5 後悔
薄暗い部屋の中、床に転がっている人物が1人。
天井を見上げて動かない。否、正確には動けないのだ。
床に転がっている人物ー水無瀬琉也は、1時間前の行動を後悔していた。
「まさか起きたら手足が手錠で繋がれているなんて思わないよな…」
そう。繋がれているのである。手錠で。床に刺されたやけに太い釘と。
そのおかげで起きてから、ずっと大の字で寝そべっている状態なのだ。天井には、「起きたら声をかけてくれ」というメッセージが書かれていた。
「これじゃ声をかけたくてもかけられない」
水無瀬は床に散乱している物の中からクリップを見つけ、それを器用に曲げて右手の手錠を取り外した。
左手、両足も同様に取り外し、大きく伸びをする。
「さて。一条さんはどこだろう」
声をかけてくれ、と書いてあるにも関わらず、一条の姿は見当たらない。
「2階か?」
手元に落ちていた懐中電灯で部屋を照らし、螺旋階段に向かって歩き始めた。だが、数歩手前のところで立ち止まり、ぴょんとジャンプして階段に飛び乗った。
「わざわざ落とし穴なんて作ったのか。歓迎なのかなんなのか」
そう呟きながら階段を登っていくと、奥に伸びた廊下が現れる。ギシギシと音を立てて進んでいくと、ドアの隙間から光が漏れる部屋があった。水無瀬はここか、と言ってドアノブを掴んだ。
「あ、起きたの水無瀬くん」
部屋の椅子に座っていた一条は、目線をパソコンに向けたまま言った。
水無瀬がパソコンの画面を覗き込むと、水無瀬の証明写真と共に、個人情報がずらりと並べられていた。
「僕の個人情報勝手に見ないでくれる?」
「情報を盗み見できる程度のセキュリティーなのが悪い。だから私のせいじゃない。情報部のせいだよ」
一条は悪びれることなく言った。
そしてすぐにパソコンに視線を戻した。
「水無瀬琉也、 役職:◯◯、誕生日:不明、住所◯◯◯ー◯◯◯◯ー◯◯◯◯……」
一条は上から全て読み上げると、ほとんど伏せ字でよくわからないな、と悪態をついた。
「君、情報部のところのやけに頑丈なセキュリティー突破してまでこんなことしたのか。私でもだいぶ苦労したんだよ?水無瀬くんは暇なんだね。…それはそうと、誕生日が不明か……」
そう言うと一条は、腕を組み、口に指先を当ててぶつぶつと何か呟き始めた。
「何か不自然な点でも?」
「否、不自然なところなんて一つもないよ。名前と写真以外全部伏せてあるんだからね」
含みのある口調で言うと、パソコンの電源を切り、百均のティーカップに入った珈琲…もといココアを啜った。
「それよりも、私が気になったのはこれだよ」
一条は資料の一番下を指差した。
その他…能力者。
こう書かれていた。
ナレーター:説明しよう!能力者とは、アニメとかでよくあるやつだ!なんか凄いことができるぞ!
「いやー異能力者なんてね、なかなかお目にかかれないよ。珍しいね。ちなみにどんな能力なの?」
一条は、すでに致死量の砂糖が入っているコーヒーに砂糖を追加しながら言った。
「まだ言わない。僕は一条さんを信頼しているわけじゃないんだ。むやみやたらに自分の情報、しかも能力なんて言うと思う?」
「いや、私なら言わない。もう拘束は解いてるから相手の質問に答えなかったせいで殺されることもないし、何より君は、私が生きていることを首領に伝えるぞ、と脅せば大抵のことはやらせられる。立場は君のほうが上だ」
一条は別に無理して聞き出そうとなんて思ってないよ、と付け加え、微笑した。
「理解してもらえてよかったよ」
水無瀬はそう言うと、くるりと回れ右をして、出口へと足を進める。ドアノブを掴んで振り返ると、
「じゃあ、僕はこれで帰る。明日も来るよ」と言った。
愛用していたシャーペンのクリップが折れました。
定規も2本折れました。