第九章 魔王アルデバランの息子たち
第九章 魔王アルデバランの息子たち
魔王アルデバラン。彼には二人の息子がいた。第一王子シリウス、第二王子マリウスだ。
二人は対照的でシリウス王子は武芸に秀で、マリウス王子は学問や芸術に造詣が深かった。
家督を継げるのは男子のみだが、長男とは決まっていなかった。家臣たちは次の王位を巡って二つの派閥に別れ、軍部はシリウス王子を、文官たちはマリウス王子を支持した。
そう軍部はシリウス王子派なのだ。
隠し通路から城に忍び込むと、シリウス王子は真っ先にレグルス将軍に会いに行った。レグルス将軍もシリウス王子の帰りを待っていたかのように会心の笑みを浮かべたのが印象的だった。
「待たせたな。レグルス。」
「お帰りなさいませ。シリウス王子。全軍あなたに従います。」
レグルス将軍がそう言うとシリウス王子は満足そうに頷いた。
あれよあれよという間にシリウス兵とレグルス将軍の部下たちがカノープス軍を制圧し、カノープスはたった一人玉座の間に追い詰められた。
「シリウス王子、どうかお助け下さい。命だけは・・・私は騙されたのです。」
カノープスは最後の命乞いをした。その顔には海の魔物らしく鱗が、首にはエラがあった。うん。魚っぽい。
私は戦闘に巻き込まれないように部屋の隅でシリウス王子が詰め寄る様子を見ていた。
「誰に騙されたというのだ?」
シリウス王子が尋ねた。命乞いに耳を貸す男には見えない。騎士道なのか、とりあえず道理を通して聞いたというところだろう。剣を片手に殺す気満々じゃないか。
「私は騙されたのです。カインに!カインに唆されたのです!」
カノープスは涙を流しながらそう言った。
何ですと!?
シリウス王子が私の方を見た。その表情は伏兵の存在を知って驚き、殺意に満ちていた。私はその鋭い視線で射抜かれたような心地がした。
「カイン、申し開きすることはあるか?」
シリウス王子が私に尋ねた。耳を貸すつもりは当然ないだろう。剣を構えて殺す気満々だ。私の足はガクガクと震えた。
「そんなことしていません。」
私は信じてもらえる訳もないことを言った。命乞いするカノープスの言葉だ。この期に及んで嘘をつける度胸のある奴なんてそうはいない。私を陥れる理由もない。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、私は知らない。カインは恨みをかっていたのか?いや、そもそも本当にカインがやった可能性もある。
とにかくシリウス王子はカノープスの言葉を信じている。私を殺すつもりだ。逃げなければ。私は扉に向かって走り出した。
「逃げるということは認めたということだな?」
シリウス王子は当然私を追って来た。
「違います!」
無意味だと分かっていたが、私はそう叫んで扉を開けて飛び出した。
どちらに逃げてもシリウス兵とレグルス将軍の配下がウヨウヨしていた。
「捕らえろ!」
背後からシリウス王子が叫んだ。兵士たちが一斉に私を見た。絶体絶命だ。
「待て!」
兵士たちを制止する声が響いた。少年の澄んだ声だ。
「マリウス王子!」
私が名前を呼ぶと、一瞬こちらを見て微笑んだ。
「カインは第二王子であるこのマリウスの家庭教師だ。僕の許可なく手を出すことは許さない。」
マリウス王子が高らかに言った。王子の後ろには大勢のドラキュラ公国の兵士とパパとママがいた。ママは小さく手を振った。
助かった。
私を追って来たシリウス王子とマリウス王子がかち合った。火花が散る音が聞こえた。
「マリウス、遅かったな。」
「兄上、先にいらしたのですね。」
マリウス王子が冷たい口調で言った。やはり兄弟だ。似ている。
「ああ。魔王の危篤に乗じて、宰相が謀反を起こしたんだ。臣下として急ぎ駆けつけるのは当然だろう?」
シリウス王子が低い声で言った。
「玉座を奪いに来たのかと思いました。」
マリウス王子が嫌味っぽく言った。まだ子供のあどけない顔でよく言った。
「玉座が自分のものだと言いたげだな。」
シリウス王子が冷ややかな笑みを浮かべて言い返して来た。
「さあさあ、お二方共、まずは魔王様のご無事を確認しましょう。」
二人の王子の嫌味の応酬に割って入ったのはパパだった。
「ヴラド卿か。大公の兵を率いて来たな。」
シリウス王子もパパに一目置いていると同時に警戒しているようだった。
「兵を率いたのはマリウス王子です。」
パパは自分が警戒されていることをよく知っていた。だから謙遜することを忘れない。世渡りのコツ、陰謀渦巻く政治の世界で長生きするコツなのだろう。勉強になります。
「まあ、いいだろう。魔王のもとへ行くぞ。」
シリウス王子がそう言って先頭を切って歩み出した。血にまみれながらも王族の風格と気品漂うその後ろ姿に兵士たちは憧れの眼差しを向けた。兵士たちは当然のようにその後に続いた。ただ一人を除いては。マリウス王子だけは嫉妬にまみれた黒い眼差しを向け、その場を動かなかった。
「カインは僕の味方だよね。」
シリウス王子の背中を見つめながらマリウス王子が私に言った。
「はい。もちろん。」
私はそう答えた。偽りのない答えだった。この時は。
「カインの執務室に行こう。」
「え?」
マリウス王子は唐突にそう言うと、私を隊列から押し出した。パパとママはシリウス王子の後に続いて先に行ってしまっていた。後ろから私が呼んでも気づかなかった。