3 交渉の時間だ (前編
「……っは!」
水無瀬はカーテンから差し込む光で目を覚ました。
窓の外を見ると、空は茜色に染まっている。麻酔針を刺されてからゆうに5時間は眠っていたことになる。
視線を下に向けると、水無瀬は腕に手錠をかけられ、縄でぐるぐるに縛られており、その上さらに椅子に巻きつけられていた。
そして目の前には、中性的な顔立ちの青年が居た。
肩まで伸びた黒髪、真っ黒なネクタイとズボンを身につけ、腰には紺色の上着を巻いている。格好こそ普通だが、どこか怪しげな雰囲気を纏った青年だった。
「身動き取れなくて苦しいかもしれないが、我慢してくれよ、私だって好きでやってるわけじゃない」
目の前の人物が喋り出した。
「好きでやってるんじゃないなら解放してくれませんか?これじゃ背中もかけない。さっきから痒くて痒くて仕方がないんですよ」
「そういう訳にはいかない。君には交渉相手になって貰わなくてはいけないからね。勝手に帰られちゃ困るよ」
「ちぇっ、交渉ですか。そもそもあなたは誰です?まぁ…大体予想はついていますが…」
水無瀬がそう言うと、青年は不敵に笑いながら答えた。
「私は一条真央、探偵業をやっている。君らが今朝殺した人間さ。君たち、コーヒーに毒を混ぜただろう?いつも飲んでるコーヒーに毒を混ぜられちゃ、流石に気づくよ。まぁ気付いたところで解決しようがないのが普通だ。でもね、あれを見てご覧」
一条が指を刺した方向に視線を向ける。
水無瀬は目を見張った。
そこには大量の試験管が立ててあった。おそらく中身は、一条に盛った毒と、その解毒剤だろう。
「どうやって手に入れた?」
水無瀬は平坦な声で尋ねた。
「ふふふ、探偵を甘く見てはいけない。首領の研究室のコンピュータをハッキングして、毒のデータをぬすんだんだよ。ありがたいことに、効き目が出るのには数時間かかるようでね、解毒剤を作るには十分すぎる時間だった。でも、まだ安心はできない。首領の事だ、私なら何か仕掛けるだろうと考え、それなりの人物を送ってくるだろう。せっかく生き延びたのに、そいつに殺されるのはごめんだね。だから、卑怯だけど背後からスタンガンで襲わせてもらったわけだ」
そこまで聞いて、水無瀬の頭の中に、嫌な、それでいて確証に近い仮説…想像が浮かび上がった。
「それで、そのついでに作った毒を、僕に使ったのですね」
「あたりだ!」
一条はパチパチと、実に嬉しそうに手を叩いた。
「困りましたねぇ」
水無瀬は自分で拘束を抜ける技術を身につけているため、相手に交渉の材料などないと考えていたが、毒を盛られたのなら話は変わってくる。
「君には今、二つの選択肢がある。今毒で死ぬか、私と交渉して生き延びるかだ。ちなみに毒で死ぬ場合、腹を3回引き裂かれるよりも苦しいようだから、安楽死は期待しないほうがいいよ」
「…少し考えさせてください」
水無瀬はこの拘束を自力で解くことができるため、一条の隙をついて解毒剤を手に入れることができるかもしれない。無駄な交渉よりもこちらの方が得策かと思われるが、毒と解毒剤は見た目で判別がしにくい。水無瀬も至近距離で見つめないとわからないほどだ。そのため、間違えて毒薬を飲んでしまう可能性もある。
一条を倒して縛り、じっくり見分けるという方法もある。だが万が一試験管に入っているのが全て毒だとしたら?
水無瀬は解毒剤の場所を知らない。一条が目覚める前にタイムリミットが来たら、詰みだ。
それに、相手の条件次第では、生き延びても意味がない。‘首領が無防備な時間’や‘本部の隠し通路’などは、組織の人間の一部しか知らないからだ。それを漏らしたことを知られて仕舞えば、終身刑ではすまない、過酷な拷問の末に殺されるだろう。
さて、どうするか…
水無瀬は天井を見上げた。
「毒って作れるのか?」と考えながら書きました。
平日なので投稿ペースが落ちると思います。