勇者パーティーに入り込んだ私は、魔物達の視線が気になって仕方がない。
今現在、私は勇者一行のパーティーの一員で、魔物と交戦中だった。でも、私には魔物達と刃を交える事ができない訳があった。
「これで終わりだ!! たああああああ!!」
ズババッ!!
勇者アリオスの剣が横一線に、走った。そして、私達の目前に現れ立ち塞がっていた魔物達を全て斬り倒した。恐ろしいまでの勇者達一行の圧倒的な力。話には聞いていたけど、これ程までとは……正直、驚きを通り越してドン引きである。
勇者アリオスを筆頭に、賢者バーガレアス、剣聖スラッシュバルドに大魔法使いのウェンディー。今やこの勇者一行に勝てる魔物なんて魔王様以外いないのではないかと思ってしまう程に強かった。
「さあ、倒した倒した。戦利品、戦利品」
「キメラにオーク、それにコカトリスまでいたのにあんまり大した物はないわねー」
戦利品を探してまわるバーガレアスとスラッシュ。ウェンディーは、自分が満足できる程のドロップ品がないので、あからさまに不服そうだった。
私はその強すぎてなんの緊張感もない勇者一行を呆れる様に見ていると、勇者アリオスが声をかけてきた。
「おい。どうした? 大丈夫か? 何かあったか?」
「え? 私? いえ、別に、何でもないですよ?」
「……えーーー? なんか、怪しいな。さてはお前……」
ごくり……
緊張で唾を飲み込む音が勇者達に聞こえるのではと思ってしまう程に、私はビビっていた。
そう、私が魔王様の事を魔王様と敬称をつけてお呼びしている所でもう、あれかもしれないが……実は私はこの勇者達の敵だったのだ。私の本当の正体……それは、偉大なる魔王様のしもべ。
「な、なんなんかなーアリオス? どどど、どうかしたん?」
「なんか、喋り方がおかしいな。やっぱり、お前……」
ドクドクドクドク……高まる心臓音。私の正体がバレたら爆発しそう。
「もしかして、腹減りかー?」
「へ?」
「腹減りなんだろ? だからこのダンジョンに入ってからも、俺達にばかり魔物と戦闘させて自分は戦わない? そうなんだろ?」
勇者アリオスは、物凄い鈍感だった。それで、私はこのパーティーに上手く溶け込んでいる。良かった。
「あはははのはー。そうなのよ、お腹減っちゃってもう! 力がでないのなんの、困っちゃうよねー」
「それじゃあさ、丁度ここらへんで腹ごしらえにしよーぜ。なんか、作ってくれよ」
「え? う、うん。いいよ。じゃあ作るよ」
勇者アレアス一行の仲間に私がなったのは、ほんの1週間程前だったけど、どうしてこんな事になったかって話すと、経緯はもっと遡る事になる。
今から半年程前、この世界に魔王様が復活し、世界を征服するべく世界へ魔物を解き放ち人間共の国々を征服していった。それから、1か月程が過ぎた頃のある日、辺境の地――とある村で勇者が誕生した。それがアリオス。
最初、魔王様もその配下の魔物達も皆、アリオスの事をあまく見ていた。っていうか、存在自体を知らなかった。しかし、アリオスはメキメキと尋常ではない程の速度で強くなり、あっという間に最強の仲間を見つけパーティーを組んだ。バーガレアスやスラッシュがそうだ。
そしてそれから、アリオスは電光石火のように複数の国に蔓延る魔物達を倒し、我ら魔物の将、八大魔将軍を全て倒した。それには魔王様も流石に驚かれ、魔王様直属の四天王を勇者に対し放った。しかし、その四天王はおろかその軍団すべてが勇者一行に砕かれ20万を超す魔王軍も粉砕された。
それからはもう、勇者一行の快進撃は止まらなかった。
魔王城にも攻め込まれ、魔王様はあわやという所で魔界へ避難はしたものの、とんでもない屈辱と損害を勇者パーティーによって与えられてしまったのだ。
今までに人間を圧倒していた魔王軍。それが勇者といえど、単なる4人の人間によって散々に打ち砕かれてしまったのである。
しかし、魔王様はあきらめなかった。
これまで、我ら魔物の中でも力……すなわちより大きなパワーを持つ者程、偉大となれていたが、それ自体を見直す事になった。なぜならもう、単純な暴力では勇者一行にはとても歯がたたないからだ。
それで……
それで、この私にまさかの白羽の矢が立ったのだ。
「お、お呼びでしょうか? 魔王様」
「おお。サキュバスよ。貴様が来るのを待っていた」
「ははっ」
「それで、早速一つ聞きたいのだが、貴様に勇者を倒す事はできるのか?」
「え? できないと思いますが」
「す、すぐ答えるな。まあいいけど……それなら、質問をかえよう。今まで、我ら魔族は力がすべてだと思っていた。単純なる破壊の力こそが、すべてなのだと!」
「その通りです。私のような下等な魔物など、なんの役にも立てな……」
