第6話 由来
「知らない」
僕は顔を上げ、彼女を見た。彼女は何だか、嬉しそうだった。
「あのね、あのね、クロっていうのは、赤鼻さんが昔一緒にいた相棒の名前なんだって」
『よう、お前さんはクロにくっついて来た嬢ちゃんじゃないか』
赤鼻の爺さんは、自分の処へ尋ねて来たほたるに声をかけた。
『クロって、あの人の名前?』
『なんだ嬢ちゃん、あいつの名前知らなかったのか』
『うん、クロは私に教えてくれなかったよ。私の事あんまり好きじゃないみたいだね』と、しょげた彼女を見て赤鼻の爺さんは、
『まぁ、名前ってほどのもんじゃねぇからな。俺らは、戸籍っていうもんもねぇし、名前なんてもともとは持ってねぇ。だから、みんなでお互いに呼び名ってもんをつけるのさ』と笑って言った。
『あなたの名前は?』
『赤鼻だよ。鼻がいつも赤いからな。これのおかげで』
赤鼻の爺さんはへへっと笑って、懐から酒を入れる携帯用の平たいボトルを出した。
『クロの名前の由来は?』
『クロってのはなぁ…』
赤鼻の爺さんは、ボトルの蓋を開け、中の酒をぐびりと一口呑む。
『俺の昔の相棒の名前よ。クロは、野良のくせに色艶のいい毛並みの黒犬だったんだ。あいつは突然現れて、それから何でか時々ここへ来るようになったんだよ。犬ってぇのは普通、群れを作ったりするんだが、他の犬とも戯れねぇ変な犬で、人間嫌いでもあったが、気が合ったのかいつの間にか俺の相棒になってたよ』
『その黒犬から何で名前を取ったの?』
彼女は赤鼻の爺さんの話にじっと耳を傾け、興味津々な様子で聞いているので、赤鼻の爺さんは気分をよくしたのか、もう一口酒を呑むと続きを話しだした。