第2話 御礼
「あなたが覚えていなくても、私はあなたを覚えている。そんなに身構えないで。私はただ、あなたに御礼がしたいだけだから」
「礼なんてどうだっていい。僕は君を知らないし、誰かに礼をしてもらう事もやった事はない。恨みを買う事はたくさんしてきたけどね」
僕は、向きを変えようと右足を後ろに僅かに引いた。
「あ…っ。逃げないでお願い、御礼をさせて」
彼女は慌てて、僕を引き止める。何なんだこの女は。
礼なんて言ってるが、僕に恨みがあって違う意味の礼がしたいとかか?だったら、こいつを消さないと自分の身が危ない…?
「僕に君の大切な誰かが殺されたのか?」
「そんな事、あなたにされていないよ。私は、あなたに助けられたの。だから、あと僅かな時間をあなたに捧げたいと思ったの。あの時、あなたに助けられなかったら今の私はいなかった」
ますますわからなくなってきた。どう考えても、彼女に見覚えはない。
「…礼をするって言うなら、君は僕に何をしてくれるんだ?」
「あなたが望む事なら何でもする」
馬鹿げている。この女、頭がおかしんじゃないか?
「それじゃぁ、もう僕に声をかけないでくれ」
僕はくるりと向きを変えて、再び歩き始めた。意外にも彼女はそれ以上、何かを言おうとはしなかった。
この世界に誰かの為に何かをしようなんて人間はいない。それは、僕も同じだ。生きる為に、強盗、窃盗、薬の運び屋、殺し…何でもやる。それが、僕の毎日だ。