僕はここにいる
「どこに行くんだ?」
朝から水越に「一緒に行こう」と言われて、外に出た。
「働きに行くんだよ。まぁアルバイトだけどね」
それにしても、昨日お風呂に入ってさっぱりはしたが、このしゃんぷーとやらの匂いは苦手だ。
昨日のことなのにまだ匂いがする。
自分の体を舐めたい気持ちを抑えて、水越について歩いた。
「アルバイトかぁ」
アルバイト、確か奈々ちゃんもしてたはずだ。
そこで憎き颯太と一緒に働いていると聞いている。
「クロバくん、聞いてる?」
「あ、ごめん」
今から行くのは、水越の叔父がやっているカフェらしい。そのカフェで水越もアルバイトをしている。注文を聞いたり、注文の品を出したり、レジをするそうだ。
「クロバくんも一緒にアルバイトしてもらおうと思ってさ。とはいえ最初は掃除くらいから始めるようにするから、心配しなくていいよ」
掃除もしたことはないのだが、簡単と言っているのだから大丈夫だろう。
しばらくするとカフェと呼ばれるところについた。
白い壁に赤い屋根、玄関から花が飾ってあって、綺麗にされている。
「サマーリーフカフェ、これが店の名前ね」
店内も木目調で全体的に可愛らしい雰囲気だ。
「じゃあ叔父さんにクロバくんの話をしてくるから、空いている席に座ってて」
水越に言われて、近くの席に座る。
コーヒーのいい匂いがあたりに漂っている。
(奈々ちゃんに会いたい・・・)
からん、ころんと扉の音がして、誰かが入ってきた。
振り返ると、懐かしくて、大好きな匂いがする。
(この匂いはー)
「こんにちはー!」
奈々ちゃんは、僕にぺこっと頭を下げると、お店の奥に入っていく。
(どうして奈々ちゃんがここに?)
しばらくすると、水越と奈々ちゃんがエプロンをつけて奥から出てきた。
「お待たせ、クロバくん。叔父さんもアルバイトしてOKって」そういうと、水越はエプロンをかけて、結んでくれる。
「あなたがクロバくん?私、井上奈々って言います。ここでアルバイトしています」
いつもの奈々ちゃんと違う。
目線の高さが同じで、下から見ているのとは全く違う。
なんだか頬が熱い気がする。
「よ、よろしく」
「じゃあ颯太くん、私ホールやっておくね」
そう言って奈々ちゃんがホールへ出ていく。
「颯太くん・・・?」
「あー、僕だよ。下の名前言ってなかったね。僕の名前は水越颯太っていうんだ」
(水越が俺の宿敵の颯太だとぉ!)
颯太は、驚きの表情を浮かべる僕をきょとんとした顔で見ている。
「そんな珍しい名前かな?とりあえず、掃除の仕方教えるからこっち来て」
颯太に促されて奥から箒を出して、入口の掃き掃除から始める。
まさか水越が颯太で、ライバルだったとは思わなかった。
ふと、店内をみると、奈々ちゃんと颯太が楽しそうに話している。
なんだかイライラする。
奈々ちゃんの隣は、僕のものだ。
一緒のベッドで寝て、いつも話を聞いているのは僕なんだから。
そう思って睨んでみても、2人は全く気にする様子はない。
(やっと人間になれたのになぁ)
なんだか寒さがしみて、大嫌いな冬が近づいているのを感じた。
午後8時には営業が終わり、片づけをして8時半には店を出た。
すると奈々ちゃんが恥ずかしそうに声をかけてきた。
「あの、颯太くんに相談があるんだけど、この後どうかな?もちろん、クロバくんも一緒に」
「いいよ」そう言って、颯太の提案でファミレスへ向かった。
何を頼んでいいのかわからずに戸惑っていると、颯太が適当に注文してくれた。
颯太はやはりいい奴だ。
でも―
奈々ちゃんの笑顔は、颯太に向けられている。
「颯太くん、この前はコーヒーかけちゃってごめんね」
「もういいよ、本当に気にしないで」
悔しいが、奈々ちゃんは颯太にベタぼれだ。
だからと言ってあきらめるわけにはいかない。
折角人間になったのだから。
「相談って何かな?」
「実はクローバーがいなくなっちゃったの」
まさか自分の話題になると思わず、ドキっとしてしまう。
「猫ちゃんだったよね?」
「うん、事件の日から姿が見えなくて」
「事件って朝起きたら知らない人が横で寝てたっていう?」
「うん、その時私が大声出しちゃったから驚いてクローバーまで出て行っちゃったみたいで」
(その不審者は僕です)
そう思うけど言えるわけもない。
「そういえば、その人とクロバくんの顔が似ているような・・・?」
背中から汗がサーと流れる。
「そんなわけないにゃ」
焦って言った一言に2人がクスクス笑い始めた。
「クロバくんなわけないよね。クロバくんはいい人そうだもん」
「で、そのクローバーを探したいってことだね?」
「うん。ペット探偵を調べたけど、高くて頼めそうになくて。とりあえず、張り紙を出したりはしたんだけど」
奈々ちゃんは目を伏せて、コーヒーカップをキュッと握った。
「まだいなくなって2日だから、その内帰ってくると思うんだけどね。元野良猫だから、うまく生きていけるはずだって思うし」
(右斜め前にいます)
奈々ちゃんがすごく心配してくれているのが伝わってくる。
罪悪感をすごく感じるが、今ここで僕がクローバーですと言っても信じてくれないだろう。
颯太の提案で、とりあえず、カフェにも張り紙して、あとはインターネットで迷い猫の記事に出すということで決まった。
「人に話せて楽になった」と奈々ちゃんは帰って行った。
(ここにいるのに―)
僕は奈々ちゃんに背を向けて、颯太の家に向かった。




