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誰にも知られたくない毛の話

大金持ちの客が望んだ特注品の家具を載せた船が、海に沈んでしまった。パニックで放心した父と家計を助けるため、うら若き女の子がのったとんでもない契約とはー。


裁縫、お琴、割烹、すべて不得意。大正時代には生きにくいそんな女の子が、誰にも言えない秘密を抱え、学校と仕事の二足のわらじ生活を送ります。

 外国語でフランス語を選択している桜子と美代と別れ、茉由子と小雪は英語の教室へ向かった。


 二人が受講している上級クラスは人数が少なく、「僻地」と呼ばれる校舎の端の教室で行われるため、人気がない廊下を延々と二人で歩いている。


「…さっきの話だけれど…誰にも言わないでね。私、ずっととても悩んでいるの」


 小雪が突然、思いつめた顔で茉由子の手を取った。


「腕と脚にあるの、たくさん」


「え、ああ毛?私も生えているわよ?小雪さんだけじゃないと思うわよ」


 毛、というのを上品に、ぼかして言う表現がなぜ日本語にないのか、ともどかしく思いながら茉由子は答えた。

 平安の頃なら何か雅な言葉がありそうだが、茉由子は知らない。


「でも、これを見られたら絶対に絶対にお嫁になんて行けないわ。

 うちのメイドたちに聞いたら、別に普通だって言うの。でも彼女たちのほうが明らかに薄いのよ。


 私、夏が来る前に剃りたいんだけれど女性用の剃刀を買ってきてなんてお願いするの、恥ずかしくて死んでしまいそう。


 自分で買ってきて剃ることも考えたけれど、一人で街なんて行けないし、さっき美代さんが言っていたように肌荒れなんてしてしまったら、きっと皆が飛んできて理由を追及しようとするわ。


 自分で剃ろうとして荒れたとばれたら、それも恥ずかしくてもう尼寺で尼になるしかないわ」


 毛という言葉を避けつつも、珍しく饒舌に且つ赤裸々に話す小雪の姿に茉由子は驚いた。これまで人知れず悶々と考えてきたのであろう。


 自分なら、と茉由子は考えた。

 きっとそこまで悩んでいるのであれば母親に相談しているであろう。


 今の母はそれどころじゃないが、少し前までの母は茉由子が帰宅してから学校で起きたことを聞き、ああでもないこうでもないと話すのを楽しみにしていた。毛の話はしたことがないが、尻に謎のできものが出来たときもすぐに相談したし、月のもので調子が悪いときも正直に言っている。


 数年前に小雪の家では母親が亡くなっているので、軽くメイドに話すことくらいしかできず、それも問題ないと言われてしまうとそれ以上引っ張れなかったのだろう。


 しかし小雪はつるりとした顔をしており、特に毛が濃そうには見えない。そう考えていた茉由子の心を見透かすように、


「この際だから言ってしまうと、私、顔のいらないあれはすべて抜いているわよ。毛抜きで一本一本」


 と暴露する小雪。

 使用人のなすがままに整えられているおっとりしたご令嬢だと思っていたが、キャラ変が凄まじすぎて茉由子はくらくらしてきた。実は人知れず努力をしていたのだ。


 壮絶な悩みを共有されてしまった茉由子は、今度一緒に良さそうな剃刀を買いに行こうとつい約束してしまった。といっても小雪は放課後、毎日お琴にボールルームダンスにと習い事が詰まっているし、茉由子は茉由子で(小雪には言えないが)人生がかかった宿題を抱えているから、すぐにでもとはいかないのだが。


「茉由子さん、ありがとう!なんだか分からないけれど、どうしてもあなたに言いたくなってしまったの。勇気を出して良かったわ!」


 悩みの解決に向け一筋の光が見えた小雪は、にこにこと明るい表情になっていた。




 しかし坂東道子の、剃った後で肌が荒れない特別なクリームというのが何やらとても気になる。


 一般に売っているバニシングクリームや他のエステティックサロンで使っているクリームと何が違うのだろうか。

 なぜ荒れないのだろうか。異国の流行云々よりも、まずはそれがなんなのかを調べてみたほうがいいのではないか。


 帰宅した茉由子はまた図書室でヴォーグを見ながらそう考えた。


 総一郎に依頼されてからすでに四十冊の雑誌を端から端まで確認しているが、女性ファッション誌の広告といえば香水、革の鞄、化粧品、高価な美顔クリームが大半だ。ハーパーズバザールも同様。


 レディーズホームジャーナルはファッション以外の情報も多々取り扱っているので広告もいろいろな種類が入っているけれど、ソースやスープ、調理器具や画期的なパーマが出来る美容室の宣伝などが多くて、やはり頭以外の「毛」に関するものは一つもなかった。


 これは、と茉由子は考える。


 国によって考え方や物の捉え方が違うと穣が言っているし、本を読んでいても考え方が理解できないこともあるけれど、女性の毛の話はあちらでも恥ずかしいものとして扱われていて、毛など生えないかのように扱われているのだろうか。


 それとも、生えていてもまるで気にしないからそんな商品がないのだろうか。


 異国と貿易をしていたとはいえ、調度品を扱う父には聞いてみてもあまり意味はなさそうだし、そもそもちょっと気恥ずかしい。


 茉由子は答えを見つけようがないことにもどかしさを感じながら、疑問点をメモに記しておいた。

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