第一章 秘書が、秘書が、秘書がーーー!
蓬莱帝国国会議事堂、予算委員会室。今日もまた税金の無駄遣いに関する追及が行われている。その矢面に立たされているのが、第五十五選挙区選出の転嫁逃避議員(通称:ヒショガーマン)である。
「転嫁議員、先日の政治資金パーティーで不適切な支出が発覚しましたが、これについてはいかがですか?」
野党の追及議員が鋭く質問した。しかし、ヒショガーマンの反応は予想通りだった。
「それは...えー...秘書が勝手にやったことでして...」
「また出た」
委員会室で誰かが小声で呟いた。ヒショガーマンの「秘書が〜」発言は、もはや国会の名物となっていた。
「秘書が勝手に?しかし、パーティーの主催者は転嫁議員ご本人ではありませんか?」
「あ、はい、そうですが...でも具体的な支出については、秘書が勝手に決めてまして...私は知りませんでした」
ヒショガーマンの「秘書が〜」カウンターが、早くも2回に達した。委員会室の記録係は、専用のカウンターを用意していた。
「では、キャバクラでの会合費十万円についてはいかがですか?」
「それも秘書が勝手に設定した会場でして...」
3回目。
「高級寿司店での接待費三十万円は?」
「秘書が勝手にお店を予約してまして...」
4回目。
「議員会館での深夜の酒盛り代は?」
「秘書が勝手に飲み物を発注してまして...」
5回目。もはや委員会室は苦笑いに包まれていた。
「転嫁議員、あなたは一体何をしているんですか?すべて秘書任せなら、議員の仕事をしていないということになりますよ」
「いえいえ、そんなことはありません。私はちゃんと議員活動を...でも細かいことは秘書が勝手に処理してまして...」
6回目。もはやギャグの域に達している。
質疑終了後、廊下でヒショガーマンを待っていたのは、秘書の田中苦労氏だった。
「先生、今日も『秘書が』を6回も...」
「田中君、仕方ないじゃないか。追及されると緊張してしまって、つい口癖が出てしまうんだ」
田中苦労秘書は、その名の通り苦労続きの毎日を送っていた。なぜなら、世間では彼が「勝手に何でもやる悪い秘書」だと思われているからである。
「先生、でも私は先生の指示に従って仕事をしているだけなんです」
「分かってる、分かってるよ。でも世間にはそう説明するわけにもいかないし...」
これがヒショガーマンの本音だった。実際には、すべて自分の判断で行っていることを、責任逃れのために「秘書が勝手に」と言っているのだ。
「ところで先生、今度のテレビ出演の件ですが...」
「ああ、例の『政治家の本音トーク』だね。出演料はいくらだっけ?」
「五十万円です」
「それは美味しいな。引き受けよう」
しかし、翌日のテレビ出演で、ヒショガーマンは予想外の質問を受けた。
「転嫁議員、視聴者の皆さんから質問が来ています。『議員の本名は秘書賀さんなんですか?』だそうですが」
司会者の質問に、ヒショガーマンは困惑した。
「え?秘書賀?」
「ええ、あまりにも『秘書が』とおっしゃるので、視聴者の半数以上が、議員の苗字は『秘書賀』だと勘違いしているそうです」
実際、蓬莱帝国民の間では、この議員の名前を「秘書賀逃避」だと思っている人が大勢いた。
「いえいえ、私の名前は転嫁逃避です。『てんか・とうひ』と読みます」
「でも議員は『秘書が、秘書が』ばかりおっしゃってますよね?」
「それは...えー...秘書が私にそう言えと指示してまして...」
またしても「秘書が」である。スタジオに苦笑いが広がった。
「秘書がそんな指示を?それは変ですね」
「あ、いや、その...秘書が勝手に...」
もはや何を言っているのか分からない状態になってきた。
番組終了後、ヒショガーマンは楽屋で頭を抱えていた。
「これはまずいな...国民の半分が私の名前を間違って覚えている...」
しかし、状況はさらに悪化することになる。翌週の週刊誌で「秘書賀逃避議員の正体」という特集記事が組まれ、本当の名前が「転嫁逃避」であることが暴露されたのだ。
「議員は国民を欺いていた!」 「『秘書が』は偽名使用のカモフラージュか」 「責任転嫁の天才、ついに化けの皮が剥がれる」
メディアは大騒ぎだった。しかし、最も困っているのは田中苦労秘書だった。
「先生、私のところにも取材が来ています。『勝手に何でもやる悪い秘書の実態』について聞かせろと...」
「それは困ったな...田中君には迷惑をかけて申し訳ない」
ヒショガーマンは、初めて自分の責任転嫁が周囲に迷惑をかけていることを実感した。
「先生、一度ちゃんと記者会見で説明されてはいかがですか?」
「記者会見?でも追及されたら、また『秘書が』と言ってしまいそうで...」
「それなら私が一緒に出ます。先生をフォローします」
田中秘書の申し出に、ヒショガーマンは涙を流した。
「田中君...君はなんて良い秘書なんだ...」
「ただし、今度こそ本当のことを話してください」
「分かった。もう『秘書が』は封印する」
果たして、ヒショガーマンは記者会見で真実を語ることができるのだろうか。