「しかし、少し考えを改める事にした。このまま正攻法で勇者と戦うのにはリスクが多い。それで、考えたのだがお前のチャーム。ひょっとして使えるんじゃないのか? それで操って勇者達に自害でもさせれば簡単にだな……」
【チャーム】。サキュバスの能力の一つ。相手を誘惑し魅了して思いのままに操る能力。魔王軍の将軍達や巨大な力を持つ魔物達は皆、この私の力の事をこざかしいといって相手にしてこなかった。
なのに、その力を今、魔王様が頼られている。私はちょっと、いい気分になった。だけど、きっとこの能力はすでに化物レベルの強さになってしまった勇者達一行にはいかないだろう。私は正直にその事を魔王様に申し上げた。
「無、無理だと思いまっす。きっと、私ぼっちの力じゃ、勇者には何も効果ないと思われます」
「そ、そうか……頑張ってもだめか?」
「は、はい。焼け石に水でございます」
――――暫く、沈黙。
だけど魔王様は何か考えていたようで、唐突にポンと手を叩いた。私はそれにビクッとした。昔から、私は驚かされるのが苦手だった。何日か前も気持ちよく眠っている所を目が覚めて、トイレに行こうとしたら曲がり角でケルベロスにぶつかり、雄叫びをあげられて気絶してしまった。それ位にビビリなのだ。
「時に、貴様……人間に似ているよな。人間の女」
「え? はあ、まあそうですね。尻尾と翼、あとこの牙がありますけど……」
「尻尾と翼はアクセサリーって言えば、人間そのものだよな」
「え? でも牙……」
「それは、八重歯だ」
「ええええー。い、いったい魔王様は何がおっしゃりたいのでしょうか? 私に解るように説明して頂ければ、助かるのですが?」
嫌な予感がした。そして、こういう時の予感は的中する。
「お前、自分がサキュバスだという事を隠して人間の街へ行け。そして、勇者一行に接触し、仲間に紛れ込んで勇者アリオスを暗殺せよ」
「えええええええ!!!! そんなの無理ですよー!! わわわ、私ごときの力で勇者を倒せるはずないですよ!!」
すると
、魔王様はにこりと微笑み、一振りの短剣と液体の入った瓶を差し出した。私は気が進まなかったが、受け取らないと魔王様がお怒りになりそうだったので、仕方なく受け取った。
「こ、これはなんですか?」
「この短剣は呪いの短剣だ。これで勇者を背後から刺せば勇者は苦しみ、決して解けない最凶最悪の呪いが勇者に降りかかる。それは教会や賢者バーガレアスの力をもってしても解くことは敵うまい。そうすれば、簡単に仕留める事ができる。そして、この瓶に入った液体の方は、毒薬だ。もちろん最強の毒薬」
それを聞いて、呪いの短剣と毒薬を持つ手がブルブルとより一層に震えた。
「そのどちらかを勇者にお見舞いしてやれ。お前が人間に化けて勇者一行の仲間入りをすれば、簡単にこの使命も成し遂げる事ができるはずだ。さあ、行け。行ってしとめてこい。吉報待ってるからな」
「え? いや、その?」
こうして私は追い出されるように魔王様の部屋をあとにし、人間共の衣服に身を包んで勇者達一行が今拠点にしているという街へ忍び込んだ。
すると、人間共の街に入った私は驚くべきことを知ってしまった。
私は人間共の世界のオス達に、非常に好まれる姿をしているらしく、それはもうベラボーにモテてしまったいた。ベラボーだ。魔物達の中では私は脆弱で姑息な能力の持ち主だと軽くあしらわれていたのに、人間の世界だと大人気だった。主にオスにだが。
「ねえねえ、君どこいくの?」
「え? ちょっとそこの酒場まで」
「可愛いねえ。君、もしかして冒険者? 良かったら俺達とパーティー組まない?」
「え? ノーセンキューで。私、もう決めている入りたいパーティ―がありますので」
「可愛い悪魔の尻尾と蝙蝠の羽だね。まるで、サキュバスだね」
「えへへ、可愛いでしょ。これアクセサリーなんだ」
「君、名前は?」
「え? 私の名前? 私の名前はサキュ……サキュ……サキュバです」
自分の名前を言いかけてようやく、私は人間共とは違うのだと再び魔王様から仰せつかった使命を思い出した。決して、完全に忘れ去っていたという訳でもないのだが、危ない危ない。
それから酒場に通う事、数日……ついに私は勇者アリオスと接触を果たせたのだった。
「いいよ。俺達の仲間に入れてあげてもいいけど……それで君は何ができるんだ? 剣、それとも魔法使いかな?」
勇者アリオスにそう聞かれ私は戸惑った。そう言えば、私は剣や槍など使えない。そりゃ振ったり突いたりはできるけど、それだけだった。魔法もそうだった。サキュバスの中には使えるものもいるらしいけど、少なくとも私は使えない。そう【チャーム】しか使えないし、流石にそれを使えば勇者達に私が魔物である事がバレる。
うーーーん、困った。どうしよう。
