クロスホープの温かさ
クロスホープへの賞金600万ゼルの内訳はギルドマスターのシェリナさんが決める。
ひとまずオレ達に与えられたのは50万ゼルだ。
残りはギルドの運営資金や生活費に回される。
その上でのドロップアイテム配分だけど、これは換金することにした。
ドロップアイテムの中には剣や斧なんかがあるけど、メンバーが使っている武器には及ばない。
いざという時、予備として少し残しておく程度で十分だとシェリナさんは考えた。
まぁスロットなしの店売り品と大して変わらない性能だからな。
それに50万ゼルあれば、ほとんどのメンバーは自分の装備に回すだろう。
オレもこれで欲しい装備を揃えられる。
残るはゴブリンリーダーの魔石だな。
市場価値が高すぎるとあってシェリナさんは一度保留にして考えると言った。
普通に考えれば売ってギルド資金にするのが妥当だ。
そうすればまた金の分配があるだろう。
金があれば魔石スロットつきの武器や防具が買えるから、できれば早く決断してほしい。
さすがにロッドとローブは舐めすぎだ。
結果発表の後は盛大な打ち上げが行われることになった。
この世界では飲酒に制限はないらしく、明らかにオレと年がそう変わらないバゼルやメルチャが浴びるように飲んでいる。
さすがにオレとリクはジュースだ。
前世ではたぶん成人していたと思うけど今の肉体年齢が14歳ならやめたほうがいいと判断した。
年齢を聞くとバゼルが16歳、リクが11歳、メルチャとフーイーが18歳らしい。
シェリナさんの年齢は非公開らしくて誰も知らないとのこと。
「シェリナさん! ささっ! ぐいっと! おい、ウィム! お前もちゃんとつげよ!」
「悪いな、バゼル。どういうわけか、お前のそういうノリが最高に嫌いなんだ」
バゼルがシェリナさんに酒をついでいるところを見ると、何かを思い出しそうになる。
親父はあの日に深酒をしたものの、普段は飲まない。
ということはきっと前世で何かあったんだろうな。
そもそもシェリナさんは酒をつげなんて言ってないし、軽くうざく思ってる節がある。
とうとうバゼルの手を押し返して逆に酒をついでいた。
更にシェリナさんのペースに持ち込まれて飲まされた挙句、いびきをかいて寝てしまう。
チンピラの取り扱いに慣れすぎだろ。少し感心してしまった。
「ぐごぉぉ……ぐごぉぉ……」
「こいつ、落ちるの早いな……自分はあれだけ進めてたくせに」
「バゼルはギルマスにぞっこんやからなぁ」
「だろうな」
メルチャがオレに耳打ちをしながらケレケラと笑う。
リクが寝ているバゼルの顔に落書きをし始めたけど、止める必要はないな。
オレにブラックなことをさせようとした報いを受けろ。
「んー、今一しっくりこないなぁ」
「リク、額に肉って書いておけ」
「え? よくわかんないけど面白そう!」
「それと目の下にこうやって線を入れてだな」
色々とカスタマイズをしてやるとフ〇ーザ様みたいになった。
だいぶひどいことになったけど、寝ぼけてこいつが自分でやったことにしておけば問題ないだろう。
「ウィムの討伐はご苦労だったな」
「こんな風に歓迎してもらえて嬉しいよ。ウィザードのオレなんか、どこも受け入れてくれない可能性があったからな」
「それについては私も同じだ。ローレン……死んだウィザードのことをいつまでも引きずっていたからな。お前が現れてくれなかったらおそらく今後もウィザードを受け入れなかっただろう」
「それなんだが、なんでウィザードはここまで不遇なんだ? 確かに難しいクラスだけど、一人くらいは強い奴がいるだろ?」
「いるのかもしれんが、ウィザード自体ほとんど見かけないのでな」
確かにあのウィザード協会の寂れっぷりからして絶滅危惧種なんだろう。
必要とされてないから危惧すらされてないかもしれないけど。
酒の席の与太話程度に振ってみたけど、シェリナさんもよくわかっていないみたいだな。
ローレンなる人物との面識はないけど、オレの先輩に当たる。
オレがウィザードになる前から、ウィザードとして戦っていたことには敬意を表したい。
世間的には大きな功績を残していないかもしれないけど、オレにとってはそれだけで偉大な人間だ。
散々な言われようの中、このクロスホープで慕われて活躍していたウィザード、ローレン。
後はオレが戦い続けるから、どうか安らかに眠ってくれ。
