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鎌倉の別荘で

 お盆を目前に控えて東京の人出が少なくなり始めた日、茉由子は鎌倉の別荘地に降り立った。


 特に予定していなかったのだが、道子と会った日に帰宅すると招待状が届いていた。どうやら郵便が遅れたらしく、二日後にはもう迎えの車が来ると知った茉由子は慌てて支度をしたのだった。


「茉由子さん、ごきげんよう。待っていたわ!」


 車を降りるなり、桜子が飛んできた。


「桜子さん、淑やかに。茉由子さん、いらっしゃい」


 その後ろから桜子の母がゆっくりと歩いてくる。茉由子は鞄を地面に置き、挨拶をした。


「お招きありがとうございます。お世話になります。これ、私の母からです」


 母が急いで準備してくれた手土産を渡す。中身は父が働くカフェーで挽いた一番上質なコーヒーだ。


「あら、お父様はコーヒーが大好きよ。どうもありがとう。早速入れてちょうだいな」


 桜子がメイドに声をかけ、コーヒーを渡した。

 茉由子を乗せた車を鎌倉まで運転してきた運転手が茉由子の鞄を持ち上げ、ご案内します、と言うのでついていく。


「茉由子さん、十分後にお部屋に行くわ。早く話したいの」


 桜子の声が追いかけてくる。


「桜子さん、茉由子さんは長旅でお疲れなんだからお休みしていただいてちょうだい」


「いえ、私も早く話したいからいいんです。桜子さん、待っているわね」


 心配そうな桜子の母に笑みを向け、茉由子は別荘内に入っていった。




 茉由子のために用意された部屋は、二階の角にあった。この純和風の邸は小高い丘の上に建っており、遠くに相模湾が一望できる。


 開放された窓からは庭のあちこちにある松やソテツが見え、美しい芝生がキラキラと光っているのが見える。

 水をやりたてなんだろう、と茉由子は思った。


 鞄を開けて荷物を開いていると、桜子が早速襖の向こうから声をかけてきた。


「どうぞ入って」


 茉由子が言うと、コーヒーの入ったカップをお盆に載せたメイドを従えて桜子が入ってきた。


「まだ散らかっているけれど」


「そんなのどうだっていいのよ。二泊でもう帰ってしまうのでしょう。


 寝ている時以外は全部話していないと時間が足りないわ」


「その様子だと、何か特別な話があるのね」


「大ありよ」


 メイドが部屋を出ていくのを見届け、桜子は話を始めた。


「あのね、清治さんが七月末にここにいらしてたのよ」


「桜子さん、もしかして気持ちを伝えたの?」


 茉由子は思わず身を乗り出した。桜子は無言でこくんと頷く。


「それで、それで、どうしたのよ」


 続きが聞きたくてたまらない茉由子は先程以上に身を乗り出して桜子に迫った。


「やっぱり言えない、恥ずかしくて言えない」


 桜子が顔を覆って下を向いた。隠れていない耳は真っ赤っかだ。


「その様子だと、いい返事だったのね」


 茉由子の問いかけに、桜子が顔を覆ったまま頷いた。

 逸る気持ちを抑えて茉由子が黙って待っていると、手の隙間から小さな声が聞こえてきた。


「私のこと、ずっと想ってくださっていたんですって…」


「桜子さん!私、なんて言ったらいいか分からないけれど、とりあえずとてもとても嬉しいわ!」


 茉由子は思わず桜子に抱きついた。

 その勢いに面食らって幾分冷静になったらしい桜子は、茉由子が落ち着くのを待って続きを話してくれた。


 桜子の家族は毎年夏に一か月ほどこの別荘で過ごしており、基本的にはゆっくりと羽根を伸ばしながら家族と使用人だけで過ごすのだが、今年は二年ぶりに清治さんとその両親が顔を出したらしい。


「清治さんのところは鵠沼に別荘があるから、そこに向かう道中で寄ってくださったの」


「それでそれで」


「まさか家族の前で気持ちを打ち明けるわけにはいかないでしょう?だから私、一計を図ったの」


「つまりどういうこと?」


「お互いの両親に、それはもうしこたま葡萄酒を飲ませたのよ。そうしたらまだ日の高いうちに全員が部屋に休みに行ったわ」


「残されたのは桜子さんと清治さんの二人だった、と。清治さんは酔っぱらわなかったのかしら」


「翌朝何も覚えていない、って言われたら困るもの。清治さんの分だけこっそり水で薄めてお渡ししたのよ」


 桜子は真剣に説明していたが、茉由子は笑ってしまった。

 葡萄酒を水で薄めていたなら、色や味で清治は気付いていたのではないだろうか。


 それに素知らぬふりをしていてくれたのであれば、清治も分かりながら計画に乗っかっていたと言える。


「なあに茉由子さん、今の面白かった?」


「ううん、桜子さんが可愛くて。そして?」


 きょとんとする桜子に茉由子は話の続きを促した。


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