24 二酸化炭素の個体
水無瀬はふぅっと息を吐いた。
すると、吐いた空気は白く染まり,やがて一つの固体になった。クナイのような形になったそれは、白い煙をあげながら宙に浮かんでいる。
これが水無瀬の能力。周囲の空気を操る力。
吐いた二酸化炭素を状態変化させ、ドライアイスにしたものを操る。空気抵抗を減らし,極限まで加速させた。
ドライアイスのクナイは月夜野の顔面へ向かう。
だがギリギリで回避され,耳に掠った。
「あ〜残念!せっかく能力を使ってくれたのに掠っただけだ!ごめんね!」
余裕の笑みを浮かべて言った。
「まだこれからだよ」
水無瀬の視線の先には、Uターンして後ろから月夜野を狙うクナイ。音もなく接近し、月夜野の心臓を貫くー
はずだったが。
どうやってやったのか、またしても避けられた。
クナイとの距離が一センチほどのところでバク転し、致命傷は避けられたものの、太もものあたりに深々と突き刺さった。
異能ですぐに引き抜いたが、すでに火傷のような状態になっており,傷口からは大量の血が流れ出た。
月夜野は痛みに耐えかねて表情を歪める。
止血しようと必死に押さえつけるが、血の勢いは収まらない。
水無瀬はさらに月夜野の周囲の空気を状態変化させ,全身を氷漬けにした。あれだけ酸素や二酸化炭素の個体に触れていれば、すぐに凍傷になる。
これはまずいと月夜野も思ったのか、物凄い速さで出口へ向かった。異能で自らの肉体を操作し、物理法則を無視して空を飛ぶ。月夜野は雨が降る中、拠点に向かって一直線に飛んで行った。
「一条さん!」
拘束していた異能は消え去り、水無瀬は重力に引かれるまま鈍い音を立てて床と衝突した。腰をさすりながらゆっくりと起き上がると、月夜野が完全に見えなくなったことを確認し、息を荒げて一条に駆け寄る。
真っ白な壁や床は血で染まっており、出血量から見て明らかに致命傷を負っていた。特に壁と衝突した背中からの出血が多い。素人目に見てもかなりまずい状態だ。
「一条さん!携帯借りますよ!」
ポケットから携帯電話を拝借し、パスワードを入力。
この機種であれば、初期の番号は0000だったはず。
「当たりだ!」
無事にパスワードを突破。
パスワードを変えていなかった一条に感謝しながら,「119」に電話をかける。
「もしもし、消防ですか!」
「はい119。火事ですか、救急ー
「救急です!住所はー分かりませんが馬鹿でかい旅館です!早くきてください!出血多量で死にますよ!」
「落ち着いてください。この辺りの旅館は一軒だけですので、住所は大丈夫です。20分ほどで到着しま…
「チッ!」
言い終わらないうちに電話を切った。
遅すぎる。ただでさえ最悪の状況なのにあと20分も待てと?!それまで一条さんが持ち堪えられるはずない!
どうする!
……僕の爪の甘さのせいで!
必死に思考を巡らせる。
考えながら忙しなく手を動かす。
その辺に落ちていたテーブルクロスを一条に巻きつけて止血しようとするも、手が震えてうまくいかない。
「駄目だよ、それじゃ。ちゃんとぎゅうぎゅうに縛らなきゃ」
「……ふぁ?」
一条の声。
水無瀬はフリーズして、ぎぎぎぎぎぎ、とロボットのように顔を動かした。そして一条の方を向くと,ぎゃあぁ!と叫んで後退り。
「い、一条さんが喋ったぁぁ!」
「失礼だな!まだ死んでないよ!」
一条は苦笑いしながら叫んだ。
驚いて腰を抜かしている水無瀬を横目に、ふらつきながらも立ち上がる。その姿を見た水無瀬は声を漏らした。
「………………………は?」
背中の傷が塞がっていた。赤黒い血が周りに付着しているだけで、傷は元々なかったかのように消えている。
あまりの衝撃で水無瀬は口を金魚のようにぱくぱくさせた。
「ふふ、私の能力‘超再生’にかかればこんなものだよ。この程度の傷、痛くも…ないわけじゃぁないけど、全く問題ない。刀で腹ちょん切られても、斬られたそばから再生するから,刀がすり抜けたようにしか見えないんだ。骨折や出血くらいどうってことないよ。今度見せてあげようか?腹斬りショー」
得意げに話す一条を、水無瀬は目をぱちぱちさせて眺めた。そしてふっと口角をあげて、「はは、やっぱこの程度でやられる人じゃあないですね」と言った。




