第5話 名前
「人の寝顔を見て楽しいか?」
僕は不機嫌そうに、彼女に尋ねた。
「うん。人の寝顔って見るの初めてだから」
僕の不機嫌さとはよそに、彼女はにこにこしながら言う。
「あっそ」
やっぱり変な奴だ。僕は彼女を相手にしない事に決め、無理矢理眠りについた。
朝になると、彼女の姿はなかった。僕の予想は当たったのだろう。昨日燃やしていた焚火は、まだ少しくすぶっていた。僕は薪を足し、火をつけ直した。朝は気温が異常に低く、寒さが身に染みる。
「クロっ!!」
突然、彼女が元気よく目の前に現れた。少し驚いたが、
「帰っていなかったのか?」
と僕は、焚火を小枝でいじくりながら言う。
「帰らないよ。まだクロに御礼していないもん」
彼女は、僕の目の前にしゃがみ込む。
「昨日は、クロって呼んでいなかったよね」
「赤鼻さんに教えてもらったの。クロって名前、教えてくれなかったじゃない」
「名前ってわけじゃない」
僕は燃える火に目を向けたまま、呟くように言った。
「知ってるよ。ここの人達は名前がなくて、呼び名なんでしょ。赤鼻さんは、鼻がいつも赤いから」
「それも赤鼻の爺さんに聞いたのか?」
「うん」
と、彼女はこっくりと頷く。
「クロは、自分の呼び名の由来知ってる?」
由来?考えた事はなかった。
ここに来て初めて会ったのが、赤鼻の爺さん。僕を見るなり、クロと言った。今まで小僧とかガキって言われてたから、不思議な感じだった。
赤鼻の爺さんが僕の事をそう呼ぶようになって、ここにいるみんなも同じように呼ぶようになった。当たり前になった僕の名。