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女の秘密

 「紅さんは元がいいからそういう悩みはないかもしれないんですけど、そういえば自分の外見に関する相談ってよくしますよ」


「へぇー、たとえば?」


「あばたが消えないとか、鼻が大きいとか目が小さいとか、爪の形で悩んでいる子もいますね。あとは、ええと…」


 一瞬言い淀んだ茉由子に総一郎が気づいたらしい。


「あと?」

 

 まっすぐ茉由子を見つめてくる総一郎は、そう言って茉由子に先を促す。


「あの、接吻の際には顔と顔が近接しますでしょう?」


 どうか顔が赤くなりませんように、と茉由子は念じながら言った。

 あまり見ないでほしい。


「その際に自分の顔の毛が目立ったらどうしよう、と悩むのです」


 昨日初めて会った人とする話題としては、完全に選択を間違えた。


「接吻どころか、相手と話したこともない状況でも万一を想像するのが乙女ですから」


 穴があったら入りたい気持ちになっている茉由子とは裏腹に、総一郎は興味津々だ。


「そういうものか…?これまで特に相手の毛など気にしたことがないけれど」


 総一郎の返答に茉由子は色々と察した。そのことに気づいたらしい総一郎は慌てて、


「とりあえず」


 と言った。


「頭髪と眉毛以外の顔の毛が気になる、と。腕とか脚はいいのか?」


 いつまでこの話を続けるのだろう。居心地が悪い茉由子は、

 

「男性より薄い女性は多いですけれど、皆がそうとも言えず…。

 顔はともかく、和装を身に着ければ体の毛は目立たないのですが、ご存知のとおり洋装がどんどん一般化しておりますので、大人の女性だけではなく女学校でも気にする者は多いです」

 

 と答える。


「ふーん…。それで、皆どうしてるんだ?」


 (懇ろな女性がいるならそっちに聞いてくれ!)


 茉由子はたまらず心の中で突っ込みながら、返答をする。

 

「さすがに友人とそう深くこの話はしておらず…雑誌によると、剃刀で剃る人が多いみたいです。入浴時にこっそり自分で。

 あとはなんか薬品を塗る人もいるみたいですけれど、激しくかぶれる人もいるようで…」


「そりゃそうだ。この前の『月間少女』には硫酸を塗りたくれと書いてあったぞ。

 あんなので毛は消えないし、肌だけぼろぼろになる」


 総一郎はそう言いながら顔をしかめた。家業が服飾関係なのでそういう雑誌にも目を通すのだろうか、とぼんやり考えながら茉由子は言う。


「硫酸は使いませんけど、剃刀で剃った後って、冬の寒い時とかだと特に痛いんですよね。あれはどうしてなんでしょうね」


 総一郎はその瞬間、閃いたという顔で立ち上がった。

 そして窓際まで勢いよく歩いていき、またテーブルまで戻ってきて、こう言った。


「茉由子さん。もともと化粧品の類がいいかとは思っていたんだけれど、たった今一つ目の製品を決めた」


 勢いに巻き込まれるかのように、茉由子もなんとなく立ち上がった。総一郎はきらきらした目で茉由子を見るが、乗り出しているのでテーブル越しとはいえ距離が近い。


「女性が剃刀を使うときに、肌を傷つけないために塗る軟膏を開発して売ろう」


 若い女性からの流行発信、という響きからなんとなく新型の日傘や髪飾りなどを想像していた茉由子は、軟膏の開発という案に驚いて聞き返した。


「軟膏ですか?」


「うん。軟膏というか、クリームか。

 冬場に特に痛いっていうのは、乾燥で肌が弱くなっているから剃刀の刺激に負けやすいのが理由だと思う。塗ることで一時的にしっとりさせて、剃刀の滑りを良くすればいい」


 総一郎はそう答えながらノートに何か書きつけている。


「けれど皆、すでに石鹸を泡立ててそのような用途に使っているのではないですか?」


 茉由子は聞いてみた。皆、と一般化してみたが自分の例である。


「石鹸は、物によっては肌をとても乾燥させるよ。たしかに剃刀の滑りだけだったらそれでいいけれど、後の乾燥は解決できない」


 総一郎の答えに茉由子は納得した。


「確かに…。わかりました、では剃刀に使う軟膏を作って売るのですね。

 製品開発っていうのは誰か専門家の方を連れてきて一緒にやるのですか?」


 茉由子が当然とも言える疑問を口にすると、ノートから顔を上げた総一郎はそんなことは考えもしなかったというきょとんとした表情で


「いいや。僕と茉由子さんでやるよ」


 と言った。


 茉由子の常識では、軟膏や化粧品といった類は薬品の知識をもった企業が研究に研究を重ね、世に送り出すものである。

 帝大生で芝山の御曹司とはいえ、学生に過ぎない総一郎と、一介の女学生である茉由子がそれに太刀打ちできるものなのか?


 思考をめぐらす茉由子の心を見透かすように、総一郎は


「君の家には、ちょっと他にない数の舶来の書物があるだろう?古い貴重な本から、最新の雑誌まで実にいろいろ」


 と言った。


「あ、はい…なんでそれを?」


 父が総一郎の父親に話したのだろうか、と考えながら茉由子は問う。

 

「今はそれは置いといて。とにかくその知識を総動員するんだ。あと、学校でも何気なくその話を振って友人の反応を見てほしい」


 話がどんどん進んでいく。茉由子は慌てて、


「クリームがそもそも何でできているのか私、分からないです」


 と言うと、総一郎は立ち上がり帽子をかぶった。


「僕が基礎は大体わかっているから大丈夫。もっと詳しい部分はこちらでなんとかする。

 君にまず頼みたいのはとにかく書物で西欧の流行をつかむことと、女子学生の生の声を拾ってくることだ」


 総一郎は薄手のコートを羽織り、話を続ける。


「二週間後にまた会うまでに、使えそうな情報をまとめておいて。できるね?よろしく!」


 そう畳みかけ、ひらひらと片手を振って茉由子に笑いかけた後、総一郎は離れを出ていった。

 茉由子は呆気に取られ、メイドが


「お坊ちゃまは何事も早い人ですから」


 とフォロー?しにくるまで黙って総一郎が座っていた椅子を見つめていた。

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