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ヒヒイロカネ 1

長野県大町市 甲信研究所千人塚研究室

好きなことをしながら飲むコーヒー……はぁ、素晴らしい!

たまった案件を全て片付けて趣味に没頭するこの時間のなんと得難い事だろうか!

3DCADを用いてmk.8用ドリルのデザインを改良していると、難しい顔をした小笠原ちゃんが帰ってきた。

「お帰り! 眉間に皴寄ってるよ?」

「合金の組成を見直して……タングステンの含有量を……いや、それだと弾体の粘りが……いっそ重量を……いやいや、圧力の問題も……」

無視……うん、集中力が凄いね!

「そもそも硬度と重量が……弾着時の運動エネルギーを……初速を……いや、これいじょ……うわぁっ!」

置いてあった椅子に引っ掛かってスッ転んだ。

「いったぁっ!!」

その拍子に小笠原ちゃんが持っていたケースが私の顔面に直撃する。

……私が一体何をしたと?

「あ……あれ? 博士……? ここで一体何を?」

「こっちの台詞だって……ここ私のオフィスだよ?」

とんでもない勢いで直撃したハードケースは私の頸椎と頭蓋骨を容易く粉砕した。

小笠原ちゃんにばれない様に頬杖をついて誤魔化しつつ返す。

「あ……ごめんなさい!考え事してて……」

「集中するのはいいけど周りには気を付けなよ? 怪我しちゃったら馬鹿馬鹿しいでしょ?」

「はい……」

とりあえず首がくっついたのを確認して、ケースを拾い上げる。

黒ラベルのセキュリティケース

主任研究員が持つには不相応だが……

「これ……どうしたの?」

「あ……ええと……理事会からの指名で……ごめんなさい! これ以上は話せないんです!」

まあ、そりゃそうか……黒ラベルだもんなぁ……うん、正しい反応だ。

「悩んでたのはこれの事?」

私の問いに小笠原ちゃんは曖昧に微笑んで答える。

「どれどれ……」

取っ手を持って私のIDを差し込む

「いや、黒ラベルですよ? 流石に赤IDじゃ……え?」

甲高い電子音とともにロックが外れた。

「え? え? 何をしたんですか?」

「何って……何が?」

「だって、博士のID赤じゃないですか!」

小笠原ちゃんが言うのは情報管理権限の話だ。

セキュリティケースは指定封緘とは異なり、ラベルの色に対応した情報管理権限保有者であれば誰でも開ける事の出来るものだ。

職員のIDカードはそれぞれの情報管理権限に対応した色になっており、私のIDは黒より一個下の赤

本来は案件ごと個別の黒ライン指定を受けなければ解錠は出来ないが、そこは『機構』最古参職員だ。色々と便宜は受けている。

「まぁ色々あるのよ、大人の事情ってやつが」

「……はぁ」

いまいち納得していない様子だがそれもそうだ。本来であれば『機構』の情報保全体制はかなり厳格である。

「まぁいいです……どうせ行き詰まっていたところなので……」


小笠原ちゃんの説明とセキュリティケース内の書類の内容を総合すると、なんの事はない。新型兵器の開発依頼だ。

Mk.8用の小型超伝導磁気加速・高圧ガス噴進複合弾体投射システム、略称としてEMGLの大型版との事で、システムの開発者である小笠原ちゃんに白羽の矢が立ったのは必然だろう。

だが問題は……

「なにこの性能要求……」

「ですよね……」

1.日本海側から上陸を企図するゴジラに対して放射火炎の射程外から致命的損害を与えうる事

2.対地・対空両用とし、各方位より飛来するガメラを敵射程圏外より撃墜しうる事

3.目視限界距離を飛行するモスラに対して60%以上の命中精度を発揮する事

4.大気圏外より飛来するキングギドラに対して四基の砲台を持って優勢な火力戦闘を遂行可能である事

いや、まあもちろん私だって考えたことはあるし、他の博士と暇な時間にこういう事を話したりはするが……

「理事会……大丈夫かな?」

「うーん……どうでしょう?」

装備開発ということであれば具体的な数値目標を示して貰わなければ困る。

それが『北アルプス重要防護圏』の防衛において重要な役割を果たすというのであればなおのことだ。

一応『各仮想敵の能力は東映最新作にそれぞれ準拠する』とは言うものの、随分な無茶ぶりである。

装備開発は遊びではない。理事会はその事を分かっていないのだろうか?

