動物を買おう! 3
何度か街と家を往復して、買った動物を全員運び終えると、私はその子達の世話に取りかかった。
エサ箱にエサを入れ、ブラシをかけ、放牧する。
「さてと……最後に、ウルに牛乳貰おうかな」
新たに買った子達の名前は、モオがウル、メエがエル、ラピがララ、フエがアルだ。
私は銀の容器を手に放牧スペースにいるウルの元へ向かった。
「ウル、寛いでる所悪いけど、ちょっと搾らせてね」
「モオ~?」
……ん?
今のウルの返事、なんか疑問形だった?
気のせい……?
……まあ、いいか、じっとしてくれてるし、とにかく搾っちゃおう。
私は容器をウルの下に置き、乳を搾った。
けれど。
「あれ……? ……出ない……」
え、何で?
モモの時は、すぐに出たのに。
私はもう一度ウルの乳を搾る。
「……やっぱり出ない。え? え? 何で?」
「そりゃあ、そのままじゃあ出ませんよ」
「へっ!? ……って! 突然現れて声かけるのいい加減やめなさいよ! 馬鹿天使!」
私は突然聞こえた声に一瞬驚き、けれどすぐにそれが誰かを理解して、振り返った。
「あ、すみません。こんにちは華原さん。お久しぶりです」
「……こんにちは。それで、今日は何の用?」
「はい。華原さんが新しく動物を、それもモオを買われたようなので、お邪魔しました」
「……何で、私がモオを買うと来るのよ?」
「え? それはもちろん、乳が出るようにする為ですよ」
「……へ?」
乳が、出るように、する為?
「あれ? 先輩から聞いてませんか? 子供を産んでもいないモオはそのままでは乳は出ません」
「えっ!? ……で、でも、モモのは出てるじゃない!?」
「はい。先輩が出るように魔法をかけましたから」
「え」
「でも、先輩は今日お忙しくて、もう少ししないと手が空かないので、代わりに僕がやりますね」
「え……えっっ!! ちょ、ちょっと、待って! やめて! あんたがやって、もしまた何か失敗したらどうするの!? ラクロさんが今日忙しいなら、明日でいい!! 明日ラクロさんにやって貰うから、あんたはやらなくていい!!」
「はは、何言ってるんです、大丈夫ですよ! 僕だって成長してるんですから! さ、魔法をかけますよ!」
「い、いいってば! やめて!!」
「大丈夫ですって! それっ、母体変化!」
「ちょっ……!」
馬鹿天使が魔法を唱えると、ウルの体を光が包んだ。
そして。
「モッ……モオ~~~!!」
「えっ?」
「ウル!? ……あっ!?」
ウルが鳴き声を上げると、搾ってもいないウルの乳から、牛乳が勢いよく噴射した。
「……あ、あれ……!?」
「ちょっ、何よこれ!? 止めなさいよ馬鹿天使!」
「……ええと……」
「モオッ、モオ~~~!!」
「え、ウル……? ……え! ちょ、ちょっと!? ウル苦しがってない!?」
「モオ! モオ~~~!!」
やっぱり苦しがってる!!
下を見れば、噴射し続ける牛乳。
「ね、ねえ……ねえ! これ、止めて! 止めてよ馬鹿天使!!」
「う、あ、あの……せ、先輩、呼んで来ます!!」
そう言うと、馬鹿天使の姿は消えた。
「えっ! ちょっと!! 馬鹿天使!!」
「モオ! モオ! モオ~~~!」
苦しみ続けるウルと、噴射し続ける牛乳。
一人残された私は、凄まじい恐怖と後悔に襲われる。
「ごめん……ごめんねウル。私がちゃんと、あの馬鹿を止めなかったから……!! ごめんね……!!」
苦しみ続けるウルを前に何もできず、私はただウルを抱きしめて、泣いた。
「華原さん!」
どれくらい経っただろうか、慌てたような声で私を呼ぶ声に、振り返った。
「……ラクロさん……ラクロさんっ!! 助けて!! 助けて下さい!! ウルが、ウルが!!」
ウルはもう立っている事ができずに、横向きに倒れている。
「……チッ……!」
私とウルを見たラクロさんは、見るからに苦々しい顔で、舌打ちした。
「華原さん、そこをどいて下さい。すぐに噴射を止めて、治療します」
「は、はい……!! よろしくお願いします!!」
私が急いで場所を譲ると、ラクロさんはウルの体に両手を当てた。
「流出停止。回復」
ラクロさんが魔法を唱えると、噴射し続けていた牛乳がピタリと止まり、次いでウルの体が光に包まれた。
「ラ、ラクロさん……大丈夫、ですよね? ウル、大丈夫ですよね!?」
「ええ。必ず、助けます」
「! ……あ……!」
その言葉を聞くと、足の力が抜け、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。
……よ、良かった……ラクロさんがそう言ってくれるなら、きっとウルは大丈夫だ……。
「……あの……華原さん、大丈夫ですか……?」
私がほっと胸を撫で下ろすと、後ろから、控えめな小さな声がかかった。
馬鹿天使の声だ。
私の中に怒りがわき上がる。
「……絶対、許さないから」
私は振り向かずに、それだけ口にした。
「う……。ご、ごめんなさい……。……僕、なんとか、貴女の役に、立ちたくて……」
「…………」
「……華原さん……? ……あの……」
「……終わりました。もう大丈夫です」
「!!」
「しかし今日は安静にしたほうがいいでしょう。このまま動物小屋に移動させます」
ラクロさんがそう告げると、ウルの姿が消える。
魔法で移動させたんだろう。
「は、はい、わかりました! ……ありがとうございます、ラクロさん!! 本当に、ありがとうございます!!」
私は地面に手をつき、何度もラクロさんに頭を下げた。
「お礼を言う必要はありません。ルークが、本当に申し訳ない事を致しました」
ラクロさんは、振り返って私を見ると、手を差し出した。
「……あんな状態のモオの前に一人残されて、怖かったでしょう。……立てますか? 華原さん」
「……あ……っっ」
ラクロさんの言葉でさっきの恐怖を思い出し、安堵した事で止まっていた涙が、また溢れ出した。
ラクロさんは痛ましげに表情を歪め、遠慮がちに私を抱きしめて、背中を撫でてくれる。
その優しさが染みて、後から後から、更に涙が流れ落ちる。
「うっ……うわああああん!!」
私はラクロさんの胸にすがって、顔を埋め、声を上げて泣き出した。
だから、私は気がつかなかった。
ラクロさんが、怒りに満ちた目で、馬鹿天使を睨み付けていたことに。




