17 灰色
「折角待ってもらっていたのに悪いね、なんせ直接死体を見るの久しぶりだったから……
無視、か。まあ無理ないね。いらないことこと喋るのもなんだし、本題に入ろう。会って早々こんなこと聞くの失礼だと思うんだけど、君が夏帆さんを殺したのかい?」
窓の隣に設置されている革張りのソファーに腰掛け,テーブルに肘をついた。
未だ女子高生は微動だにしない。どこか遠い景色を見つめ、目を細めている。いつの間にか降り始めた雨が夜の街を叩きつけ、信号機の眩しい光が反射している。
「うーん、親友を亡くした可憐な少女に同情しないわけでもない。でもね、自分で殺したにも関わらず後悔する人なんていくらでもいる。どこぞのライナーみたいに。まずはその表情が本物かどうか証明しないといけないね」
先ほどのニコニコした表情から打って変わり,冷ややかな光を宿した目で、女子高生を見た。
「さて、君は夏帆さんの親友ってことでいいのかな?…まあ、そういうていで話させてもらおう。
まず彼女は部屋に閉じこもっていたわけだけど、そこにあなたが来たら、夏帆さんはどう思うかな。信頼できる、唯一無二の親友が怖がっている自分のために会いに来てくれた。警戒していても扉を開けるかもしれないね。
夏帆さんは最近、君に強く当たっていたらしいけど、きっとそれは死の恐怖で動転していただけ。自分が不安な時に会いに来てくれるくらいだ、信用できる、この人は味方だ、そう思ったんじゃあないかな?そして、扉を開けて油断しきったところで、ぐさり。こう言うことも考えられるね」
勿論ただの推測だけど、とも付け加えた。
一条はちらりと女子高生の方を見るが、先程同様全く動かない。眉唾ひとつ動かさない。ただ、
「私はーやっていません…」
とだけ呟いた。
嘘ではない、と思った。
一条だけではない。水無瀬、橋本…今まで数々の嘘と対面し,見破ってきたプロフェッショナルが、そう判断した。
一条は目を見開き、驚いた顔をして言った。
「…そう、君にできるはずがないんだよ。さっきの推測には欠点がある。鍵だ。中に鍵があったのだから,君は外から鍵を閉めることができないはず。ミステリでは糸を使ったトリックなんかが定番だけど、鍵は仰向けに倒れていた被害者の尻ポケットに入っていた。どう頑張ってもそこに鍵は入れられない」
一条はポケットから紐を取り出し、ドアの隙間に通した。否、ドアの隙間が小さすぎて紐が通っていない。
「この通り,そもそもこの扉に紐が通るほどの隙間はない。…どうだい?橋本くん、彼女は潔白…ではないけど、グレー、少なくとも黒ではないんじゃない?」
一条は薄目で橋本を見る。
うんうんと眉をひそめ、しばし黙考していた橋本であったが、数十秒でようやく納得した。
「まぁ、いいだろう。他の可能性を考えだせばキリがないからな。君、今日のところは帰宅してもらって構わない。だが後々話を聞きに伺うと思うので、その時は応じてくれ」
重たげな眼鏡を押し上げながら言った。
「…わかり…ました…」
女子高生は聞こえるか聞こえないか位の声量で呟いた。
そして手荷物をまとめて立ち上がり、ゆっくりと出口に向かう。死体の横を歩く時、大きな目に涙を溜めて、ぼたぼたと絨毯にシミをつくりながら足を進めた。
死体から湧き出る腐敗臭がさらに涙を量産した。
女子高生がバタンと音を立てて扉を閉めたのを確認すると、橋本は一条を睨んだ。
「おい、途中まであの女子高生を犯人に仕立て上げようとしていただろう」
頭良くなりたいなぁと思いました。




