第7話 「独りじゃないよ」
『あいつは突然現れたが、俺の前から消えんのも突然だった。あいつがいなくなって何ヶ月か経ったんだ。そんなある日に、今のクロがやって来たんだよ。艶のある真っ黒な黒髪に、ガラス玉みたいな真っ黒な眼。何だか、クロが戻ってきたっていう錯覚を起こしちまったんだ』
赤鼻の爺さんは、へへっと笑った。
『あいつ、性格もなぁ、クロに似てんのよ。人間嫌いで、自分しか信じねぇし、それでいて一人で淋しい、悲しい眼をしてんだ』
『クロは、寂しいのかな?』
『さぁな』
赤鼻の爺さんは、酒を口に運んだ。
「黒犬の名前か…」
普通の人間なら、犬の名前をつけられたら嫌な気分だろう。だが、僕にはそう嫌な気はしなかった。
それは、黒犬が赤鼻の爺さんの相棒という事だったからだろうか。それとも、僕が名前なんてものの重要性を感じてはいないからなのか。
「クロは、独りで寂しい?」
彼女の瞳が僕を捕えた。
彼女の瞳を見ると、嘘をつく気にはなれない。いや、嘘をつけない。
「…わからない。気付いたらずっと独りだったから」
「大丈夫、クロは独りじゃないよ」
胸に不思議な感覚を覚えた。彼女の透き通った声が、すぅっと胸の中へと入り込み、ふわっと優しく広がった。
それは、初めての体験だった。きっとこの時、僕の中に彼女の居場所ができたのだろう。
「独りじゃないって?」
「私がクロの傍にいる」
彼女の身勝手さは、僕の中で眠っている何かを揺らす。
「どういう事?」
と尋ねたが、彼女の性格を少しずつわかってきた僕は、何となく答えがわかっていた。
「クロと一緒にここで暮らすの」
「僕の意見は聞かないの?」
「クロは、私が傍にいるのは嫌?」