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妙な板

 明け方、総一郎はぐっしょりと汗をかいて目覚めた。「夢」を見た時にはいつもへとへとに疲れて目が覚める。

 寝間着を脱ぎ、そのままベッドに横たわって考える。


 見たことがない建材が使われた巨大なビルの前に、総一郎はいた。

 数十年先であることに疑いはない。百年ほど経っている可能性もある。

 行き交う男女のすべてが洋装を身にまとっており、とんでもなく人が多い。


「渋谷駅をご利用の皆さんに、ただいまサンプルをお配りしてまーす。

 写真つきでクチコミを投稿していただいた方には、ひと箱まるっと差し上げまーす」


 大きな声がして振り返ると、箱を両手に掲げた女性二人が呼び込みをしていた。

 総一郎と同い年くらいだと思われるが、髪の色が外国人のようで、まつ毛がとても濃い。


「これ、なんなの?」


 中年の女性の問いに、にこやかに微笑んだ二人のうちの一人が答える。


「こちら、大正製菓『とろけリッチ』という新製品のチョコレートです。


 こちらのサンプルをお試しの上、えすえぬえすに感想を載せていただければ、製品ひとパックまるまるプレゼントいたします!」


 参加することにしたらしい中年女性は小さな袋を受け取り、そこに黒い板状の何かをかざしたあと、袋を開けて中身を口に放り込んだ。

 そのまま板の上で親指をとんとん、と何度か打ちつけ、箱を持った女性に見せる。


「ありがとうございます!」


 にっこり笑った若い女性は、手に持っていた箱を中年女性に渡した。


 その後も、呼び込みに足を止めた人は皆いろいろな色の板を取り出し、同じようなことをしていた。板は触ると光り、親指で文字が書ける仕組みのようだ。


 いつもの「夢」と同じように、総一郎の存在は周囲の人に認識されていないから、板を覗くことは容易かった。


「渋谷駅前でチョコもらったよ! #とろけリッチ #PR」


「とろけリッチ、口の中で一瞬で溶けてちょっとびびった #試供品 #渋谷」


「一袋もらったから週末のスノボに持ってくよ @meimei_love82 #とろけリッチ」


   どういう理屈だか、文と共にカラー写真が板に表示されており、指で触ると異なる文と写真の組み合わせが出てきた。「いいね!23件」などという記載も合間に見える。


 総一郎がもっと詳しく知りたくなり、無理だと知りつつ板を触ろうと手を伸ばした瞬間に、目が覚めたのだった。




(こんなに先の夢を見たのは初めてだな)


 総一郎は起き上がり、卓上ランプをつけて机に向かった。「夢」を記録しておくためだ。


(服装も街並みも全然違ったし、書いてある言葉も分からないものがあった)


「見たことがない文字、@と#が使われた文章を板にあらわれたひらがなを指で押すことで書き記す」


 と書きながら総一郎は思い返す。


「板はなんらかの手段で他人の板とつながっていると考えられる。


 感想を書き、別の人が読める状態にすることが、箱入りの菓子を受け取るための条件だったのではないか」


 総一郎は覚えている限りの様子を書いた後、そう締めくくった。ノートを閉じて引き出しに片付け、またベッドで横になる。


 妙に蒸し暑く、まだ新しい寝間着を着る気にはなれない。

「夢」は何か心を揺さぶられることがあった日に見ることが多い。強いて言うならあれか、というような内容の時もあるが、今日に限っては理由が明白だ。


(僕は、想定していたよりも赤裸々に自分の話をしてしまった)


 はっきりと明るんできた外の光がカーテンの隙間から入ってきて、総一郎の目が天井にある小さなしみを捉えた。総一郎はその一点を見つめながら考え続ける。


 父親との関係の話を誰かにしたのは初めてだった。

 もっと適当にごまかして話すことも出来たはずなのに、どうして穣に対して正直に語ったのか自分でも不思議だ。


(でも、妙な満足感と安心感がある)


 話し過ぎてしまった自覚はあるのに、それについて後悔していないというのは妙な話だ。

 総一郎はじっとベッドの中で物思いに耽りながら再び睡魔が襲ってくるのを待ったが、使用人が起きだして屋敷の中に物音がし始める方が先だった。


 眠ることを諦めた総一郎は、竹刀を片手に庭に出て、素振りを始めた。

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