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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

メリバ厨による氷の城短編

作者: 豆腐
掲載日:2025/09/01

※バッドエンド注意

「王を、国を守るために剣を取った。だが、気づけば王国は滅んでいて、私だけが城門に立ち尽くしていた」

「理不尽に奪われていく。名誉も、仲間も、騎士の誓いすら。なのに――お前だけは、どうして俺を手放さないんだ」



「お嬢さん、怪我はないか?」

俺は今日も騎士としての職務を果たす。

強盗から助けた少女は、赤面しながら「だ、大丈夫です」と震える声で囁いた。


「それなら良かった。……強盗の処罰を決めるため詰所に戻るんだが、お嬢さんの証言も必要だ。少し話を聞かせてもらえるか?」


少女は恥ずかしそうに俯きながらも、こくりと頷いた。俺はそっと手を取り、彼女を連れて詰所へ向かう。


先に強盗を連れ帰っていた同僚と目が合った。

「ガレン、またかよ。詰所はラブレターの保管所じゃないんだぞ! いい加減、女の子を引っ掛けるのやめろって」


「仕方ないだろ。俺はかっこいい騎士なんだから」


――実際のところ、俺は職務を全うしているだけだ。

街には男が被害者になる犯罪もあるが、多くは女性が狙われる。助け出した彼女たちを落ち着かせ、事情を聞き出そうと優しく宥めると……なぜか皆、俺に惚れてしまうらしい。


「別にわざとやっているわけじゃないんだがな」


「お前は腕も立つし、素行も真面目で模範的な騎士だ。……いや、顔が良すぎるんだよ! くそ、腹立つぜ」


同僚はそう笑って俺の肩を小突く。


俺は鍛錬を欠かさず、職務にも真面目に取り組んでいる。全ては――憧れの“聖騎士”になるためだ。


今は街の警邏を任されているが、いずれは城を守り、戦場で武功を立てる立派な聖騎士に。

それこそが、俺の夢。


この国は大陸の北に位置し、さらにその北には恐ろしい魔法使いや、彼らに従う魔物がひしめいている。

彼らと戦う精鋭、それが聖騎士。国中の男たちの憧れであり、俺の目指す道だ。



しかし、その機会は突然に訪れた。


北の国境で魔物の被害が出ているらしい。その討伐隊を組むため、聖騎士の追加募集がかかるというのだ。


ある日、団長室に呼び出された。

「ガレン、お前の夢が叶うかもしれないぞ。私もお前は聖騎士に相応しい力を持っていると評価しておる。聖騎士団の知り合いに推薦状を出してやろうか?」


「団長、ありがとうございます。俺にはもったいないお言葉です。ですが……俺は自分の力で聖騎士になりたいんです。一般応募で挑戦します」


「そうか。……やはりお前はそう言うと思ったよ。また困れば私を頼れ。応援しているぞ」


団長の期待は嬉しかった。だが俺は、誓っている。

――聖騎士になるのは自分自身の力で。


「ガレン、お前団長の推薦断ったのか! 真面目な奴だな」

同僚に肩を叩かれる。彼は俺より少し年上で面倒見のいい男だ。俺は彼のことを尊敬している。


「ありがとうございます。全ては聖騎士になり、武勲を立てるためですから」

「はは、お前らしいや! 俺も聖騎士選抜、応援しているぜ」



騎士ガレンの一日は早い。

まだ朝日が昇り始めた頃、寮を抜け出し、城の周りを走り込むことから始まる。


「はっ……はっ……」

規則正しいリズムで呼吸しながら剣を振るい続ける。

この鍛錬を、彼は毎日欠かさず行ってきた。


「……よし」


汗を拭い、再び詰所へ戻る。

今日は――聖騎士選抜の日だ。


「ガレン、お前なら絶対受かるさ。頑張れよ」

同僚に背中を叩かれて送り出された。


「ありがとうございます。頑張ります!」

俺は笑顔で答えながら、内心は不安でいっぱいだった。

聖騎士選抜には国中の猛者が集うと聞いている。本当に俺なんかが選ばれるのか?いや、自分を信じなければ合格は掴み取れまい。


そう思ううちに城へ着いた。城門をくぐると、既に大勢の志願者が集まっている。皆、緊張した面持ちで国王の登場を待っていた。


