第18話 別れ
僕は目の前で起きている出来事が信じられないまま、彼女の肩を抱いた。
「お別れが来たの…。ずっと…ずっと、一緒に居たかったのに…」
彼女の肩は震えていた。
「ここまでは、神様に許してもらえなかったんだね」
「ほたる、僕には意味がわからないよ」
僕が恐れていた事が、今、現実になろうとしている。
彼女の肩を抱く僕の手も震え、それを止めようと自然に力が入る。
「クロ。私、クロの事大好き。私はいつでもクロの傍に居るから、クロも私の傍に居てね」
彼女は、僕の唇に軽くキスをした。
…ぽたり。
自然と僕の目から涙が零れ落ちた。
彼女の体が徐々に消えていく。行かないでくれと、僕は必死に彼女を抱きしめた。
でも…
僕に止める力はなかった。
僕は声にならない声で泣いた。とめどもなく溢れ出る涙を抑えようもなく、ひたすら泣き続けた。
こんなに泣いたのは、初めてだった。きっと、最初で最後の事だろう。
僕は、自分を殺した。
彼女への気持ちを恐れるあまり、偽りのない気持ちを隠し、捨てさろうとしたのだ。
犬のクロは自分を犬だと言う事を忘れたように、僕は自分を人間だという事を忘れていた。
人間の持つ感情を恐れ、否定した。
それは自然な事なのに。
普通な事なのに。
後悔してももう、何も戻らない。
あの後、彼女が大切にしていた古代種、ホタルブクロの植木に小さな蛍の死骸が入っていた。僕はその蛍を見て、全てを悟った。
僕はそのホタルブクロを持って、彼女の家へと向かった。
『小さな小川のある草むらから』
ここは珍しく、透き通った水が流れていた。小川とは呼べない程の頼りない流れの水。だけど、それは力強く精一杯流れていた。
僕はその近くに、蛍の亡きがらとホタルブクロを植えた。
「ありがとう、ほたる」
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