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第二十章 暗殺のブラック・スワン

   第二十章 暗殺《あんさつ》のブラック・スワン


 「デネブ、幽霊《ゆうれい》って珍《めず》しいものなんですか?」

 昼食《ちゅうしょく》を終《お》えて幽霊屋敷《ゆうれいやしき》からの帰り道、私は尋《たず》ねた。

 「珍《めず》しいですね。魔族《まぞく》は長生《ながい》きですから、この世《よ》に未練《みれん》なんてなく、死にます。人間の場合は寿命《じゅみょう》が短い分、未練《みれん》タラタラでこの世《よ》にとどまることが多いそうですが。」

 デネブが説明してくれた。

 ということはあの幽霊は未練タラタラで死んだ吸血鬼《きゅうけつき》なのかな。私を悪質ないたずらの犯人《はんにん》扱(あつか)いするとは失礼《しつれい》な奴《やつ》だ。何だか幽霊《ゆうれい》に誤解《ごかい》されたままというのが気持《きも》ち悪《わる》い。祟《たた》られそうだから誤解《ごかい》を解《と》きたいところだが、また幽霊屋敷に足を踏《ふ》み入れるのは気《き》が進《すす》まない。


 「何か見たのですか?」

 デネブが小首《こくび》を傾《かし》げて尋《たず》ねて来た。

 「いえ、別に。それにしても伯父上《おじうえ》はよくあんなところに住《す》んでいられますね。」

 私は身震《みぶる》いしながら言った。

 「幽閉《ゆうへい》されているのですよ。」

 「え!?」

 「表沙汰《おもてざた》にはされていませんが、シュテファン様はクラウス・・・現大公《げんたいこう》のクーデターによって退位《たいい》なさったのです。隠居《いんきょ》の身ということになっていますが、実際《じっさい》のところはあの屋敷から一歩も外に出られず、軟禁状態《なんきんじょうたい》なのです。」

 デネブが声を落《お》として言った。

 クーデターとは穏やかではないな。しかもあのクラウスがそんなことをするなんて。昼食の時は仲良さそうに話していたのに。何か理由があるんだろうけど、首を突《つ》っ込んではいけない気がする。


 私たちは城の庭まで来ていた。

 「デネブ、ここで大丈夫です。ランニングするので。」

 私はそう言って別れようとした。

 「分かりました。カイン様は素直《すなお》で努力家《どりょくか》でいらっしゃる。必ず結果《けっか》が伴《ともな》うことでしょう。」

 デネブが励《はげ》ますように言った。まだ五回しか腕立て伏せできない私には沁《し》みる言葉だった。

 「けれどカイン様は少しばかり素直《すなお》すぎます。差《さ》し出《で》がましいようですが、もう少し考えてお話なさった方が宜《よろ》しいかと。大公《たいこう》を見習《みなら》ってください。あの方は常《つね》に頭脳戦《ずのうせん》を仕掛《しか》けていらっしゃる。」

 「頭脳戦《ずのうせん》?」

 いつものデネブらしからぬ手厳《てきび》しい言葉がに続いて多少《たしょう》ムッとしたが、それよりクラウスが頭脳戦《ずのうせん》を仕掛《しか》けているという方が気になった。


 「そうです。あの方は常に相手《あいて》から自分の欲しい言葉を引き出すことができる。それは会話《かいわ》の主導権《しゅどうけん》を握《にぎ》り、相手を支配《しはい》しているからです。あなたはとても素直《すなお》でいつもクラウス様の思い通りになっています。」

 デネブが内《うち》に秘《ひ》めた苛立《いらだ》ちを垣間見《かいまみ》せて言った。私がクラウスに都合《つごう》よく転《ころ》がされているのが気に入らないようだ。


 「私は逃げてきて居候《いそうろう》の身だし、クラウスは大公なのですから従うのは当然のことですよ。」

 「・・・」

 私はそう言ったが、デネブは怒ったように黙ったままだった。急にどうしたというのだ?

