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ヤマアラシのジレンマ  作者: 巫 夏希
第一章 夜遊びはしてみるものだ
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第1話 ある冬の日の朝

 走馬灯は、自分が生きていた時間からその対策を脳が必死に検索しているために起きるのだという。

 しかして、幾ら検索したところでその答えが見つからないことも多々ある。

 それが今だと――ぼくは思う。

 けれども、最初からいきなり結論を言ってしまうとつまらないし、今後の展開に差し支える。

 ならばぼくは少し前から話をしようと思う。

 それは、ある冬の日の朝のことだった。

 世界中に流行した感染症が治まりつつあったけれど、マスクも付けていかないといけないし、手洗いうがいはし続けなくてはいけないし、けれども人によってはいつまで続けるんだという意思を示しているのかもしれなかったけれど、感染させることもあれば感染することもあるのだからそれについては良い迷惑だと思う。

 社会人であるのだから、社会の常識ぐらいは身につけてもらいたいものだ。

 学生だってその影響は受けている訳で――大学はしばらくオンライン授業が主流となっていたけれど、それも今や昔といったところか。緊急事態宣言の終結や感染者の減少に伴い、徐々に対面での授業が再開され始めていた。

 ぼくとしては、朝のゆっくりとした時間を過ごしたかったから、それについては出来ることなら終わって欲しくないルールだったのだけれど。


「起きろ、何時まで寝ているつもりだよ?」


 ぼくはその声を聞いて目を開けた。

 重い眼を擦ると、そこに居たのは瑞希だった。

 体育会系という感じと言えば良いのかな。小麦色の肌に、ショートカットの黒髪。そしてやぼったい表情を浮かべている――見た目だけで言えばぼくと同じ大学生には到底思えないのだけれど、彼女はこれでも大学の陸上では有名な選手だったりする。マラソン大会に出てはそれなりの成績を修めているとかいないとか。


「……いや、どうしてぼくの部屋の鍵を?」

「おばさんがくれたんだよ」

「へえ?」


 おばさんというのは、ぼくの母親のことだ。

 遠くに住んでいることもあって、色々と瑞希にアドバイスをしているらしいけれど、はっきり言って今回に限っては無駄だ。


「アンタ、いつもこの調子だったら就職した後が苦労しそうだけれど」

「苦労はするだろうね。でも、ぼくはサラリーマンにはならないよ」


 ベッドから起き上がり、冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出す。無論、一リットルではなくいつでも飲めるように二百ミリリットルぐらいのストローで飲むタイプだ。


「サラリーマンにならないなら、何をするつもり? ニートになるには、お世辞にもアンタの家は大金持ちだとは言えないけれど」

「……別に朝起きて昼間働いて夜眠る仕事だけが仕事じゃないだろ。昼夜逆転する仕事だってあるし、仕事場にわざわざ通勤する仕事ばかりでもない。だから、そういう仕事を狙う訳」

「甘い考えねえ……相変わらず」


 褒め言葉として受け取っておくよ。


「甘いかどうかは別に良いだろ……、人生は誰もが主人公になれるんだぜ」

「まあ、アンタの人生は確かに口出し出来る筋合いはないのかもしれないけれどね……、おばさんに苦労だけはかけないであげてね?」


 瑞希はそう言うと、玄関へとすたすた歩いて行った。

 起こしに来ただけなのか? 別にモーニングコールでも良いのでは?


「とにかく、わたしはこれから陸上の練習があるからね。アンタみたいな牛と付き合っている暇はないの」


 幼馴染を牛呼ばわりするなよ。

 ぼくはそんなことを言おうとしたけれど、そんなことも突っ込む暇もないまま、瑞希は玄関を慌ただしく飛び出していった。

 せめて鍵ぐらいかけてくれよ。

 ぼくが居るのは分かっているとは言え。

 防犯のこともあるのでしっかりと鍵をかけてから、ぼくは今日のスケジュールを確認する。

 スケジュールと言っても、授業の時間割のチェックだ。

 大学生は単位さえ取得すれば良い、学生の中でもかなりルーズな身分――と勝手に解釈している。

 なので、自分が受けたい授業以外は別に大学に行く必要はない。

 まあ、自己研鑽の意味合いで図書館に行ったりサークル活動に勤しんでいる学生も少なくないらしいけれど、単位さえ取得出来ればそれで良いぼくとしては、あまり大学に不必要に顔を出したくない。

 顔見知りではなく、どちらかといえばヒキコモリなのかもしれないな。

 だからこそ、オンライン授業は有難かったのだけれど。別に学費はそのままで良いから引き続きやってくれないかな。嘆願書を出そうと署名を集めればそれなりに集まったりして。

 ということを考えながら、僕は時間割をチェックする。

 現在の時刻は朝の八時。今からなら一限は余裕で受けることが出来るけれど……。


「……経済学概論なんて、受講していたっけ?」


 ぼくの二度寝が決定した瞬間でもあった。



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