第十章 クレイジー・プリンス
第十章 クレイジー・プリンス
「魔王を殺したのは僕。」
執務室に着くや否やマリウス王子がそう言った。
「え?」
「正確に言うと、殺し損ねたから未遂だけどね。」
王子はそう言った。耳を疑う衝撃の告白だ。
「魔王が僕を後継者にって遺言を残したからもう用済みになったんだ。だからカインに魔王を殺してって頼んだんだけど・・・カインはやってくれなかった。それどころか魔王に告げ口した。」
マリウス王子は可愛らしい顔のクリクリの瞳で私を睨んだ。
「あの日・・・魔王が倒れた日、僕は部屋に隠れて見ていたんだ。カインが告げ口するところを。もう見るに堪えなくて・・・!二人が話しているところに割って入って、魔王に無理やり毒を飲ませたんだ。」
マリウス王子はそう続けた。悪びれる様子はなかった。
「もう歳だからね。口につっこんで押さえつけたら簡単に飲み込んでくれたよ。それからカインの頭を陶器の皿で殴って、川に捨てた。まさか記憶喪失になって戻って来るとは思わなかったよ。」
マリウス王子はそう言った。まさかこの王子に殺されていたとは。自殺したんじゃなかったんだ。
「カインがいつものように執務室に現れた時は本当に驚いたよ。来ないはずなのに、いつものようにひょっこり現れたんだ。何もなかったような顔をしていつもように授業を始めた。気味が悪くて、さすがにこの僕も震えたよ。」
マリウス王子はそう言って、まるで化け物を見るような目つきで私を見た。
「その上カノープス兵に連れて行かれそうになった時には助けてくれた。兵士の頭をかち割って。あれは何?僕へのオマージュ?」
王子は人を嘲るような、忌み嫌うものを見て苛立っているような複雑な顔で言った。
「まあ、それはもうどうでもいい。」
王子は吐き捨てるようにそう言うとため息をついた。
どうでも良くない!人を殺しておいて、その言いぐさはない。可愛い顔してとんでもないガキだ。
「きっと僕たちは運命なんだ。」
「はあ?」
「僕はカインのことが大好きだよ。カインも僕のこと好きでしょ?」
マリウス王子はそう言った。脈絡がないし、私、カインは男だ。いや、王子は美男子が好きなのかもしれない。これだけ見目麗しい男なら男色に走るのも無理からぬこと・・・じゃなくて、王子の話が明後日の方角へ行っている。なぜカインを好きとか言い出すんだ。
「マリウス王子、お話が飛躍しすぎていて、私の理解が追い付かないのですが・・・」
私はイカれ小僧と罵りたいところだが、相手は王子。ぐっと堪えてそう言った。
「カイン、カミラに戻りなよ。そしたら僕のお妃様にしてあげる。」
マリウス王子は確かにそう言った。王子はカインが本当は女だと知っている。家族しか知らないんじゃなかったの!?パパさん、ママさん、どういうこと!?
「僕が気づいていないとでも思った?靴は厚底、喉仏がないのを隠すためにいつも襟を立てているし、毎月決まった日になると具合が悪くなる。どう見たって女じゃないか。」
マリウス王子は自分が優位にあることを知っていた。だから魔王の暗殺未遂の犯人だと告白しても余裕の笑みを浮かべていられるのだ。
「大丈夫。僕とカインは一心同体。」
一心同体じゃない。一蓮托生だ。死なば諸共ってやつだ。
「カインが二度と裏切らなければ王座は僕のものだし、カインは僕のお妃様だ。僕って優しいだろう?」
幼顔に悪魔の笑みが浮かんだ。
ああ、そうだ。そうだった。こいつは悪魔だ。可愛い顔していても悪魔は悪魔。人を食い物にして己の欲を満たす奴なんだ。
「僕は殺し損ねた魔王を始末して、次の魔王になる。でもその前に目障りなシリウスを殺す。ちょうと城にいるし、カイン、殺して来てよ。」
発言が狂気じみている。健全な思考回路じゃない。
「返事は?」
「・・・・」
「また裏切るつもり?」
「・・・・」
「いい話なのに。僕はカインのことが大好き。カインも僕のことが好き。邪魔な二人が消えれば二人共ハッピー。まるでおとぎ話の王様とお妃様だ。」
お妃様になる女に父と兄を殺して来いなんて言うおとぎ話なんて聞いたことがありません!
「ねえ、カイン。」
マリウス王子がそう言ってにじり寄って来た。
「僕が暴走したらどうなると思う?」
マリウス王子は耳元でそう囁いた。
「別に自分の手で魔王やシリウスを殺してもいいんだ。実際魔王はやったし。失敗したけど。」
じゃあ、そうしてくれ。私のことは巻き込まないで。
「僕はカインの愛の証が欲しいんだ。僕のことが好きだっていう証。」
好きじゃない~!
「僕を裏切った君を許してあげるよ、カイン。だから魔王とシリウスを殺して僕への愛を示して。」
マリウス王子はそう言って私の首に手を回して来た。
「やっぱりカインがいないと僕はダメなんだ。他の誰を手にかけても何にも思わなかったけど、君だけは違った。川に捨てた時、後悔した。生まれて初めて泣いたよ。僕は何をするか分からない。僕はカインがいなかったら何をするか分からないんだ。だから一生傍にいてよ。」
マリウス王子はそう言って背伸びをして私にキスをした。それが誓いのキスであるかのように。
冗談じゃない。一生この王子の子守をするなんて御免だ。私は決意した。転職だ!




