第八章 マーラ辺境伯
第八章 マーラ辺境伯
紳士物の服に着替えた後、飛んでマーラへ行けと言われたが、コウモリに変身することも背中からコウモリの翼を出すこともできず、結局馬を走らせて行くことになった。飛べない私を見てパパもママも絶句していた。
幸い、マーラはそう遠くはない。三日三晩走り続ければ・・・と思ったけど馬が持たない。野宿しながら行くしかないか。
魔界の空はいつも暗い。日中も暗いから吸血鬼の私も出歩ける。夜は闇が濃く、魔族の動きが活発になる。二十四時間働ける環境が整っている。こりゃあ不健康になりそうだ。
結局、四日かけてマーラへ行くとお城にはあっさり入れた。私とマーラ辺境伯は面識があるらしい。何となくだがまずいことになりそうな予感がした。
謁見の間に通されると、マリウス王子と同じ牛の角が頭に生えた成人男性がいた。きっとこれが第一王子のシリウス王子だ。
「久しぶりだな。カイン。」
シリウス王子が言った。やっぱり面識があった。こちとら覚えがありませんが。
「お、お久しぶりです。シリウス王子。」
「俺がマーラに封じられてから一度も顔を見せなかったくせに、今更何の用だ?」
シリウス王子が嫌味っぽく言った。カインは意外に薄情だったのか。
「じ、実は魔王様が危篤となり、それに乗じて宰相カノープスが謀反を起こしました。カノープスと敵対する諸侯およびドラキュラ公国が挙兵します。どうかシリウス王子もお力をお貸しください。」
私はそう言って、かしずいた。私はパパから交渉における助言をもらっていた。それはマリウス王子の名を口にしないこと。理由を聞く前に馬が走り出してしまったから、なぜかは知らないがしたがっておいた。
「マリウス王子はどうしている?」
シリウス王子が尋ねた。ドンピシャNGワードだ。
「え、マリウス王子ですか?王子は・・・生きています。」
「どこにいる?」
「王宮の外に。」
「ドラキュラ公国か?」
「・・・そうです。」
「・・・」
シリウス王子があからさまに不機嫌になった。
「おい、ハダル。カインを牢に閉じ込めろ。」
「はい。」
シリウス王子がそう側近の男に命じると控えていた兵士たちが一斉に私に剣を向けた。
「なぜです!?シリウス王子!?」
本当何でなの?弟助けないの?
「カイン、お前は今日ここへは来なかったということにする。」
シリウス王子が言った。意味が分からない。何を考えているんだ!?
「ドラキュラ公国がマリウスの後ろ盾についたなら、お前は敵だ。」
シリウス王子が冷酷な目で言った。
「カノープスの謀反の件は知っている。魔王が危篤なのも。魔王が死んでいたら、すぐにでも挙兵するつもりだった。あるいはマリウスが捕らわれの身となっていても挙兵するつもりだった。だが、実際はどうだ?マリウスは秘密裏に城から逃げ出し、ドラキュラ公国を後ろ盾に戻って来る。」
シリウス王子が忌々《いまいま》しそうに言った。
「それのどこに問題が!?ご兄弟で城を奪還すればいいではありませんか!?」
私はそう大声で言った。
「カイン、お前は馬鹿か?」
シリウス王子が嘲笑うような笑みを浮かべた。
「カノープスなどどうでもいい。あんなのは雑魚だ。その気になればいつでも玉座を奪還できる。問題は魔王とマリウスだ。魔王はマリウスを次の王にするつもりで、この俺をマーラ辺境伯に封じた。城から俺を追い払ったんだ。」
シリウス王子は恨みのこもった目をして言った。
「魔王は危篤だが生きている。マリウスは強力な後ろ盾を伴って戻って来る。挙兵して何になる?俺に何の旨味もない。」
シリウス王子がやさぐれて言った。
「先に城を奪還しましょう。先にカノープス軍を制圧できれば魔王様もマリウス王子もあなたを見直すでしょう。」
私は言った。
「今更挙兵してもドラキュラ公国よりも先に城には辿り着けない。同着なら意味がない。」
シリウス王子がひじ掛けに頬づえをついて言った。この人を信用していいか分からない。だがこのまま牢に入れられたら一生出て来られないのは分かる。この場を乗り切ることが先決だ。
「・・・城につながる秘密の通路を知っています。」
シリウス王子の目の色が変わった。
「人払いを!」
シリウス王子の右腕と思われるハダルが私に剣を向けていた兵士たちを部屋から追い出した。
「詳しく話してみろ。」
シリウス王子が真っ直ぐ私の目を見て言った。
「城につながる秘密の通路があります。ドラキュラ公国と到着が同じでも、先に城に乗り込むことができます。カノープス兵にも見つかることはありません。」
私もシリウス王子の目を見て言った。
「嘘だったら、殺す。」
シリウス王子が言った。恐怖で背筋がゾクリとした。