7 事件の香り
「風呂掃除まで完璧にやってきた」
水無瀬が落とし穴に落ちてから数十分後。風呂から上がって一階に戻ると、一条は液体の入った三角フラスコを揺らしていた。
水無瀬に気づくと、振り向いて、「新しいサングラスどうだい?」と言った。
そう、油に放り込む前の唐揚げのように粉まみれになったサングラスの代わりに、現在水無瀬が掛けているサングラスを、一条はプレゼントしていた。
「頗る調子がいい。前の安物とは遥かに違う」
「普通のサングラスじゃないからね。まぁ、落とし穴に落としたことへの謝罪も込めてだ。それ、高かったんだよ。どんなに傷つけても壊れないやつだからね。試してみるかい?」
ソファの隙間からハンマーを取り出しながら、一条は楽しげに言った。そしてスペアだと言うサングラスを机に置くと、思い切り振り上げ、親の仇かのような剣幕で何度もサングラスを叩いた。
サングラスと金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
一分近く経ったところで、一条は叩くのをやめ、サングラスを水無瀬に渡した。
「どうだい?傷ひとつないだろう?」
「本当だ、凄いね」
一般的なサングラスなら今頃、ただの黒い塊になっていそうな物だが、サングラスは全く変化していなかった。
「知り合いの博士が異能を混ぜ込んで作ったものだよ。でも壊れないグラサンなんてあまり需要はなくて、全く売れなかったらしいから、去年在庫整理の時80%オフで貰ったんだよ。それでも一つ五万円したけどね。」
一条さんはそれくらいの出費痛くも痒くもないでしょ、と水無瀬は言った。一条は、まぁね、と自慢げに胸を張った。
ちょうどその時、家のインターホンが鳴った。
「あれ?来客の予定はないんだけどな、誰だろう?」
一条は本の山の山頂にハンマーをそっとおき、てくてくと玄関に向かって足を進める。
そしてガラッと勢いよく音を立てて扉を開けた。
扉の前に立っていたのは、茶色の髪の毛を一つにまとめた、若い女性。近所の女子校の制服に身を包んでいた。
「あの!どんなに難しい事件でも解決してくれる探偵さんですかっ?!」
女子生徒は開口一番、一条がのけぞるほどの勢いで尋ねた。
一条はしばらく目を見開きフリーズしていたが、徐々に頬が緩んでいき、最後には怪しげな笑みで、「これは、事件の香りがするね」と呟いた。
二度寝しようと思ったら、猫に蹴られました。