人間の友達
(奈々ちゃんと一緒だ!)
もう一度自分の手や足を確認してみるが、やはりこれは人間だ。
奈々ちゃんはすやすや寝ている。
嬉しくて思わず奈々ちゃんに声をかけそうになるが、窓に映る自分を見て我慢した。
何しろ今の自分は一糸纏わぬ生まれたままの姿だ。
このままで会うのはまずい。
今の自分は確か人間は服を着なければならないのだ。
パパさんがお風呂上りに裸で歩いていたら、奈々ちゃんはかなり激怒していた。
折角人間になったのに、嫌われたら最悪だ。
(まずは服の調達だな)
奈々ちゃんの服は身体に合わなさそうだ。
そろりそろりと猫のようにパパさんの部屋へいくと適当に服を調達する。
服の着方は普段よく見ているので知っているはずなのに、かなり難しい。
(穴が多すぎる)
なんとか服を着ると、奈々ちゃんの部屋に戻った。
奈々ちゃんは相変わらずすやすや寝ている。
服も着たし、これで大丈夫だろう。
いつものように奈々ちゃんのベッドで寝転ぶと、奈々ちゃんと目があった。
「奈々ちゃん、おはよう」
いつもの調子で声をかけると、奈々ちゃんの目がどんどん見開かれていく。
「きゃあああああああああ」
聞いたことのない大声で奈々ちゃんが叫んだ。
「どうしたの?奈々ちゃん。僕だよ、クローバー」
「出て行って!こっち来ないでぇぇ!!!」
あまりの大声と投げらた枕にびっくりして部屋の窓から飛び出した。
なんとか家の外にでれたが、人間の体はあまりにも重い。
さっき屋根から伝いに降りようとして、危うくけがをするところだった。
この姿になって不思議と自然に2足歩行で歩くようになったが、あまり高く飛べないし、速く走れない。
人間とは不便な生き物だ。
(それにしてもこれからどうしたらいいのか)
家の方向を見るが、戻っても同じ結果になるだけだろう。
奈々ちゃんは、僕がクローバーだと気付いていない。
猫が人間になったのだから当然だ。
もう奈々ちゃんの元には戻れない。
そう考えると、涙が出そうになる。
こんな気持ち、初めてだ。
歩いているものの、どこに行けばいいのかわからない。
(これからどうすればいいんだろう)
また野良猫生活に戻るしかない。
トボトボと歩いていると、お腹が空いてきた。
なんとかご飯を探さなければならないが、匂いがあまりわからない。
前はいい匂いはすぐにわかったのに、何も匂わない。
ぐぅぅうう―
どれくらい歩いただろう。
疲れてきたし、お腹から音もしてきた。
猫の時はご飯も水もいつも奈々ちゃんが用意してくれた。
「クローバー、いっぱい食べてね」
奈々ちゃんの笑顔を思い出して、また涙が出そうになる。
「あ・・」
空を見上げると、雨が降ってきた。
慌てて公園の遊具で雨宿りしていると、辺りが暗くなってきた。
少し寒い。
いつもなら奈々ちゃんのベッドで温まることが出来たのに。
(奈々ちゃん・・・)
丸くなっていつのまにか寝てしまっていた。
翌朝目覚めると、雨は上がっている。
かなりお腹は空いている。
しんどくて動きたくないが、探せばどこかに食べ物が落ちているかもしれない。
重たい体を引きずって街に出た。
街には相変わらずたくさんの人がいる。
野良猫時代によく歩いた商店街に向かった。
(奈々ちゃんはどこにいるんだろ)
当たり前だが、いつも魚をくれるおばちゃんも僕に気づいてくれない。
どうしていいのかわからず、商店街の隅でしゃがみ込んだ。
食べていないせいか力がでない。気分も悪い。
(このまま奈々ちゃんに会えないまま僕の人生は終わってしまうのか)
「ねぇ、君大丈夫?」
顔を上げると、若い男がこちらを見ている。後光が指しているように見える。
力を振り絞って小さく答えた。
「腹・・・腹減ったにゃ」
◆◇◆
「ちょっと待って!これ、スプーン使って!」
目の前のカレーに顔ごと突っ込んで食べようとしたら、男に止められた。
そういえば、人間は道具を使ってご飯を食べるのだった。
こんなにいい匂いを嗅いで、すぐ食べれないなんて人間は面倒だ。
「よほどお腹空いてるんだね。昨日の残りで悪いけど、ゆっくり食べてよ」
スプーンを使うのは邪魔くさいが、使えと言われている以上は使うしかあるまい。
だって、今僕は人間なのだから。
なんとかスプーンを手に掴み、カレーを口へ運ぶ。
(人間ってこんなおいしいもの食べてるのか!)