聖騎士は国王直属の軍隊。その総帥は国王ライネル二世だ。国民から絶大な信頼を受ける英雄にして、他国にまで名を知られる実力者である。


「それではこれより、聖騎士選抜試験を始める」


国王の声が響いた瞬間、空気が張り詰める。

王国最強の聖騎士を志す俺も、自然と背筋が伸びた。


――この試験に受かれば、俺は聖騎士になれる。



結果は合格だった。


……というより、剣すらまともに握れぬ者以外は、ほぼ全員が採用されていた。


「良かったじゃないか、ガレン。憧れの聖騎士だぞ?」

「……ああ、そうだな」


胸に去来したのは喜びではなく、疑念。

俺の憧れた聖騎士。その地位は、誰でもなれる程度のものだったのか?


いや――逆か。

それほどまでに、北方の魔物被害は深刻だということか。


「なぁ、北の被害ってそんなに酷いのか?」

「さぁ? なんだよガレン、今さら怖気付いたのか? お前にもそういうところあったんだな」


同僚に笑われ、ガレンは苦笑いを返した。

「……まぁ、そんなものかな。じゃあ巡回に行ってくる」


この月まではまだ警邏騎士団所属。次の月からは聖騎士団所属になるらしい。

詰所で過ごす日々も、もうすぐ終わりだ。



「ようこそ、誇り高き聖騎士団へ」


王の声が、重々しく響いた――。

王宮で催された盛大な歓迎会。選抜された聖騎士の数は膨大で、基準の緩さすら窺える。

「それでも……俺は憧れの、かっこいい聖騎士になるんだ!」

討伐で武勲を立てればいい。他を出し抜くほどの活躍をすればいいのだ。


ふと、隣に立つ華奢な青年に目を向ける。

合格したからには剣も握れぬほど弱いはずはない。だが立ち姿を見ただけで、自分の剣技には及ばないと直感できた。

少し見すぎたのか、彼と目が合ってしまう。


「ああ、初めまして。僕はルシアンって言うんだ。……何か、僕に御用かな?」

「いえ……不躾に見てしまって申し訳ない。俺はガレン。いや、君は優雅な身のこなしをすると思ってな。」

「あはは! 僕は貴族でもなんでもないよ。正直に言っていいんだ。――僕、弱そうに見えるでしょう? どうして聖騎士団に選ばれたのか、悔しく思ってるんじゃない?」


図星を刺され、言葉を失う。己の慢心を見透かされたことも、一瞬で力量を測られたことも。

「……正直、悔しいのは事実だな。俺は努力をして強くなった。なのに聖騎士団では俺より強いやつはいない――そう思ってしまった。失礼だった、申し訳ない。」


素直すぎたか、とガレンは後悔しかけた。だがルシアンはむしろ興味を覚えたように、愉快そうに覗き込んでくる。

「へえ! 君って取り繕いもしないんだ。馬鹿正直で、本当に面白いな……ねえガレン、僕と少し手合わせしようよ!」


初対面でいきなり何を言い出すのか――そう返したかったが、キラキラと輝く瞳に、なぜか断る言葉が出てこなかった。

「ああ……では歓迎会が終わったら、中庭で手合わせするか。」

「約束だからね! 逃げたらダメだから!」


(――どちらが、だろうか)

明らかに彼は剣を扱うような体つきではない。いかにも非力そうだ。



結果は火を見るより明らかだった。


「あはは、ガレンって強いんだねー!」

「お前な……。なんで手合わせなんて言い出したんだ。剣の構えからして滅茶苦茶だったぞ」


自信満々に挑んできたルシアンだったが、基礎すらできていなかった。

体力試験に受かっただけあって息は切らしていないが、全身打ち身だらけで転がっている。


(王も聖騎士団も、何を考えているんだ。こんな非力な者まで入団させるとは……)


「ねぇガレン。僕、このままじゃ討伐戦でやられちゃうと思うんだ。剣、教えてくれない?」

「……まぁ、いいが。俺は厳しいぞ」

「望むところだよ!」


ニッと笑ったその瞳は、氷の結晶のように冷たく、美しく輝いていた。



翌朝。

まだ薄暗い城の中庭に立つのは、いつものようにガレン一人……のはずだった。


「おはよう、ガレン。眠いよー。でもこうやって早起きするからガレンは強いんだね」

「ああ。小さい頃からの日課だ。ほら、走るぞ」


走り込みも打ち合いも、ルシアンは息一つ乱さない。

(体力はあるんだよな……これが評価されたのか?)


