「!」

 まばゆい光が炸裂する。

 閃光に思わず目を閉じた。

 恐る恐る目を開けると、ケテルは門の方向にふっとんで仰向けに倒れていた。

 ピクリとも動かない。

「倒した……のか?」

「そんなに甘くないわ。使う人間はどうあれ、加護を与えたのは天界の長よ」

 ねえさんの言葉の正しさはすぐにわかった。

 仰向けのケテルがふわりと浮いた。

 背に大きな金冠を背負っている。両脇から伸び、頭上を通るようにアーチを描く大きな金の輪だ。

「メフィストフェレス 貴方は彼と決裂したはずです」

 ケテルの口から漏れたのは、本人とは違う声だった。

 確かに音として認識し、文章として理解したはずなのに高いのか低いのか、掠れていたのかシンの通った声なのかも全く分からなかった。

 強いて言うなら風の音に似ている。

 低くも高くもない、自然が奏でる音だ。

「ほほ ここにいるのは私個人の意思です 彼は関係ありません」

 ときの悪魔の声はどこからともなく響いた。

 その発信源が分からずあたりを見渡したが、姿は見当たらなかった。

「この世界は滅しようとしているのに 抗うなど 貴方らしくありません」

「我が名の娘が 存続を望むなら 私は喜んで力を貸しましょう」

「いつか壊れると知っていながら 何故心血を注ぐのです」

「芽が育つ故 私は希望を見出しました」

 メタトロンとメフィストフェレスの言葉だけが時のない空間に響く。

「悪魔の子 黄金獅子の末裔 王族の良心 そして 我が名の娘メフィア これですべてです」

「柱を立てるというのですか 今更」

「無論 人の心が 永遠アエテルヌムを望む限り」

「そうですか」

 メタトロンの空気が変わった。

 今度こそ、本気だ。

 ケテルが力の一部を借りていた時とは段違いの威圧感で押しつぶされそうだった。

 ハルファスもサブノックも黙っている。

 悪魔の子、黄金獅子の末裔、そして『柱』……何度も様々な悪魔の口から出た言葉だった。

 聞き覚えのあるその単語は自分たちのことを指すのだろう。光が別った世界が滅び行こうとしている、とはグリモワール王国の滅亡を示唆しているのだろうか。

 この戦が終わったら問いただそう。

 いったい悪魔たちは自分に何を求めているのか。光とは何か。柱とは。そして魔界の長リュシフェルはなぜ天使をやめ、魔界を創造したのか――

 すべてのはじまりはグリモワール王国の建国、そして魔界の創造にある気がした。

「ならば 滅しなさい」

 ケテルの――メタトロンの背後に広がった金冠がさらに光を帯びる。

 よく見るとそれは金冠ではなく、数十枚もの翼だった。

 煌かんばかりのまばゆい光をはなつ翼が幾重にも折り重なってまるで金の輪を背負っているように見えたのだ。

 その背後にはもうトロメオの門が迫っているというのに。

 加護を受けて走れば数秒もかからないこの距離が遠い。

「アレイ!」

 鋭い叫びにはっとして考えるより先に体が動く。

 今までいた場所には一瞬で大きな穴が口を開けた。

 自分の身長ほどの深さを半球状に地面を抉り取られた。が、爆発とは違う。音もしなかったし周囲に抉り取られた土も落ちていない。

「……!」

 何だこれは。

 今までの破壊する攻撃とは全く種類が異なっている。

 音もほとんどしなかった。

「避けなさい 私はあれに対抗する術を持ちません ほほ 相性の悪い敵なのです」

 メフィストフェレスの声が響く。

 刻の悪魔ですら抵抗手段を持たないあの力は一体なんだ?

「ひゃはは! やべえ! やべえ! あれ食らったら死ぬじゃすまないぞ!」

「何だ、あれは?」

「滅びだ!」

 そうか、あれは消滅だ。

 音もなく空間を消す。それは滅びの力に他ならない――世界を統べる者だけが持つ力。その前には時間を止める事も意味を成さず、ただ身を任せるしかない。

「ひひ! あいつと同じだ!」

「あいつ……?」

 滅び。

 その言葉には覚えがある。

 コイン第25番目、殺戮と滅び(・・)の悪魔グラシャ・ラボラス。

 あの悪魔も天界の長と同等の能力を持つのだろうか。あのくそガキはそんな悪魔と契約したと言うのか。

 いずれにせよメフィストフェレスが対抗できないと言うのでは、自分たちに反撃の手段は残されていない。隣を見ると、ねえさんも唇を真一文字にひき結んでいた。

 背に数十枚の翼を湛え黄金のオーラに包まれたケテル――メタトロンは静かに告げる。

「ラファエル 下がりなさい」

「無理だ。空間から出られない」

 眼鏡のホドが答えると、メタトロンは右掌を頭上に高く掲げた。

 ぱぁん、と乾いた破裂音が空間全体を震わせた。

 ただそれだけでメフィストフェレスの支配していた空間から元の戦場に戻ってきた。

 その証拠に空中に停止していた赤い羽根ははらはらと地面に舞い落ち、背後で戦の喧騒が響き渡った。

 そして、地鳴りも怒声も何もかもの干渉を超えた声が耳に届いた。

「存続の見えない世界を滅ぼすのは 施しなのです 抵抗は許しません」

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