第4話 「帰らない」
彼女は少し顔を赤らめ、
「だって、まさか水浴びするなんて思ってなかったから。また私から、逃げてしまうんじゃないかって思ったの」
と、伏し目がちに言った。
「名前」
「え?」
「名前なんて言うんだ?」
「ほたる」
「やっぱり、名前があるんだな」
僕は池から出て、ボロ布で体を拭き、シャツを着た。
「君は、街の人間だろ?」
「違うわよ」
「それじゃぁ、何処から来たんだ?」
「小さな小川がある草むらから」
変な事を言う奴だ。でも、月明かりに照らされた彼女の瞳は、嘘をついてるとは思えなかった。
黒だと思っていた瞳は、ようく見ると青みがかっていた。不思議な魔力を持った瞳。それは、彼女をより一層、現実ではないものにさせていた。
「帰る家があるなら、帰った方がいい。君みたいな人が来る場所じゃないよ」
テントに戻りながら言う。
「帰る気はないわ。言ったでしょ。あなたの為に私の時間を捧げるって」「今日だけは許す」
と僕は言って、一枚だけの毛布を彼女に投げつけた。
僕はテントの中で彼女に背を向けごろんと横になり、目を閉じた。
どうせただの気まぐれ。こんな場所、普通の奴だったら居る事さえ嫌だろう。明日の朝にでもなれば、気が変わって帰るだろう。
毛布を投げつけられた彼女は、それを持ったまましばらく僕の背中をじっと見ていた。そして寝ている僕に近づくと、そっと毛布をかけた。彼女はしゃがんだまま、僕の寝顔を見つめる。まだ眠りが浅い僕は、それに気づいていた。
うっとうしい。
自然に眉間にしわが寄った。目を開け、ギロッと彼女を睨みつける。すると彼女は、にこっと笑い返した。