「少しずつ、様になってきたな」

「ほんと?ガレンの教え方がいいんだよ。僕、人に教えてもらったことなんてなかったから」

「は?どんな生活してきたんだ」

「僕ね、森で一人で暮らしてたんだ。木の実もあるし、不便はなかったよ」


「……そんなわけあるか」

厳しい森で生き延びるなど不可能だ。冗談だと思ったが、ルシアンは寂しそうに俯く。


「……本当なんだ。食べ物は自分で取ってたし……困ったことは、なかった」


一瞬の沈黙のあと、彼は顔を上げて笑った。

「でもガレンに会えてよかった!剣も勉強も、教えてもらえるんだもん!」


その屈託のない笑みに、毒気を抜かれる。

結局ガレンは、剣技だけでなく常識や礼儀まで叩き込む羽目になったのだった。



ついに討伐作戦の日が来た。


「ルシアン!忘れ物はないな?補給証は持ったか?これがないと補給が受けられんぞ」

「あはは、ガレンは心配性だなぁ。ちゃんと持ったよ」

「そうか。ならいい」


ガレンは剣を教えるついでに、日頃からルシアンに世話を焼いてきた。そのせいか、どうしても小言が増えてしまう。

(……だが、こいつももう立派な一人前だ)


剣の腕はまだ未熟だが、底なしの体力と鋭い洞察力で模擬戦の魔物を倒せるほどには成長した。

(あとは大丈夫だろう。逃げ足も速い。……俺は俺で武勲を立てることに集中せねば)



出発の鐘が鳴り響き、王を先頭に軍勢は進み出す。

王は凛々しい顔立ちと大きな体躯を持つ男で、馬上から響く声は力強い。


「この戦に勝てば、北方の魔は滅びる。必ず勝利を!」


しかし、ガレンにはその言葉がどこか空虚に響いた。

(本当に勝てるのか……? 魔物の背後には恐るべき魔法使いがいると聞く。聖騎士をこれほどかき集めたのも、魔法使いとの死闘を織り込んでのことではないのか)

それでも己は聖騎士。誇りを胸に全力で戦い、必ず武勲を立てるのだ。



城を出ると、一面の雪景色が広がっていた。馬が駆けるたびに雪が舞い上がり、視界を白く覆い隠す。


「ガレン!僕、馬に乗るの、上手くなったでしょう?」

「ああ、まさか馬に乗ったこともなかったとは驚いたぞ。初めてのときのへっぴり腰なんて……はは、今でも笑える」

「そ、そんなこと忘れてよ!」


隊列は長く続き、整備された街道を軍馬の蹄が響かせる。

ガレンとルシアンは班は違えど近い列にいたため、並んで話をしていた。


進むほどに、荒らされた畑や焼け落ちた家が目に入る。


「酷いな……魔物の被害はこんなに悲惨なのか」

「そうだね、ガレン。魔物は……恐ろしいものだよ」


その声はいつもの調子と違い、凍りつくように静かだった。思わずガレンの背筋に冷たいものが走る。


「……そうだな。だが俺は、聖騎士として魔物と戦う」


ガレンが決意を口にした瞬間、ルシアンはふと呟いた。


「それが君の夢か」


白い手が伸び、ガレンの頬に触れる。氷のように冷たい指先だった。


「……冷たいな」


思わず零すと、ルシアンは小首を傾げてゆっくり瞬きをする。長い睫毛が白い頬に影を落とした。


「そう? 僕はいつもこんな感じだよ」


そう言って笑った彼の瞳は、氷のような煌めきを湛えていた。



そこからは無言だった。

決戦の地へ近づくにつれ、口を開く騎士の数は減り、代わりに張り詰めた空気が濃くなっていく。

やがて一行は野営地にたどり着いた。


雪の中での野営は、まずかまくら作りから始まる。雪のブロックを切り出し積み上げる作業は、本来ならば子どもの遊びの延長のように楽しいはずだ。しかし決戦を目前に控えた今は、胸の奥でじりじりと焦燥が燃え立つばかりだった。