すると、剣聖スラッシュバルドが言った。
「おい、アリオス。別に俺達戦力には十分に事欠いてないだろ? こんなの仲間に入れたら逆に、守る対象が増えてめんどくさくないかー?」
ま、まずい……私は咄嗟にでまかせを言った。いや、でまかせではないのかもしれない。それなりに得意な事だ。
「りょ、料理!! 料理ならできるよ!! いるでしょ、冒険するなら料理当番!! 私を仲間に入れると、ずっと私が料理作るよ! 美味しいよ!」
「おおおー。それいいね」
すぐに勇者アリオスは声を張り上げて言った。こうして、私はなんとか勇者アリオスのパーティーに入り込むことができた。
フヒヒ。後は、背後からこの呪いの短剣を突き立てるか、料理に毒薬を混ぜるだけ。料理に毒薬を混ぜればいいって今気づいたけど、私自身自分が天才だと思った。
そして、めでたくパーティー入りを果たした私は、早速勇者一行に連れられダンジョンに入り、今に至った訳だ。
ダンジョンに入ってから、倒す魔物倒す魔物が恨めしそうに私の顔を見てきた。彼らはきっと、私がサキュバスだと気づいている。でもなぜそのサキュバスがにっくき勇者一行に加わっているのか理解できないという感じでもあった。
実際、とんでもなく信じられないという感じで、裏切られた感バリバリのオークが私を見ながら死んでいく。そのオークなのにオーガばりの鬼の形相にビビる私。
私は、別に裏切っているつもりはないのだが、「許してくれ」に近い感情で彼らの安寧を祈った。
そして、今ついに魔王様からの指名を果たせる事ができるチャンスが訪れた。私は手に汗握った。私が……このサキュバスが勇者アリオスを屠った偉大な魔物だと後世語り継がれることになる。フヒヒ。
「じゃあここでちょっと休憩。食事にするからなんか作ってよ、サキュバっちゃん」
「サキュバっさんでお願いします」
「え? う、うん。じゃあ、よろしくサキュバっさん」
なんとなくサキュバっちゃんの、バッちゃんって所が引っ掛かった。こんなのどうでもいい事かもしれないけれど、譲れないものってあるよね。うん、あるよ。絶対。
以前、知り合いのナーガが私の住処に遊びに来た。そして、そこでお菓子を食べながら話に花を咲かせていた。でも、私はどうしてもそのナーガのある事が気になってしょうがなかった。なので、彼女に思い切って言った。お菓子はごみ箱の上で食べてくれと。
ナーガは後で、掃除すればいいじゃないって言って結局ごみ箱の上でお菓子を食べなかった。そして、その後結局ナーガは掃除する事もなく、自分の住処へ帰って行った。途中まで楽しいお喋りも私はそこからずっと、気になってそれどころじゃなく、すっかり気分も概してしまっていた。そして案の定、彼女が落っことして部屋に転がっていたお菓子の破片を私は踏みつける事になり、凄く嫌な気分になった。
それはもう、悲痛な感じで「もう、だから言ったじゃんよーー!!」って眉毛を八の字にして言ったのを覚えている。
そういう事だと思った。つまり、何が言いたいのかというと、気になった事はそこで……その場で言っておかないと後々面倒になる可能性があるという事だった。
「おーーい、聞こえてる?」
「え? ええ? なに?」
「さっきからボーーっとしちゃって、どうしたのサキュバっさん」
あれ? サキュバっさんってのもちょっとアレかもしれない。バっさんなんだもんな。気になった事は、その場で修正しておかないと後々面倒だ。
「サ、サキュちゃんでお願いします……」
「サ、サキュちゃん……」
「サキュちゃん……」
「私はサキュちんって呼ぶね」
これでこの勇者一行内での私の呼び名はウェンディー以外はサキュちゃんになった。サキュちゃん……なかなか可愛らしくていいと思う。うん。ウェンディーのサキュちんも、まあ……いいだろう。
そして私は皆の為に料理を作り振舞った。仲間である魔物を食材になんてできない。だから、料理で使うものはその辺で採れるキノコとかそういうの以外は皆、街で買ったものを使用した。
それで作ったのが、ピラフ。玉葱、人参、ピーマンなどを微塵切りにしてオリーブオイルで炒め、それがきたら今度はそこへライスを投入。しっかりライスと野菜を混ぜて炒める。塩故障を振ってコンソメの粉末を使用し、味付けが完了したら、パセリを細かく刻んでバターも投入。
あまったと言うか、あえて余らせた野菜を使って、付け合わせのスープも作ってできあがり。アリオスとスラッシュがそれを見て手を叩いた。ウィンディ―も頷いて目を輝かせている。
「うへー!! 凄いなー!! 美味そうだ!! 早速食っていいか?」
「もちろん! それじゃ皆でご飯にしよーう」
あれ? 何か忘れている……そうだ!! 折角のチャンスなのに、毒薬を入れるのを忘れた!!
