元課金アイテム、キラキラボックス
いい買い物をした後、オレは上機嫌で王都内を探索した。
到着時はウィザードへの転職やら冒険者協会での依頼やら、ゴタついていたけど今はゆっくりできる。
面白いのはゲーム内で存在した飲食店に入れるというところだ。
当たり前だろと思うところだけど、ゲームではゲームに関わらない施設には入れても利用できなかった。
例えば酒場のマスターに話しかけてもいらっしゃいませとは歓迎されるけど、酒を注文することはできない。
一部料理を買うことができる店はあるものの、基本的には話しかけても売ってくれない。
正確には買うかどうかの選択肢すら出ない。
そんな違いを楽しみながらオレは王都内を歩いた。
辿りついた中央広場を見ると何やら人だかりが出来ている。
中心にはデブ、じゃなくて恰幅のいい貴族風の中年の男が片手にアイテムを持って演説していた。
その他、二人の護衛が集まっている人達に目を光らせている。
「ブホホホホッ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これが世にも珍しいキラキラボックスだ! これが何かわかるか?」
貴族の男が持っているアイテムにオレは目を見張った。
キラキラボックス。あれはスキルリセットができるアイテムだ。
ゲームでは課金しないと入手できなかったけど、この世界ではああいう人間が掌握しているのか。
わざわざ公の場で自慢するということはやはりレア物なんだろうな。
オレは特に必要としないけど欲しがる人は多いだろう。
実際、ここには多くの冒険者達が集まっている。
それを楽しそうに眺めている貴族の男が満足そうに気色悪く笑った。
「ブホホッ! これがあればスキルリセットだって出来る! お前達、自分のスキル振りに満足してるか? 中には失敗した奴もいるんだろう?」
「ほ、欲しい……ずっとスキル振りに後悔していたんだ……」
「いやいや、そんなアイテムなんかあるのか?」
「にわかには信じがたいな」
冒険者達の反応からして、そもそも存在が疑われるほどのレア物らしいな。
あれが本物かどうかはわからないけど、少なくともキラキラボックスというアイテムの概念が存在することは確かだ。
半信半疑の冒険者がもしかしたらという気持ちが捨てきれないみたいだな。
改めて考えると残酷な世界だ。
ゲームと違ってステータスやスキル振りをミスったらほぼやり直しができない。
やり直すにしてもリセットアイテムはああいう権力者が確保している。
オレは元ゲーム経験者ではあるけど、そういう悩みは痛いほどわかる。
そんな人の心に付け込んで、あの男は自慢しているのか。
一体何がしたいんだか。
「これはお前らにとっては珍しいものだろうが、ブルデロン家の財力をもってすれば簡単に手に入る」
「だ、だったら売ってください!」
「これが欲しいのか?」
「はい! オレ、ソードファイターなんですけど【ソードボンバー】を割と高レベルにしちゃって後悔してるんです。これを習得したせいで必要スキルの習得が遅れちゃって……」
【ソードボンバー】はソードファイターの唯一の範囲攻撃スキルだ。
ほぼ単体攻撃しかできないソードファイターにとってはそこそこありがたいスキルではある。
ただTP効率と威力を考えると習得するのはLv【5】が限界だろう。
それにその分、他のスキルを習得できないことを考えると成長に遅れが出る。
あの人、剣修練はMAXまで習得したんだろうか?
オレのあからさまな外れスキルの杖修練と違って、前衛クラスの各種修練はプラス補正が高い。
いや、あれも殴りウィザードなんて真似ができるから外れなんて言ったら怒られるな。
ソードファイターの剣修練はLvを高めることによって新たなスキル習得ができる。
バゼルが使っている【ヘヴィスラッシュ】もその一つだ。
それらのスキルを考えれば、ソードボンバーの高Lv振りは少々無駄が生じる。
少なくとも廃人プレイヤーの中で【ソードボンバー】を愛用している人はほぼ皆無だった。
これがあるから育成は難しい。
ちゃんと将来を見越した上でステータスやスキル振りをしないと後で行き詰まる。
その点、クロスホープの面々は驚くほど成長が順調だ。
バゼルは両手剣の素早さ型、リクも素早さ型、メルチャも必要最低限の戦闘スキルは習得している。
フーイーも器用さと素早さ特化というアーチャーらしいステータスだ。
ミスっていたらと少し心配だったけど何の問題もない。
特にバゼル辺りはバカそうに見えてちゃんと先を見越しているのが意外だった。
言ったら絶対怒るから言わないけど。
「ブホホホホッ! それは気の毒だな! だったらキラキラボックスは必要だわなぁ!」
「いくらで売ってくれますか!?」
「一億」
「へ?」
「最低でも一億は見てもらわんとな」
予想はしていたけどとんでもない額をふっかけてやがる。
払えるわけないと見越しているんだろう。
男が口元をニマァッと歪める。
「言っておくがこれの相場は二億は下らんよ。それなのに一億だぞ? 破格の安さだろう? いや、お前らには高かったか? ブホホホッ!」
「くっ……!」
「でも私も血が通った人間だ。条件次第で譲ってやらんでもない」
「ほ、本当か! 何でもする!」
これを皮切りに結構な人数が条件すら聞かずに群がる。
護衛が武器で冒険者達を遠ざけて、貴族の男に寄せ付けない。
男はその様子を満足そうに眺めた後、キラキラボックスを片手にかかげた。
「条件とはお前らが私の専属冒険者となることだ! その中で有能な働きを見せた者にこれを譲ろう! どうだ!」
「専属になる! ぜひ!」
「俺もだ!」
これはひどいとしか言いようがない。異世界の沙汰も金次第か。
やれやれと馬鹿らしくなったオレはここから立ち去ろうとした。
ところがふと視界に見覚えがある人物が映る。
あれは鉄人団に所属しているユユルとかいうヒーラーだ。
「ブホホホッ! 愉快ゆか……ん? ずいぶんとかわいらしいのがいるな? お前、名前は?」
「ユ、ユユルです! そのキラキラボックスをいただけるのなら、ぜひ雇ってください!」
「ほほう、お前もスキルリセットするほど後悔しているのか?」
「はい!」
男が気色悪い笑みを浮かべた。
あの笑みはなんとなく嫌な予感がするな。
男がユユリに近づいて、その顎を指で上げた。
「ほう、こんなかわいらしい子がスキルリセットとは世も末だな」
「あ、あの、それで、雇って……いただけるんでしょうか?」
「もちろん大歓迎だ。君には特別な仕事を与えよう。ブホホ……」
「特別な仕事……?」
鉄人団のあの子がなんでスキルリセットをしたがるのか。
大体の予想はついてしまった。
詳しい事情はわからないけど、こんなところで身売りみたいなことをする必要まであるのか?
ユユリがかすかに震えていた。
スキルリセットのアイテムが高価なのはしょうがない。
需要と供給がある以上、これはさけられないことだ。
だけど怯えながら覚悟をさせてしまうこの状況はいただけないな。
気がつけばオレは静かに前へ出ていた。
「貴様ッ! 止まれ!」
「そういきり立つな。そこの貴族様と話がしたいだけなんだ」
護衛がオレに武器を突きつけた。
貴族の男が野暮ったい目を向けて、ユユリが涙目だ。
さて、どうするかな?
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