――一刻も早く魔物を討ち、被害を食い止めねば。

できることなら、背後で糸を引く魔法使いをこの手で斬り伏せてやる。


大きなシャベルで雪を固めるたび、そんな思いが頭をよぎる。

ガレンは北方の生まれだ。雪深い冬に鍛えられた彼の身体は逞しく、精神もまた強靭だった。道中で見た無残な集落の光景が、さらに闘志を煽る。


「手際がいいね、ガレン」

「これくらい普通だろ? ……まさか、お前、これもやったことないのか?」


ルシアンは気まずげに頰をかいた。その指は細く華奢だが、剣を握る時の力強さをガレンは知っている。


「うん。だから教えて欲しいな。君はなんでも上手にできるから」


そう言うルシアンの表情には、かすかな翳りが差していた。


「……それなら、かまくら作りより補給係を手伝ったらどうだ。料理もできないんだったな。教えておけばよかった」

「いいんだ。ごめんね。僕は向こうの班に混ざってくるよ」


ルシアンはガレンの険しい気配を感じ取ったのか、そそくさと他の班へ向かってしまう。


「……だめだな。焦りが顔に出ている」


ガレンは深く息を吸い込み、心を落ち着けようとした。



魔物を前にした瞬間、全身を駆け抜けたのは興奮だった。

斬って、斬って、斬って――!

数体の魔物を逃し、俺はその背を追って森の奥へと踏み込む。背後で班長の制止の声が聞こえた気もしたが、もう耳に入らない。目の前の醜悪な魔物を斬り裂くことだけを考えていた。


――ああ、これだ。この戦いで武功を立てるんだ!

誉れ高き聖騎士になる、そのために今まで努力してきた!


気づけば近くにいたはずのルシアンの声も消えている。だが構うものか。俺は必ず、誉れを勝ち取るのだ――。


魔物が咆哮と共に大きな口を開く。

来る、氷のブレス! 避けようとした刹那、別の魔物の爪が迫る。


「ッぐ……!」


完全には避けきれない。剣を握る右腕を犠牲にすれば生き延びられるだろうが、それでは騎士として終わりだ。


――ならば、誉れ高く死ぬまで!


ガレンは正面から剣を振りかざし、魔物の口へ突き立てる。

次の瞬間、全身が凍りつき命が潰える――はずだった。


しかし、いくら待っても冷気は襲ってこない。

おそるおそる目を開けると、周囲を取り囲んでいた魔物の姿は跡形もなく消えていた。


「……な、何事だ!?」


「あーあ。やっぱりガレンには敵わないな。強いよ、ほんとに」


声に振り向くと、ルシアンが剣も持たずに立っていた。辺りには赤黒い血が散乱しているのに、その白い顔には返り血ひとつない。


「お前……何をしたんだ……?」


ガレンの頰を冷や汗が伝う。自分を巻き込まず魔物だけを屠る技量など、ルシアンにあるはずがない。


「魔法だよ。魔法」


ルシアンはいつものように笑ってみせる。

魔法使いは森に棲むと聞く。だが剣も馬も知らなかった、あのひ弱な彼が――?