あまりの衝撃に手が止まらない。
「お代わりあるから」と言われて3杯も平らげてしまった。
お腹いっぱいになると落ち着いてきた。
部屋をぐるりと見回すと、本がたくさん置いてある。
僕が食べ終わるまで男は本を読んでいたが、食べ終わったのに気づいて声をかけてきた。
「君、名前は?」
男の前には本と四角い紙が置かれている。
紙には葉っぱがついている。
(あぁ、これは・・・)
「くろーばー」
「君はクロバくんって言うんだね。僕の名前は、水越。よろしく」
どうやら名前を勘違いされたらしい。
どう言い直していいかわからないので、このままにしておくことにした。
手が差し伸べられたので、お手をしてみる。
するとぎゅっと手を握られた。
「で、クロバくん、困っていることがあるなら教えてほしいんだ。何か事情があるなら僕でよければ力になるよ」
事情は説明したいが、なんと説明すべきか、かなり難しい。
猫だったけど人間になって、追い出された。
でもそんなこと言ったら奈々ちゃんが悪者になってしまうかも・・なんて考えて言葉に詰まっていると、水越が肩に手を置いてきた。
「僕は怪しいものじゃないよ。社会福祉士になるのが夢で、今勉強しているところなんだ。だから、力になれることもあるかなと思う」
社会福祉士とはスーパーマンかアンパンマンみたいな正義のヒーローなのだろうか。
全くよくわからないが、力になりたいと言ってくれているのはわかる。
「えーと、元々は外にいたんだけど、拾われて、お家に住んで幸せになったんだけど、ちょっと形?が変わっちゃって、お家に入れなくなって・・」
色々考えて言葉を選ぶが、うまく説明できない。
しかし、水越は自分なりに翻訳したのか、「苦労したんだね」となぜか励ましてくれた。
「クロバくんは何歳?」
「3・・・いや28くらいかな?」
確か前に奈々ちゃんから人間で言ったら28歳くらいだねって言われた。
今は人間の年齢を言うべきだろう。
我ながらよく頭が回る。
年齢を聞いて水越は驚いた顔をした。
「え!年上だったの!ごめんなさい、タメ口きいちゃって」
「タメ口って何?」
「うーん、友達みたいな話し方っていうのかな」
「じゃあタメ口でいいじゃん」
ふっと水越は微笑むと「それもそうだね」と話をつづけた。
「成人してるとなると、まずは住むところとお金をかせがなきゃいけないな」
「どうしたらいい?」
「お家には帰れないんだよね?まずは住むところを見つけないと働くのは難しいしな」
奈々ちゃんの家には帰れない。
あの時の奈々ちゃんの怯えた顔を思い出すと、胸がきゅっと痛くなる。
きっともう僕を家に入れてくれないだろう。
何より奈々ちゃんを怖がらせることはしたくない。
「ここに住むのはダメ?」
「ここに?」
最近ドラマで見た土下座というのをやってみた。
なんか男の人が女の人に土下座して許してもらっていた。
これが最大の礼儀のようだったからきっと思いは伝わるはずだ。
「待った、待った。土下座とかしないで」
水越は顎に手を当て、少し考えると「いいよ」と言った。
「しばらくはうちにいていいから。落ち着いたら家とかどこか住める場所ないか一緒に考えよう」
水越は相当いいやつだ。
猫の社会ではこんな数時間で仲間と認めることなんてそうそうない。
(家に住ませてくれる御礼に、警戒心がないのは心配だから僕が守ってやろう)
「仕事についてはあてがあるから、任せて。でもその前にお風呂入ろうか」
「風呂!?風呂はちょっと」
奈々ちゃんに無理やり入れられた時の恐怖が蘇る。
「もしかしてお風呂もまともにいれてもらえなかったの?」
「いや数か月に一回は入ってたから大丈夫」
「数か月に一回!?」
水越は、お風呂に行くのを抵抗する僕を「大丈夫だから」と無理やり連れて行った。
「やめてくれにゃー!!」




