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兄妹の母

 茉由子の家で話した後、総一郎は比較的すぐにシアの種の入手に成功したようだ。


 八月のぎらぎらした太陽が照りつける中で茉由子が庭の草をむしっていると、隣家の子どもが垣根越しに声をかけてきた。


「茉由子さん宛てにってうちに電話がきています」


「ありがとう、すぐに行きますね」


 茉由子は急いで手を拭き、勝手口を出て隣家の電話室に入り、耳をあてた。


「茉由子さん?」


 と紅の声が聞こえた。


「ええ。ごきげんよう、紅さん」


「ああ、家にいて良かったわ。今からうちに来れないかしら。例のものができたわ」


 電話の向こうの紅の声が弾んでいる。


「すぐ行くわ、待っていてちょうだい」


 茉由子はそう言うなり受話器を置き、自宅へと走って戻った。そして、


「ちょっと紅さんの所に行ってくる!」


 と庭で引き続き作業をする美津子に向かって叫び、自転車にまたがった。

 美津子が後ろで


「日焼けしないように帽子を被っていきなさい」


 と言っているが、取りに帰る余裕などない。

 せめて汗を拭うハンケチを持って来れば良かった、と思った時にはもう芝山邸の前に着いていた。



(呼び鈴を鳴らしていいのかしら)


 門の前で紅が逡巡していると、離れ付きのメイドがちょうどやってきて迎え入れてくれた。


「今日は奥様がいらっしゃるので、ご挨拶してから離れに行かれてくださいませ。


 紅様は、茉由子様に課題の刺繍のコツを教えてもらう、と説明されています」


 メイドの耳打ちに、茉由子は思わず吹き出しそうになった。刺繍用具も何も持たず、手ぶらで訪れる友人は怪しすぎるだろう。

 他に何か言いようはなかったのだろうか。


 本邸に招き入れられた茉由子は、姿勢のいい執事に案内されて応接室へ向かった。

 いつも紅が抱いている猫が、窓際のソファに腰かけた女性の傍らでゴロゴロとのどを鳴らしている。


「あら、いらっしゃい。座ったままお呼び付けするような形でごめんなさいね。数日前に捻挫してしまって、自由に動けないものだから」


 総一郎によく似た切れ長の目をもつ女性は、すまなそうな顔を茉由子に向けてきた。


「いいえ、こちらこそ急にお邪魔することになり失礼いたします。西條茉由子です。紅さんとは仲良くしていただいています」


 西條、と言った時に何か反応があるかと茉由子はお辞儀しながら様子を見ていたが、特に何もない。


(旦那様とうちの間の違約金のやり取りについてご存知ないのか、『西條』違いだと思われているのか、全て知りながら娘の交友関係は別物だと考えておられるのか)


 わからない、と茉由子は考えた。


「刺繍がとても上手だそうね。紅が駆け込み寺のようにご連絡してしまって」


「いえ、紅さんがとてもお上手なので、今日は教えるというより楽しく話しながらできればと思っております」


「そう?それにしても、いきなりお呼び付けしてしまって。許してちょうだいね」


「家で暇にしておりましたので、お誘い嬉しかったです」


 茉由子は冷や汗をかいてきた。これ以上話すとぼろが出そうで、早く離れに行きたい。


「奥様、お医者様がいらっしゃいました」


 別の来客の到着を告げる執事の声が、天からの助けのように感じられた。


「あら残念、紅のお友達がいらっしゃるなんて珍しいからもっとお話ししたかったわ。ごゆっくりしていってちょうだい。


 あ、それと離れを使うと聞いているけれど、今紅の兄のお友達の方がお部屋を一つ使っているから、もし会っても驚かないで。

 下宿先を夏の間追い出されたらしくて、滞在されているのよ」


「ありがとうございます」


 茉由子はお辞儀をして応接室から出、離れに向かって庭を突っ切る小径を歩きながらようやく深く息を吐いた。


「自然でいらっしゃいましたよ」


 メイドは茉由子のため息の理由を理解し、労ってくれた。




「早く入って、入って」


 待ちくたびれた様子の紅と耕介に離れの玄関で出迎えられた茉由子は思わず、


「お母様がいらっしゃるなんて、想像していなかったわよう」


 と泣き言を言った。


「説明しようとしたけど、あなたいきなり電話を切るんだもの。最低限の言伝を脇田にお願いするしかなかったのよ」


 脇田とは、離れ付きのメイドの名前だ。電話の終わり方について身に覚えがある茉由子は、紅の言葉に小さくなるしかなかった。


「耕介さんは本当にここに住んでいるんですか?」


 茉由子の問いに、耕介は


「毎日出入りしていると、さすがに友人だとしても怪しまれるだろう。本当は下宿もあるけど、しばらくはここに居候。美味しい食事も出してもらえて、捗るったらもう」


 と言って笑った。


「まあ何にせよ大丈夫よ、お母様は細かく詮索する人ではないから。


 それより本題よ。これをつけてみて」


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