「僕はルシアン。魔法使いさ」



「……っお前が諸悪の根源、魔法使いか」

「そんなこと言わないでよ、ガレン。僕は別に君たちを害したかったんじゃない。ただ退屈だっただけなんだ」


意味が分からない。こいつは何を言っている?胸の奥がかっと熱くなる。

「お前の暇つぶしのために、どれだけの人が犠牲になったと思っている!」

「そんなの僕のせいじゃないよ。でも……君がいなくなるのは嫌だな」


あまりに身勝手な言葉に怒りが込み上げる。だが相手は強大な魔法使いだ。

――話せば、侵略をやめてくれるかもしれない。

かつて弟分として世話を焼いたこの男なら、まだ通じ合えるかもしれない。そう思ってしまった。


「俺だって、この王国が滅ぶのは避けたい」

「じゃあこうしよう。僕がこの国を滅ぼす前に……君だけ僕と一緒に来てよ。それならいいでしょ?」

「……それはできない」

「どうして?君はこの国の騎士なんでしょ?国を守ればいいじゃない。僕は君を害さない。むしろ守ってあげる」

「俺は聖騎士だ。この国を守る義務がある」

「……ふーん。そっか」


ルシアンは軽く首を傾げ、指を一振りした。次の瞬間、氷の斧がガレンの右腕を切り落とした。

「があああああっ!」


「……あーあ。ガレンは僕の憧れの騎士様だったのに」

氷の床に転がる腕を見下ろし、ルシアンは微笑む。

「ほら、君の班の班長を呼んでおいたよ」

「な……っ」


指を鳴らすと、そこに班長が現れた。

「これは一体……」

「ごめんね、彼は僕のものだ」

「……お前は、二班のルシアンじゃないか!」

「そうだよ。二班のルシアンで――魔法使いのルシアン。このガレンには随分お世話になった。でも彼は僕の城に来てくれない。だからもういらない。この国もね」


「な、何を言って……」

班長の言葉など、ルシアンは意に介さない。


「もう、いらないんだ」


その一言で空気が変わった。辺り一面に冷気が広がり、木々は瞬く間に氷漬けになる。息は白く染まり、世界そのものが凍っていく。

ルシアンの瞳がこちらを向いた瞬間、ガレンの背筋に凍えるような恐怖が走った。その瞳には闇と狂気が渦巻いている。


「ルシアン! お前何を……!」

「一班の班長さんだっけ?君は見逃してあげる。その代わり、聖騎士団に伝えてきてよ――“ガレンは僕を裏切って、僕の側に付いた”ってね」


班長は腰を抜かしながらも、這うようにして逃げていった。


「ねえ、ガレン」

凍てつく冷気の中、ルシアンは笑みを浮かべる。

「僕、いいこと思いついちゃった。右腕を切り落としちゃってごめんね」


ルシアンは氷の床に転がる腕を拾い上げ、凍りついた傷口に舌を這わせる。

ぞっとする。寒気は冷気のせいだけではなかった。


「これでもう君は剣を握れないね。でも可哀想だ。僕は、誇り高い騎士のガレンが好きなんだ」

血に濡れた腕を胸に抱き、うっとりと目を細める。


「……俺をどうするつもりだ」

「だから言ったでしょ?僕の城に来てよ。そうすれば――ずっと大事にしてあげる」


――そうしたら、右腕も治してあげる。


その囁きは甘く、残酷だった。

その瞳の輝きに、ガレンは思い知る。本来の彼はやはり人外の存在だと。


それでも、ガレンは騎士だった。

「断る! 俺は国を守る騎士だ! 右腕が無くとも、必ずお前を倒す!」


「……ああ、最高だ!」

ルシアンは歓喜に声を震わせる。

「それでこそ、僕の憧れた騎士だ! いいよ、君が倒しに来るまで待ってあげる」


そう告げると、彼の姿は白い吹雪に溶けて消えた。



その後、ガレンに居場所は無かった。

一班の班長が広めた噂――「ガレンは魔法使いと通じていた」。

それは瞬く間に団中に広がった。


実際にルシアンの世話を焼いていたのも事実。誰も疑おうとしなかった。


「なあガレン、お前少し休んだほうがいいぞ」

街で偶然出会った元同僚が声をかけてくる。

「先輩……いえ、俺は右腕を失った分、鍛錬を積まねばなりません」

