31 藤原 諒太郎
二人で肩を並べて歩く。
家から出て角を曲がり,水路を飛び越し、幅1メートルほどの裏路地を通り抜ける。張り巡らされた電線の間を縫って日光が差し込み,地面を黄色く照らしている。
どこからかガタンゴトンと音が聞こえてきて、ちょうど頭上の高架を通り抜けた。列車の窓には晴天の空が映っていて、なんとも清々しい気分になる。
そこから数メートル進み、高架を潜ったところで一条は足を止めた。
「ここだよ」
細い路地の奥の奥、築50年は立っているであろう、瓦屋根の木造住宅を指差して言った。ブロック塀に囲まれた小さな庭には,古ぼけたバイクやらブリキのじょうろやらが無造作に置かれており,生活感が滲み出ている。玄関の横にある小さな畑には、まだ蕾のオダマキが植えられていた。日光が蕾についた水滴に反射して輝いている。まだ春だと言うのに、縁側には蚊取り線香が置かれ,軒先の風鈴がチリンチリンと涼しげな音色を響かせていた。
ふと上を見上げると、『万屋』とだけ書かれた木製の看板が瓦屋根に乗っていた。側から見れば唯の古臭い家だが、れっきとした店らしい。
水無瀬は一条に促されるがまま、立て付けの悪い扉をがらがらと開けて玄関をくぐった。
「………………………わぁ〜お…」
十畳ほどの店内に天井照明はついておらず、商品の提灯やランタンで照らされていた。奥のカウンターの上では蝋燭に灯った炎がゆらりゆらりと揺れている。右側にある円窓から入ってくる光も相まって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そしてこの空間には、ありとあらゆるものがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。腰の高さまであるビー玉の入った壺,勇者の剣のレプリカ,巨大なハサミ、招き猫、ビーカー、分厚い古本、万年筆、パイプタバコ、レトロな地球儀、コート、安楽椅子。さらに奥の棚には色とりどりの布が収納してあった。その隣のレジカウンターには、『洋服作ります』のポスターとミシン。小規模ながら仕立て屋もやっているらしい。レジの奥は滅多に見かけない構造で、一段上がった床に一畳の畳が敷いてあった。そこに座るとちょうど、レジカウンターから胸から上が見えるというような具合である。
ーそこに。
「おーい、起きてくれ、珍しく客が来てやったんだぞ〜」
「起きてるよ。さっきからずっとねぇ…」
男が寝転んでいた。
白髪を後ろで一つにまとめ、銀縁の丸メガネをかけた痩躯。ヨレヨレのロングTシャツにつぎはぎだらけのエプロンをつけて、腰には本革のシザーズケースを巻いていた。
「よいしょっと」
男は乱れた前髪をかきあげながら起き上がると、ズレた眼鏡と寝ぼけ眼で一条を凝視した。
「…疲れているのかぁ?噂に聞く月夜野の件かなぁ。まぁ、ゆっくりお茶でも飲んで行きなよ…」
そう言うと、男はカウンターの下をゴソゴソしはじめた。
「紹介するよ。無職の藤原諒太郎だ」
「違う…万屋の藤原諒太郎だ」
「何が違うんだ一週間に一度しか客が来ないってのに」
「別に自立できているからいいんだよ…さて、ビールかワインかレモンサワーかカリュピスかコーヒーか抹茶かオレンジジュースどれがいい?」
3人分の湯呑みをカウンターの下から取り出しながら言った。
「ファミレスかよ」「オレンジジュースって100%ですか?」
「分かった、コーヒーとオレンジジュースね」
「「言ってねぇよ!」」
二人はほぼ同時に叫んだ。藤原はそんな音耳に入ってこないかのように、湯呑みに飲み物を注ぐ。
その時。
水無瀬の視界の端、円窓の外に黒い人影が横切った。…気がした。円窓の向こう側は人一人が入れるかどうかの幅で、普通の人はまず立ち入ろうとしない。それならば。
「あのー」
月夜野の配下が殺しに来たんじゃ、と言おうと口を開くと。
バリン、と音を立てて曇りガラスが割れた。障子にも穴が空いている。丁度、銃弾はどのサイズの。すぐさま後ろを振り向くと、一条が苦笑いしていた。
「あはは…これはまずいぞ」
一条のワイシャツに穴が空いていた。こちらも障子と同じ、銃弾ほどのサイズ。一条の能力、超再生のおかげで出血はほぼ無いが、銃で撃たれたのだろう。
「撃たれた。しかも45口径で」
床に落ちた弾丸を指差して言った。
“45口径”
それが意味することはー
「…残影の戦闘員だ」




