第十一章 偉大なるグランマ・ローズレッド
第十一章 偉大なるグランマ・ローズレッド
「失礼カイン、マリウス王子を探していて・・・」
そう言って執務室へアベルが入って来た。マリウス王子は私の首に絡めていた腕を外してパッ離れた。
「おや、マリウス王子ここにいらしたのですか。シリウス王子とヴラド卿が探しておられました。」
アベルが言った。何も知らないアベル。ライバル視していたが、もう違う。この男が憐れに見える。君の上司は悪魔なんだよ。君も悪魔かもしれないけど。
「分かった。行くよ。」
マリウス王子が何食わぬ顔でそう言った。私も一緒について行こうとしたが、アベルが制止した。
「カイン、今すぐ屋敷に戻った方がいい。おばあ様がドラキュラ公国から出て来ているそうだ。」
「おばあ様?」
「記憶喪失だから忘れているんだろうが、昔からおばあ様が来たと言っては飛んで屋敷に帰っていた。理由は知らないが帰った方が良いのでは?」
アベルが言った。もはやこの男が親切な男に見える。
「ありがとう、アベル。すぐに屋敷に戻ることにします。」
私はそう言った。マリウス王子が私たちの会話を怪訝そうな顔で見ていた。私がアベルに親しみを感じていることに勘づいたようだ。変なところに勘が働く。厄介なボスだ。
「カイン、おばあ様に会って来るといい。でもすぐに僕のところに戻って来るんだ。」
マリウス王子が独占欲むき出しの視線を向けて言った。
「分かりました。」
とりあえずそう返事をした。嫌ですとは言えない。
行き交う兵士たちにヴラド卿の屋敷はどこですかと尋ねて、ようやく自分の家に辿り着いた。帰ると、使用人らしき女が血相変えて私の腕を引っ張り、白髪の女の前に突き出した。使用人は屋敷の主が誰だか忘れてしまったのだろうか。私はヴラド卿の令息だぞ。ずいぶん手荒な扱いじゃないか。
「遅かったわね。カイン。」
白髪の女が言った。
「あの、あなたは?」
私は尋ねた。
「記憶喪失というのは本当のようね。私はローズレッド。ただのローズじゃない。深紅の薔薇、ローズレッド。あなたの祖母よ。」
それがローズレッドとの出会いだった。その立ち振る舞いからすぐに強い女だと分かった。
「突っ立ってないで手伝ってくれる?」
ローズレッドが言った。何やら暖炉に向かって導火線のようなものに火をつけようとしているところだった。
「あの、どうすれば・・・」
「私は耳を塞いでいるから、あなたが火をつけてちょうだい。」
「分かりました。」
私はローズレッドが差し出したマッチを受け取ると、擦って火をつけた。暖炉に顔を出すこの導火線に火をつけたら何が起こるのか想像もつかないが、やるしかない。私の祖母だし、酷いことはしないはずだ。たぶん。期待は裏切られる。さっき学んだ。
導火線に火をつけると、暖炉の壁の奥にあった小さな穴を通じ、壁の向こう側へと火は走って行った。壁の向こうに一体何があるのだろう。
「離れなさい。危ないでしょ。」
背後からローズレッドが言った。振り返った瞬間、ドーンと爆発音がした。
暖炉から灰が噴き出して来た。
「ヤダ。お部屋が灰だらけ。」
ローズレッドが空中を浮遊する灰を払いのけながら言った。私は何が起ったのか分からずフリーズしていた。
「これで証拠隠滅成功ね。」
「おばあ様これは一体・・・」
「ノンノン。私のことはローズレッドと呼んで。」
「ローズレッド。」
「そう、それでいいわ。この爆破は秘密の通路の存在を消すためにやったのよ。カイン、あなた執務室にあった秘密の扉を開けたわね?あの扉は城の外にも通じていたけど、この屋敷にも通じていたの。だから爆破して潰した。悪用されて、誰かがこの屋敷に忍び込んだら困るでしょ。」
ローズレッドはそう言いながらソファーに座った。
「お一人で準備なさったんですか?」
「そうよ。あなたのパパもママも城に出払っていて、私しかいなかったのよ。」
ローズレッドは女優のように前髪をかき上げた。
「なあに?私みたいなおばあちゃんにはできないと思った?笑わせないで。私はあなたより若い時から修羅場をくぐって来たのよ。」
ローズレッドは貫禄たっぷりにそう言った。
「あなた、今回は大活躍だったそうじゃない。なのにその情けない顔は何?」
ローズレッドが腕を組んで言った。
「あなたはドラキュラ公国大公の甥で、国宝級の美男子。生まれながらの勝組よ。憂うことなどあって?ライバルたちは生まれや育ちであなたには敵わない。頭脳明晰で将来が約束されている。年頃の娘はあなたに熱い視線を送って気を引こうと必死。あなたは最高のスペックを持った男なのよ。」
ローズレッドはそう言った。彼女の言葉が私に自信を与えた。そうだ。私は私がなりたかった私になったんだ。最高の男に。
「あら、顔つきが変わったじゃない。そうよ。その顔よ。いつもそうやって堂々《どうどう》としていなさい。あなたは全てを持っているんだから。」
ローズレッドは満足そうに微笑んで言った。
「はい。」
私は大きく頷いた。
「さてと、本題に入りましょうか。」
ローズレッドは長い足を組んだ。
「魔王アルデバランは生きているけど瀕死の重体。目覚めるか分からないわ。今、この城には二人の王子がいる。どちらを次の魔王にするべきかしら?」
ローズレッドが小首を傾げて私に尋ねた。
「マリウス王子は止めた方が宜しいかと。」
「どうして?あなたに懐いているんじゃないの?」
「それは・・・」
「女だとバレた?」
ローズレッドが鋭い勘を働かせた。
「私が女だって知っていたんですか?」
「当たり前でしょ?家族なんだから。あなたが立派な貴公子に見えるように指導したのは私だし。忘れちゃったんだろうけど。それにしても厄介な相手に知られたわね。あのマリウス王子は可愛い顔をしているけど毒のある子よ。」
ローズレッドは頭を抱えて言った。
「やっぱりそうなんですね。」
私は向かい側のソファーに崩れ落ちた。
「何か言われた?」
「魔王はマリウス王子に毒を盛られたんです。それを防ごうとしていた私も頭を殴られ川に捨てられました。」
「本当にやることが悪魔ね。でもなぜ戻って来たあなたを傍に置いているの?普通また殺そうとするわよね?」
「私のことが好きだと言っていました。カミラに戻って妃になれと。」
「それはいいわね。」
「え!?」
ローズレッドが妃の話に乗り気になった。
「一つの手として取っておきましょう。あなたがシリウス王子を手なずけられなかったら、マリウス王子の妃として魔王となった王子を陰で操り、この世界を牛耳るのよ。」
ローズレッドは真剣だった。
「シリウス王子に賭けたいと思います。」
私は言った。
「いいわよ。好きにしなさい。でもシリウス王子につくなら王道だけど宰相の座を射止めてもらわないとね。シリウス王子を慕う者は多いわ。競争率はマリウス王子よりも高い。覚悟なさい。」
ローズレッドはそう言った。カインがこの人が来訪を聞きつけて飛んで駆けつけた理由が分かった気がした。ローズレッドは一族のブレインなのだ。




