移住準備 1
馬鹿天使の姿が小さくなると、青い髪の男性は私へと向き直った。
馬鹿天使が飛び立った後、この人が小さく「あのドジ男が…仕事増やしやがって」と低い声で呟いた言葉など私は聞かなかった、うん。
「改めて謝罪致します、華原紅葉さん。後輩が大変申し訳ない事を致しました」
青い髪の男性はそう言って私に深々と頭を下げる。
さっきの呟きとは違って真摯な声色だ。
「私は天使のラクロと申します。先ほどお話した通り、これから貴女には、私の加護を与え、私の管理する世界の何処かへ移住して戴くのですが……何か、ご希望はございますか?」
「え? 希望、って?」
質問の意味がわからず、私は首を傾げた。
「ああ、失礼しました。移住する世界についての希望です。やはり、できるだけ地球に近いものが良いでしょうか?」
「あ、そういう希望ですか。……う~ん……」
慣れ親しんだ世界に近いものなら、馴染めるのも早いかな?
ああでも、せっかく異世界に行くんなら全く違った所へっていうのも面白いかも?
ファンタジー世界とか憧れるなあ。
そういえば、物語で乙女ゲームの世界へ転生っていうのあったっけ。
長いこと出会いがなくて恋愛からは遠ざかってたし、そういう世界に行って恋人作って甘ーい生活送るのもいいかも……。
ああ、想像すると楽しそう……私の好きなかの牧場経営ゲームみたいな、恋愛有りのほのぼのスローライフとかなら尚いいなあ。
ああ、でも待って。
この人……ラクロさんだっけ。
ラクロさんが管理してるっていう世界にそういうのあるのかな?
そう思ってちらりとラクロさんを見ると、ラクロさんは私をじっと見ていた。
え、何、何かついてる?
あ……違うか、私の返答を待ってくれてるんだ。
「あの、聞いていいですか? 選択肢としては、どういう世界があるんでしょうか?」
「ああ、そうですね。先に説明を致しましょうか。私が管理している世界は、三つです。ハーバスタッド、ラザルドール、アーバントッドという世界です。一番地球に近いのはアーバントッドですね。科学がありますし、魔王も魔物もいません。ですが、この世界は人同士の争いが絶えません。国の領土を広げんと、どの国も他国の土地を狙っています」
「……それって、戦争してるって事ですか?」
「ええ」
「うわぁ……それは嫌だな。いくら地球に近くてもパス。他の世界は?」
「そうですね……ハーバスタッドは、いわゆるファンタジー世界です」
「えっ、ファンタジー!?」
「はい。この世界には魔王と魔物がいて、彼らが世界の大半を治めています。人類は彼らの支配の元生活しています。支配を逃れて、世界の端で細々と生活している人もいますが、小数ですね」
「……え。魔王が治める世界……? しかも支配って……もしかして、かなり殺伐してたりします……?」
「……彼らにとって、人類は家畜か食」
「はいわかりました! それ以上何も言わないでいいです!!」
うん、パス!
そんな世界絶対嫌!!
……と、なると。
「……最後の、ラザルドール? っていうのは? どんな世界ですか……?」
どうか、穏やかな世界でありますように。
私はスローライフを送りたいです……。
「ラザルドールも、ファンタジー世界です。魔王がいます」
「えっ!!」
「しかしこの世界の魔王は、人類の支配にはあまり興味が無さそうですね。配下の比較的好戦的な魔物は人間を襲っていますが。魔王はそれを特に止めはせず好きにさせて、自分は我が道を行っています。そんな魔王を倒すべく、人類はそれぞれの国で勇者と呼ばれる人物を立てています」
「へ、へえ……。……えっと、私、ある程度自給自足ができるスローライフ送りたいなって思うんですが……その世界で、可能ですか?」
「……スローライフ、ですか。……そうですね、魔物にさえ気をつければ、可能です」
「魔物に……ですか」
なるほど、それだと……某ほのぼの牧場経営ゲームよりは、それを元に?作られた、魔物とも戦う某牧場経営ゲームに近くなるのかな。
という事は、身を守るすべが必要かぁ。
でも私、戦うなんてできないし……どうしたらいいものかな。
スローライフ、スローライフ……戦えなくても何とか身を守るすべ…………あっ?
そうだ、あれならどう!?
「あのっ! その世界、錬金術士なんて職業、あったりしませんか!?」
錬金術士があるなら、なれば色んなアイテム作れるよね!
爆弾とか、防御アイテムとか、逃げ足の早くなる靴とか、魔物を動けなくする薬とか、もちろん回復アイテムだって!
作れば魔物なんて怖くない……はず!
たぶん、きっと!
「錬金術士、ですか。ありますよ」
「……や、やった……!! ならその世界で! 私、錬金術士になって色んなアイテム作りつつ、畑耕して動物飼って暮らします!!」
某錬金術士ゲームと某牧場経営ゲームのミックス生活だ!
……って、あれ?
それって現実にすると、もしかして結構大変?
錬金術って、材料集めて、それ砕いたり干したり長時間煮たりしてアイテム作るよね?
それに加え、毎日畑と動物の世話……?
…………。
……いや、待って。
それをこなせるかもしれない希望はある。
「……あの、そういえば、貴方の……ラクロさんの加護って、どういうものですか? 何かの魔法とか、便利なスキルとか貰えたり?」
「加護についてですか? 貴女の年齢が一桁になりますので、生活に不自由がないよう取りはからうのが主な内容ですね。貴女の生活が安定するまで、私が何かしらの手助けをさせて頂きます」
「手助け……?」
「貴女のラザルドールでの家を提供します。錬金術士になられるのなら、調合の為の図鑑と器具一式。それと畑を耕すのなら道具と種。動物を飼うなら、その動物と小屋とエサの提供ですね」
「えっ、本当に? それ、助かります!」
……ああでも、魔法やスキルじゃないんだ……。
その点は自分で頑張れって事かぁ。
う~ん……畑の広さとか、動物の数とか抑えれば何とか……こなせるかなぁ……。
「それと。……魔法やスキルが必要ですか? 与える事はできますが、どういったものをお望みですか?」
「えっ、貰えるの!? なら、スキップスキル! 調合の、煮たり砕いたりとかの時間を限りなく短くできるようなの、欲しいです!」
「なるほど。わかりました。その程度のスキルなら問題ありません。条件を満たせば調合を始めた直後に完成するスキルを与えましょう」
「条件?」
「はい。スキルを使用する際に器具を手にする事。それと完成した物を入れる容器をすぐ側に用意する事。この二点です」
「え、それだけ? わ、わかりました!」
「ではそのように。さあ、他の事についても決めてしまいましょう」
「他の事?」
まだ決めるような事、あったっけ?