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パーティーへの同席

 秋の訪れを感じさせる涼しい風が吹いた日、紅の姿は東京會館にあった。


 東洋一の呼び声高い壮麗なシャンデリアの下では、今年初当選した衆議院議員が主催する宴が行われている。

 一之介の要請でこうした場に同伴することはたまにあるが、普段とはいささか顔ぶれが異なっていた。


「これはこれは、芝山さん。珍しいですなあ」


 口ひげをたくわえた初老の男が一之介に寄ってきた。

 同じような挨拶がもう十人ほど繰り返されているのは、一之介が対立派閥と懇意にしてきたことを皆が知っているからだろう。


「坂田先生、ご無沙汰しております。先日新潟に行きまして、先生のことを思い出していたところですよ」


 一之介が愛想のいい笑顔を浮かべて話すのを聞きながら、紅は暗記してきた情報を思い出す。新潟五区の選出で、家業は農業。合計四回当選しているはずだ。


「芝山さんは商売が上手いからねえ。越後の方にもしっかりお金を落としてくれるよう、宜しく頼みますよ。


 して、お隣の美しい女性はお嬢さんですか」


「娘の紅です。妻は今日、党の婦人会に顔を出しているもので」


 一之介の簡単な紹介に紅は丁寧にお辞儀し、


「坂田先生のお話は父から聞いております。

 地元の農業のため、信濃川の治水工事に尽力なさっていると」


 と話を振った。

 実際には、工事を取り巻くカネ関連できな臭いところがあるようなのだが、そのようなことはおくびにも出さない。


「ほう、勉強熱心でおられるな。感心感心。

 芝山さん、おたくは息子さんもいらっしゃいましたな」


「はい、帝国大学の二年生です。

 今日は大学の討論だか何かで来れませんでしたが、息子もぜひ近日ご紹介を」


「いやいや、娘は美人、息子は聡明ときた。芝山さんのところは安泰ですな。


 うちも近いうちに倅に選挙区を譲りたいんだが、世界を見たいと言っていてね。

 四月からは独逸(ドイツ)に行くそうですよ。何やら論文が向こうで評価されたとか。


 わしにはよく分かりませんがね、がっはっは」


「誘われて留学なさるなんて、よほど優秀なご子息なのですね。やはり坂田先生の血を引いておられる」


 歯の浮くようなお世辞と、それとない自慢が人を変えて繰り返される。

 紅はうんざりした気持ちを微笑みで隠した。


 坂田が去ると、一之介はすぐ別の人物に声をかけられた。


「芝山くん、こんな所にいるとは」


 紅は一瞬、一之介が身を固くするのが分かった。


 鉄仮面を被ったように隙を見せない一之介がそのような反応を示すのは、極めて珍しい。目の前の老いた男に見覚えはなく、風貌にも特筆すべきところはない。

 笑顔なのに眼光が鋭いが、それはこの場にいる殆どの人間に言えることだ。


 強いて言えば、白目がどろりと濁っていることだろうか。


「林さん、お久しぶりです」


 一之介が短く答えたが、紅はその名前を聞いたことがない。

 宴の前は抜け目なく準備をする一之介には、非常に珍しいことだ。


「芝山くんは総理派閥かと思いきや、こちらにも顔を出されているとは。さすがにご活動が手広い」


「いえ、皆さまとは、派閥というより個人でお付き合いさせていただいておりますので」


 会話の時には必ず話題を振る一之介が、聞かれたことにだけ答えている。口調は丁寧だが、ただ事ではない。

 紅ははらはらしながら見守っていた。


「なるほどね。梅屋さんとの契約も、個人のお付き合いの賜物かな。

 さすが、うちには真似できない人脈だ」


「林さんにはかないません。業界の第一人者でいらっしゃいますから」


「ふん。君のところのように百発百中とは行かんよ。

 呪術かまじないか、人外の力がないとな」


 林の目線が自身を頭のてっぺんから足先まで舐めているのを感じ、紅は全身が粟立つのを感じた。


「林さんがそうした民間伝承を信じていらっしゃるとは、意外ですね」


 一之介が落ち着いた声で返した。その表情には何の変化もない。

 林はしばし遠慮なく紅の顔を凝視した後、一之介に向き直って冷ややかな笑みを浮かべた。


「自分が何か特別な力を持っているとしてね。それで自分だけが甘い汁を吸うなんて、人間としてありえないよ?」


「何をおっしゃっているのかわかりかねます」


 林は一之介の目を覗き込んだ後、にやりと笑った。


「同じ業界の先輩として、ますますのご発展を祈っているよ。芝山商事さん」


 去り行く林に一之介が黙って頭を下げたので、紅も慌ててそれにならった。


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