「そうは言ってもな。お前は魔法使いと戦った英雄だ。もう十分だろう」


「ですが……」

ガレンは俯いた。誇りも、居場所も、失っていた。


「そうだ、いい酒がある。今夜一緒に飲もうぜ」

「い、いえ! 俺は鍛錬を――」

「いいからいいから」

無理やり連れて行かれた酒場で、元同僚は陽気に笑った。

「最近は天候不良で作物が育たないらしい。でも王都にはまだ酒が残ってるんだ」


だがガレンは笑えなかった。

この瞬間にも、ルシアンが何をしているのか……そればかりが頭をよぎる。


「やっぱり帰ります。先輩、気晴らしになりました。ありがとうございます」

代金を置いて店を出る。


外は、春だというのに吹雪が荒れ狂っていた。

雪煙の中から、月光に溶けるような白い姿が現れる。


「……ルシアン」

「やあ、ガレン」


青年は微笑んだ。

「せっかく君が僕のところに来たくなるように考えてたのに。君、聖騎士団以外にも友達がいたんだね」

「僕のところには来てくれないのに、元同僚とは酒を飲んで楽しむなんて……。そんなの、僕悲しくなっちゃうよ」


吹雪が強くなる。王都の建物が軋む。


「ねえ、僕のものになって」


逃げなければ。そう思うのに、足は氷に縫いつけられたように動かない。

次の瞬間、ガレンの意識は闇に沈んだ。



ガレンが目を覚ますと、そこは城の玉座の間だった。だが王族も兵もなく、広がるのは氷の床だけ。壁も天井も消え失せ、ただ無限に続く白い世界だった。

氷の玉座にはルシアンが腰掛け、頬杖をつき微笑んでいる。


「ここは……お前の仕業か、ルシアン!」

「おはよう、ガレン」

「俺をどうするつもりだ」

「どうって? 君と一緒に居たいだけさ」

「ふざけるな! 俺は聖騎士団に戻り、お前を討つ!」

「……なら、力ずくで僕のものになってもらおうか」


ガレンは剣を抜き放ち、斬りかかる。だが氷の刃が行く手を阻み、ルシアンは笑みを崩さない。


「ほら、そんな剣じゃ僕に勝てない」

「俺は……負けん!」


必死の抵抗。しかし強大な魔法の前に次第に押されていく。

だが一瞬の隙を突き、ガレンは剣をルシアンの首へ突き立てた。


「はは……! やっぱり君は強い!」

致命傷のはずの傷を負いながら、ルシアンは笑う。血を押さえ、淡々と語り始めた。


「僕はね、ずっと一人だったんだ。誰にも必要とされなくて、それでいいと思ってた」

傷は瞬く間に塞がっていく。

「でもある日、森に迷い込んだ子供が僕と“騎士ごっこ”をしてくれた。怖がらず、仲間にしてくれたんだ」

「……」

「だから騎士になりたかった。そうすれば、誰かと笑い合えると思ったから」


氷の触手がガレンに伸び、手足を絡め取る。

「聖騎士団が必要とされる事態をわざと作ったのも……全部、騎士と出会うため。ガレン、君に会えてよかった」


必死にもがきながらガレンは叫ぶ。

「俺は国を守る騎士だ! お前のための騎士じゃない! 俺が死んでも、仲間が必ずお前を討つ!」

「……じゃあ、そんな国はいらないね」


ルシアンが指を鳴らす。轟音が城下から響き渡り、地が揺れる。街の明かりが、ひとつまたひとつと消えてゆく。

「なっ……まさか……!」

「ふふ、今度こそ滅ぼしたよ。もう君を縛るものはない」


絶句するガレンを、ルシアンは優しく抱きしめる。

「だから――僕の中に閉じ込めてしまおう」


融かすような魔法が注ぎ込まれ、ガレンの身体は溶けるように呑み込まれていく。

「……っ……俺は……」

「大丈夫。君は僕の中で生き続ける。僕はもう、絶対に君を手放さない」


最後に囁かれた声は、恐ろしいほど甘やかだった。

氷の玉座に沈む影は、やがてひとつに溶け合う。


こうして騎士と魔法使いの物語は終わり、残されたのは執着の愛だけだった――。

かわいそかわいいが大好きです。

逆体格差も大好きです。

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