オレは顔も知らないローレンに心の中で感謝した。
「ローレンに限らず、何らかの理由で居場所がなくなる人間は多い。そこで寝ているバゼルもそうだ。頭に血が昇りやすくて手が早くて直情的な人間だが悪い奴じゃない」
「それはなんかわかるな」
「うちなんか前のギルドで妬まれてなー! ぎょーさん稼いだら同じギルドの商人連中に濡れ衣きせられてポイやで!」
メルチャがくいっとグラスを傾けてドリンクを飲む。
なんでもギルドの金を着服したとか、詐欺で稼いだとか散々噂を立てられたらしい。
いや、まぁ本人には悪いがレイドクエスト中にあこぎな商売をしていたのは事実だからな。
やり口からして敵を作りやすかったんだろう。
前のギルドはかなりの大手らしくて、任されたアイテムを高値で売った人間が評価される仕組みだったらしい。
確かに大手ギルドとなると討伐で得た大量のアイテムを売る場合、商人一人では厳しい。
売るだけなら低レベルでも問題ないから、メルチャでも置いてもらえたんだろう。
訳ありだらけとなると、気がつけば寝息を立てているリクもそうなのか。
「リクは窃盗を繰り返していたところを私がスカウトして、フーイーも他のギルドから追い出されている。あまり語りたがらないがな」
「シェリナさん。オレだけじゃない。このギルドの皆は思っていたより強いよ。はみ出し者と蔑む奴はいるかもしれないけどさ」
「そう言ってもらえると嬉しい。しかしだからといって私が過剰に手を貸すことはないがな」
「わかるぞ。あまり手を貸すといざという時に動き方なんかがわからなくなる。高Lvの役立たずなんていくらでもいるからな」
「お前はまるでベテランのようなことを言うな。ついこの前、ウィザードになったばかりだと聞いているが……」
少し喋りすぎたな。
ゲームでも他人にくっついてレベリングをしてもらった、いわゆる養殖育ちが多かった。
そういう奴に限ってパーティでの動きとなると、まったくノウハウがなくてただの置物になっている。
「シェリナさん。オレ、このギルドで強くなるよ」
「ありがとう。そう言ってもらえるならこれからも全力で君を支えよう」
オレはグラスを持ってシェリナさんと遅い乾杯をした。
* * *
翌日、起床すると日がとっくに昇っていた。
今日の食事当番は確かメルチャだったはずだ。
失敗したな。あいつのメシはうまいのに。
急いで部屋を出て一階に下りるとシェリナさんを含むギルドメンバーが待機していた。
全員が神妙な顔つきをしていて少しドキッとする。
まさか気が変わって追い出すとかないよな?
「おはよう、ウィム」
「シェリナさん、何かあったのか?」
「今朝、ようやく結論が出てな。ゴブリンリーダーの魔石を君に譲ろうと思う」
「はぁ!?」
寝耳に水とはまさにこのことか?
何かのドッキリとすら思えてしまう。
だけどそうなったらバゼル辺りは笑いを堪えていそうなものだけど、普通に真顔だった。
「ウィム君がいなかったらリク君は死んどったしなー」
「お前というダメージソースがなかったらあいつに押し切られて負けていただろうよ」
「皆で相談して決めたんだよ! オイラからもお願いした!」
バゼル、リク、メルチャ以外だとフーイーが無言だ。
だけど目が合うと親指をグッと立ててくれる。
あいつとの距離感をどう保てばいいのか、未だによくわからない。
「ウィム、リクの言う通り皆で相談して決めたことだ。後はお前次第だが受け取ってもらえるか?」
「そんな大切なことをオレ抜きで……いいのか?」
「今朝から時間をかけて話し合うつもりだったのだがな。お前が起きてこない上にあっさりと決着がついてしまったのだ」
「そうか……だったら遠慮なく受け取らせてくれ」
ここで謙遜して問答を繰り返すのは無意味だ。
オレはシェリナさんからゴブリンリーダーの魔石を受け取った。
手に持った魔石の重さをひしひしと感じる。
同時にオレは皆の温かさを知った。
散々罵られているウィザードであるオレなんかのためによくここまでしてくれるなんて。
この世界、案外捨てたもんじゃない。
「皆、これは必ず役立てて見せる。ありがとう」
オレは皆に深々と頭を下げる。
目に溜まった汗が渇いてくれないから、オレはずっと頭を上げられずにいた。
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