ウィザードはやめておけ
「ウィム。冒険者になってもウィザードはやめておけ」
それが俺の親父であるコムトの口癖だった。
理由を聞いても親父は答えてくれない。
だけど一年前、珍しく深酒をした親父がついに真相を語ってくれた。
数十年前に親父は幼馴染達と冒険者パーティを結成して、それぞれの役割分担を決めていたそうだ。
ソードファイター、ウォーリア、ヒーラー、ウィザード。
バランスがとれたいいパーティで、結成してからメキメキと戦果を上げていく。
いつか皆で最高の冒険者パーティを作りたい。
世界に名を轟かせたい。
幼い頃からそう語り合っていた親父達は夢に向かって走り続けた。
親父はまさにパーティの主砲として貢献し続ける。
魔法の威力は凄まじく、前衛クラスが苦戦するような魔物でも簡単に討伐できてしまう。
親父は皆に頼られて、振り返ればあの頃がまさに人生の絶頂期だったという。
雲行きが怪しくなったのはパーティ結成から五年後だ。
ウィザードである親父の火力よりも、前衛クラスが上回り始める。
ウィザードが活躍できたのは前衛クラスの武器やスキルが充実していない最初だけだった。
次第に前衛クラスの活躍が目立ち始めて、ウィザードである親父は肩身が狭くなる。
リーダーの男も親父に冷たく対応するようになった。
「ウィム、冒険者は世間で言われているほどいいものじゃない」
深酒をした親父がこの次に語ったのは片思いをしていたパーティ内のヒーラーの女性についてだ。
自分が一人前になった時、告白しよう。
そう決めていた親父だったけど、気がつけば自分はパーティのお荷物。
告白なんかできるはずもない。
そんなある夜のことだった。
宿屋での一夜にて、リーダーの男の部屋にヒーラーの女性が入っていくのを見てしまったそうだ。
間もなくして親父は役立たずとされてパーティから追放された。
その後、親父は別の女性と結婚してオレが生まれる。
親父は追放されても家族を食べさせるため、ウィザードとして冒険者の活動を続けていた。
弱小クラスとして知られてしまったウィザードの親父が同業者にバカにされていたのを知っている。
当然、そんな親父とパーティを組んでくれる人なんかいるわけがない。
ソロでの活動にも限界があるので、親父がオレ達を食べさせるために日雇いの仕事を兼業していたのも知っている。
そんな日々の中、オレは聞いてしまった。
「もう疲れたな……」
それが単に疲労から出た言葉じゃないことはわかっている。
親父が無理をしているのは明らかだった。
オレにはどうすることもできず、親父の訃報を知ったのがつい最近だ。
森の中で死体となって発見されたらしい。
そう聞いた時、オレに前世の記憶が戻った。
ここがゲームの世界であること。
オレは前世では現代日本で暮らしていたこと。
十四年間、この異世界の住人として暮らしていたからもちろん最初は混乱した。
落ち着いて考えをまとめると、ここがMMORPG【トラベルファンタジー】の世界だと気づく。
なんで親父がウィザードを辞めなかったのか、答えは簡単だ。
トラベルファンタジーでは一度そのクラスにつくと二度と転職できない。
ここがトラベルファンタジーと同じ世界なら、親父は一生ウィザードとして戦うしかなかった。
ウィザードは中盤から火力が伸び悩んで、最終的には前衛クラスがレベルを上げて物理で殴ったほうが強くなる。
だからウィザードはせいぜい序盤まで、というのが一般的な評価だ。
この世界とあのゲーム、何もかもが似ていた。
親父は魔物に殺されたのか、他の死因があるかもわからない。
死体はもちろん、親父が持っていた装備すら返却されずに冒険者協会から冷淡な事実を告げられて終わった。
母親はオレが幼い頃に病死している。
オレは正真正銘、異世界で天涯孤独となった。
* * *
葬式なんかできるわけもなく、今は家の中で遺品整理をしている。
少し手を動かしては手を止めての繰り返しでなかなか作業が進まない。
ウィザードにはなるな、か。
親父の言葉が頭の中でずっと反芻している。
「ステータス」
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名前 :ウィム
クラス:ノービス
Lv :1
クラスLv:1
HP :40
MP :0
力 :5
体力 :5
器用さ :5
魔力 :5
物理攻撃力:5
物理防御力:1
魔法攻撃力:5
魔法防御力:1
命中:5
回避:5
装備 :布の服(防御力+1)
スキル:【ステータス】
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幼い頃、親父に教えてもらったのがこのスキルだ。
前世の記憶がない子どもの頃は何の疑問も持たなかったけど、これは完全にゲームのそれだろう。
空中に光の文字で描かれたのがこのステータス。
この【ステータス】のスキルは生まれた時から誰にでも備わっている。
Lv【1】なので当然すべてのステータスが低い。
このステータスで武器を持って戦っても、最下級の魔物を討伐するのがやっとだ。
クラスは誰もが生まれた瞬間、このノービスとなっている。
冒険者をやるならノービスのままでいるメリットはない。
ノービスはLv【10】で限界な上に装備できる武器や防具がかなり限られているからだ。
更にスキルも【ステータス】以外にないから、戦いの道を行くなら転職は必須だ。
転職は各クラスの各協会で行う。
ソードファイターなら剣士協会、ウォーリアなら戦士協会、マーチャントなら商業協会など。
クラスによってはかなり辺鄙なところにあるから割と大変だったりする。
さて、オレはどうするかな?
冒険者にならず、このまま慎ましく暮らすか?
冗談じゃない。
実の父親がバカにされたまま黙っていられるほどオレはマヌケじゃない。
ウィザードが火力不足?
とんだ見当違いだ。
確かにウィザードは扱いが難しくて、普通にプレイしていたらお荷物必至だろう。
それにプレイヤーテクニックも必要とするので、ソロなんてマゾプレイもいいところだ。
だけど前世ではそれが見直されてきて、あまりの強さに惚れて初心者すら手を出す事態になっていた。
そしてまともに戦えないまま投げ出す。
掲示板なんかではウィザード強いとか嘘松なんて書いてる奴もいたくらいだ。
一部の強プレイヤーの動画に影響されてウィザードで始めたはいいけど挫折した奴。
動画を見ただけで自分ではやらず、前衛クラスとの対立煽りをする奴。
色々と情報が錯綜していたけど結局は実際にやり込んだ人間にしかわからない。
意を決して、オレは遺品整理を再開した。
本格的に始めたら二時間もかからない。
親父は家計を優先して、私物はほとんど持たなかったからな。
室内がスッキリしたところでオレは家を出た。
ここはセイクランド王国の南にあるベイクランの町。
この町にオレが目指すものはない。
ウィザード協会の支部は北にある王都クリンディラにあるはずだ。
親父の名誉のために、やり込んだウィザードのために。
オレはウィザードで冒険者を始める。
初のゲーム世界作品です。
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