でも、これからもそのチャンスはあるし、まあいいかと思った。
食事を終えて、ダンジョンを攻略すると次の街へ旅に出た。因みにダンジョンボスもやはり私の顔を見て、「なんでサキュバスが勇者パーティーに?」と信じられないと言った顔をして死んでいった。私は知らん顔をする。
でもダンジョンをあとにする時、こっそりと私はダンジョンボスに一輪の花を添えた。ダンジョン最奥だったので、ドス黒くてなんか気持ち悪く微妙に蠢いている花だったけど、何より気持ちが大切なんだと思った。
それからも、私を含めた勇者一行の冒険は続き、ついに魔王様のいる魔界近くまでやってきてしまった。
それでやっと、私は何度もここに来るまでに勇者を始末できるチャンスがあったにも関わらず、一切行動していなかったことに気づいた。
呪いの短剣も懐に収めたまま、一度も鞘から抜いた記憶も無い。
そう、私はすっかりこの最強勇者パーティーと旅する生活が気に入っていた。剣や魔法では、私はこのパーティーの誰の足元にも及ばないけれど、今や私には皆を凌駕する料理の腕がある。それで、ちゃんとこのパーティーの大事な役割を果たしていた。
しかし、ある時ついに私が何かおかしいという事に気づかれてしまった。それと言うのも、魔物との戦闘で、私が魔物に一度も狙われないという事だった。そして、寝る時もお風呂に入る時もいついかなる時も肌身離さず装着している悪魔の尻尾と蝙蝠の羽のアクセサリー。アリオスたちが不振に思う材料としては、十分だった。
そしてついに、勇者は我らが偉大なる魔王様を倒してしまった。そのラストバトルの際、私アリオス達にも、魔王様にもお腹が痛いと仮病をついて、最後の戦いはどちら側にも参加しなかった。
こうして、世界に平和が……と思われたが、魔王様が解き放った魔物は尋常な量ではなく、魔王様亡き後も世界を混沌の渦へと突き落としていた。
だから、勇者一行の旅はまだまだ終わりを迎えなかった。私は、内心そのことにほっとしている自分がいたことにびっくりした。
そしてある日の事、草原を歩いている時にアリオスに尋ねられた。
「サキュちゃんってさー、もしかしてサキュバスなんじゃねーの?」
「え?」
アリオス、スラッシュ、ウィンディ―の足が止まった。
額から大量の汗が流れてきた。背中も脇も、手汗も物凄い事になっている。
「そ、そんな……訳な、ないじゃーーん」
にっこり笑って苦し紛れ全開で言ってみた。すると、皆ニッコリ笑って再び歩き始めた。
「そっか。そうだよねー。サキュちゃんがサキュバスってどう考えても、めちゃ安易だしね。そんな訳ないかー」
「まあ、借りにサキュバスであったとしても、サキュちゃんは俺達の仲間であることは変わらん訳だし……」
そう言ったスラッシュの利き腕が、帯刀している聖剣に振れたのを私は見過ごさなかった。ウェンディーは、微笑んでいたけど、それが逆に怖い。
私は、一生懸命にこの場を生き延びるにはどうすればいいか考えた。
逃げ出す? 隙を伺って逃げ出す?
でも、結局この暮らしが気に入っている。それに私は知っていた。私が敵として立ち塞がらない限り、少なくともアリオスは私に剣を突き付ける事は無い事を。
私は空を眺め、深呼吸すると振り返って自分のパーティーメンバーに「さあ、そんな事より、次の冒険に行こうよ」と元気よく言ってみせた。




