28 推理 前編
「お前こそ頭どうかしちまったのか?そんなわけないだろ。密室の謎はどうした?それにまず動機が無いじゃねぇか」
「いや、あるんだよ。“私を殺す”っていう動機が」
一条は人差し指を立てて言った。
あたりが静まり返る。この場に居る誰もその台詞の意味を理解できず、沈黙が流れた。
ゴミ箱の上に座る猫がにゃあお、と鳴いたところで、水無瀬が沈黙を破る。
「どういうことですか?月夜野は一条さんを殺したかったのに、どうして夏帆さんを殺したんです?人違い、って訳じゃないですよね」
「もちろん違う。まずは、夏帆さんを何故殺したのかから説明しようか」
ショータイム!と言わんばかりにパチン、と指を鳴らし、警察官の輪の真ん中に陣取った。
「月夜野は、数日前私に毒を盛ったよね。そして、水無瀬くんは偽の死体を用意して、処理班に送った。だが、月夜野さんは私じゃないって直ぐに気づいた。まぁわざわざ麻袋とって死体の顔確認するなんて思わないからしょうがないね。それで毒は使えないと考えた月夜野は、直接手を下してしまおうと考えたわけだ」
ボクシングのようなジェスチャーをしながら言った。
「そこで問題になるのが、私をどうやっておびき寄せるかだね。私も水無瀬くんみたいに情報部に入ってる個人情報は抹消してあるから,住所はわからない。月夜野も探偵相手に一筋縄じゃ行かないことはわかっていただろうけど。さて、月夜野はどうしたと思う?わかった人手挙げて」
学校の先生のように、あたりを見回す。
警官達が微動だにしないなか、一条の視界の端で、ひょこりと手が挙がった。
金髪にグラサン、水無瀬である。
「おっ流石は我が助手だね。どうぞ、言ってみて」
「あ、じゃあ遠慮なく。この辺りの探偵事務所に片端から当たって行った」
自信満々に答えた。
「正っ解!」一条は頭の上で大きな丸を作った。
「つまりだよ、私たちのところに事件を持ち込んできたあの女子高生。あれは月夜野だったって訳だ。ハンマーを見ているのも彼女しかいないし、簡単に頭髪を採取出来たのは彼女と…あ、仕立て屋の女性店員もか。だけど店員さんは特にそういうそぶりはしていなかった。後で防犯カメラ見せるよ。…まぁ、私に罪を押し付けられたのは彼女しかいない。あの人のことだ、ただ殺すだけじゃなくて、私の探偵としてのプライドと周囲からの信頼を完璧に壊して殺そうとか思ったんだろうね」
「すごい恨まれているんですね」
水無瀬は同情の眼差しで一条を見つめた。
一条はあはは、と頭を掻いた。
そしてすぐに真面目な表情に戻して、続けた。
「ハンマーを見た月夜野は急遽予定を変更し、私を殺人の犯人に仕立て上げて最大級の屈辱を味わわせようと考えた。だからわざと何か隠しているような素振りを見せて、尾行させたんだ。ほんの少しの疑いで私が行動に出ることも、月夜野は知っていた。逆手に取られたね。そして私たちが尾行している最中に触っていた端末を使い、親友役にできそうで、人との関わりが最低限で、さらに閉じこもっている子を探した。それで適任だったのが、505号室の山田夏帆だったんだ。今考えてみれば,友人だという主張は女子高生からしか聞いてなかったしね。何か隠している可能性は考えていたけど、まさか初対面、しかも死んでから初めて会ったなんて思わなかったよ」
一気に喋って疲れたのか、一度言葉を切って深呼吸した。
吸った息を思い切り吐くと,にこりと笑って、また淡々と説明を始める。
「そこからは簡単だ。“物体操作”でダクトから小型カメラを部屋に入れて、状況を確認しつつ包丁を操り,ぐさり。学生証も後から入れた物だろう。月夜野の能力ならなんでもありだからね。探偵小説に出てきてはいけない、まさに邪道だ。証拠なんて出てこない。私はチェスや将棋でいうチェックメイトにはまったんだよ」