 「ねえ、デネブは記憶《きおく》を失《うしな》う前の私を知っていますか?」

 本物のカインはどうクラウスと付き合っていたのだろう。私は聞いてみたくなった。カインと私、何がどう違うのか。貴公子《きこうし》になりきった女がどんなだったのか。

 「よく存じ上げております。カイン様はクラウス様と瓜二《うりふた》つ。その能力《のうりょく》に差異《さい》はありませんでした。けれどカイン様は首都《しゅと》ディアボロで揉《も》まれてきた分、経験豊富《けいけんほうふ》で度胸《どきょう》がありました。また懐《ふところ》が深《ふか》く、そのお優しさに心酔《しんすい》する者も少《すく》なくなかったと記憶《きおく》しております。」

 デネブがまるでそこに温かい思い出が詰まっているかのように手を胸に当てて言った。カインは姉御的《あねごてき》な人だったようだ。


 「何を隠《かく》そうこの私もその一人。私はあなたの下僕《しもべ》。カイン様、どうかお命じ下さい。私にクラウスを殺せと。」

 デネブは確《たし》かにそう言った。耳を疑《うたが》うセリフだ。

 「何言ってるのよ!?」

 おっと、思わず出てしまった女言葉《おんなことば》。

 「な、何言ってるんですか!?デネブ、聞かなかったことにするから、冗談《じょうだん》でも二度とそんなこと口にしてはいけません!」

 誤魔化《ごまか》せたか?実は女だということを誤魔化《ごまか》せたか?ただの言い間違《まちが》いと思ってくれ。


 「カイン様、本当に何もかも忘れてしまわれて・・・お労《いたわ》しい。このデネブを何のために拾《ひろ》ったのかもお忘れなのですね?」

 デネブはそう意味深《いみしん》なことを言うと、バサッっと大きな翼《つばさ》を広げて見せた。その翼《つばさ》はコウモリの翼《つばさ》ではなく、白鳥《はくちょう》の翼だった。しかも片翼《かたよく》が真っ黒だった。


 「デネブ、どういうことですか?何で白鳥の翼が・・・」

 「私はキグヌス族《ぞく》。白鳥の翼を持つ者。あなたにお仕《つか》えする暗殺者《アサシン》です。」

 デネブはそう言うと、カツラを外《はず》した。デネブの髪《かみ》は白髪《はくはつ》に黒いメッシュが入っていて、その瞳《ひとみ》は緑色だった。デネブは吸血一族《きゅうけついちぞく》ではなかった。


 「どういうことですか!?」

 もう本人《ほんにん》に聞くしかない。

 「私はいざという時、クラウスを暗殺《あんさつ》するようにと送り込まれた刺客《しかく》です。クラウスがクーデターを起《お》こしたのにも関《かか》わらず暗殺命令《あんさつめいれい》が出なかったのでおかしいとは思っていたのですが、まさか私のことまでお忘れとは・・・」

 デネブは悲しそうな顔をした。


 カイン、本物のカイン、あんたはとんでもない奴《やつ》だ。いとこを殺そうと暗殺者《アサシン》を送り込んでいたなんて。カインって本当に優しい奴だったの!?とんでもない悪党《あくとう》だったんじゃないの!?


 「分かりました。デネブ、一旦《いったん》、暗殺《あんさつ》の件《けん》はキャンセルでお願いします。」

 「カイン様、なぜ!?」

 デネブがすがりつくように言った。

 「一旦《いったん》、キャンセルで。キャンセル!キャンセル!キャンセル!」

 デネブ、こいつはヤバい。クラウスに正体《しょうたい》を知られたら、私もこいつもアウト!今度こそ処刑台《しょけいだい》送りだ。

 「私はしばらくここにいるので、暗殺ではなく、私の護衛《ごえい》と特訓《とっくん》をお願いします。暗殺の件は私がディアボロに戻る時に改《あらた》めて・・・」

 我ながら訳の分からないことを言っていると思う。この場を凌《しの》ぐだけで何の解決《かいけつ》にもなっていない。一体何で本物のカインはデネブにクラウスの暗殺《あんさつ》を命《めい》じていたんだ?

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