2:これからは一緒
その国の地方にある小さなこの街で、その家は下町に住む庶民としては一般的な造りをしていた。石を積み上げられた外観は土で塗り固められ、内部には部屋が二つ、どれも三メートル四方ほどの狭いものだった。路地に面した窓のある部屋には、簡易な調理台と煮炊き用の小さな釜、そして木で作られた質素なテーブルと椅子が置かれていた。窓の無いもう一つの部屋には狭くて粗末なベッドが二つ、敷き詰めるように置かれている。
そのベッドの一つに布団に包まり横たわっていた少年、眠りから徐々に覚醒していたリセルは、ふさふさと頬に当たる感触にそっと目を開いた。
黒くて柔らかいものが、視界を占拠している。
思わずニッコリと表情を綻ばせたリセルは、手を伸ばし撫で回したい気持ちを抑えて、横たわっていたベッドからゆっくりと体を起こした。
隣を見下ろせば、黒くて柔らかいもの、数日前に拾った小さな子猫が、すやすやと寝息を立てていた。
起こさないよう、そっとベットから抜け出し、重い体を引きずって、寝所から隣の狭い食卓兼台所へ移動する。
調理台の横に設置してある飲料用の大きな水瓶に近づき、置いてある柄杓で水を汲んで、ひどく渇いていた喉を潤した。
一息ついたリセルは、小さな窓から見える青い空を見上げながら、ここ数日の事を思い出す。
兄と二人、教会で開かれた小さな集まりの帰り道、路地裏で思わず子猫を拾った後、どしゃ降りの雨に見舞われたリセルは、家に辿り着いた早々に熱を出し、風邪で寝込む事になった。
ベッドに寝かされ意識が朦朧とする中、突然持ち帰った子猫の事を両親と兄がどう話し合ったのか、家で飼って貰えるかどうか、不安になりがら熱にうなされる事数日。ようやく熱が下がり意識がハッキリとしだした昨日、目が覚めると視界いっぱいに、先程と同じように黒いふさふさが広がっていたのだ。
それが子猫だと気付いたリセルは、寝込んでいる間に捨てられずに済み、ホッとして胸を撫で下ろしたのだった。
ぼんやりその時の事を思い返し、もう一度安堵に息を吐き出していると、トンと小気味良い音が耳に届いて、リセルは振り返った。寝室の方に目を遣ると、ベッドから降りてきた子猫が、フウァーと大欠伸をしながら、お尻を高く突き上げ伸びているところだった。
柄杓を置き、まだ微熱を持った重い体を引き摺って台所から食卓の方へ移動すれば、スリスリと子猫が足に擦り寄って来たのを、持ち上げて胸に抱えながら狭い家の中を見渡す。
今現在、太陽が昇りきって昼を少し過ぎた時刻、狭い家の中にはリセルと子猫しかいなかった。
一緒に住んでいる家族は、両親と兄の四人。
二親は共働きで、商家で人足をしている父親は、現在仕事の真っ最中。小さな商店で下働きをしている母親は、昼に寸暇様子を見に戻って来ただけで、帰る夕刻まではまだまだ時間があった。
幼い頃から、体が決して強くなかったリセルは、寝込む事度々で、その都度仕事を休んでいられない両親は、ある程度病状が落ち着くと、子供を一人家に残して、働きに出掛けるようになっていた。
二歳年上の兄ロンは、リセルとは正反対に体が丈夫で、元気が有り余っている。
外が晴れている時は特に、日中家にいる事は、ほとんど皆無だった。
広くも無い家の中、ポツンと一人家族に取り残され、辛い病に伏せる度に、いつも無性に寂しさが募る。
「ふふ。くすぐったいよ」
ザリザリと、抱えていた子猫に下から顎を舐められて、リセルはパッと顔を綻ばせた。
「へへ。そうだね。これからはキミがいるもんね」
腕の中の温かくて柔らかな感触に、堪らず引き寄せて頬擦りする。
「うーん。そういえばキミのなまえ、きめたのかな?まだなら、かんがえなきゃ」
先ほどまで感じていた寂しさは何処へやら。楽しい心持ちでベッドの中に戻ると、子猫の名前を考えながら、リセルはいつの間にか安らかな寝息を立てていた。