仕事は悪のりでやるもんじゃない。

しっかり真面目に取り組むべきだ。

「あれだったら私から十河理事に抗議しとこうか?」

「あはは、そこまでしなくても平気ですよ! 仮想敵の脅威分析は終わってますんで」

「仕事がはやいね……」

というかだいぶノリノリだ。いや、まあ気持ちは分からなくも無いが……

「じゃあ一体何で悩んでたの?」

「理事会の要求を充たすだけの出力に耐えられる弾体の素材が無いんですよ……」

そういうことか……なにせキングギドラと正面から火力で殴り合わなければならない上に、ヒラヒラと舞い踊る様に飛ぶモスラを超長距離から仕留めなければならないときている。

対するこちらは電磁投射砲、俗に言うレールガンがベースになっている以上、純粋な運動エネルギーを底上げする事で対抗するのが王道だ。

理論上は亜光速まで弾体を加速させうるテクノロジーではあるが、それはレールと弾体に理想的な強度があればの話である。

速度表皮効果による自己インダクタンスの増大はレールガンの開発を行う技術者を悩ませ続けている。

「今はどんな弾体を使ってるの?」

「タングステンベースの合金で考えてはいるんですけど……どう頑張ってもプラズマ化しそうなんですよね……」

「マグネシウムは? 最近いいかんじの合金が出来たって聞いたけど」

「計算はしてみたんですけど……やっぱり無理そうです」

そうなってくると通常の金属では難しいのではなかろうか……いや、まあ小笠原ちゃんくらいの天才なら革新的な合金を独自に開発する可能性も無いでは無いが……

「超電導機構があるなら、いっそ長砲身のコイルガンでも良いんじゃ無い?」

「対地だけならそれでもいいんでしょうけど……対空も考えると砲台が隠しきれませんよ……」

あくまで北アルプスへの設置が要求されている以上は登山客の目に入らないように秘匿する必要がある。

あまり巨大な砲身ではそれも難しい。

そうなるとやはり弾体の素材の見直しと弾体の冷却が必須だろう。

「黒ラベルならオリハルコンでも輸入して貰えば?」

「オリハルコンって……絶対無理じゃないですか」

まあ、そりゃそうか……

大西洋で漁獲されるオリハルコンならばと思ったが、日本はアメリカから禁輸対象に指定されている。

私も過去に数回オリハルコンの原料になる巻き貝を見た事があるが、かなり独特だった。

海洋資源が豊富な太平洋でも類似のモノは見つかっていないので諦めるしか……

ん? 待てよ……

「ねえ、あれは試した?」

「あれって何です?」

超常の金属、非常に高い熱伝導性を有しながら高温下でもほぼ超伝導に相当する導電性を持つ物質

オリハルコンが大西洋の特産品であるのに対して、この国でしか産出されないとびきりの希少鉱物

「ヒヒイロカネ!」


新潟県 糸魚川市

小笠原ちゃんとそんな話をした二週間後、私達は国道148号を北上して遥々新潟県に来ていた。

暴れ川として有名な姫川水系の流域である。

神代の頃、その流れの激しさにウンザリした奴奈川姫が厭い川(うぜえ川)と言ったのが糸魚川の語源とも言われるほどに急峻な地形の土地だ。

「今日はありがとうございます」

「いえいえ、博士とうちの人の為ですから」

長野支部随一の才媛である佳澄さんはうちの田島君の奥さんだ。

肉体的にも精神的にもマッチョな田島君とは大分タイプが違うが、夫婦仲は実に良好で見ているだけで幸せな気分にさせてくれる。

十河の爺さんから理事会を説得して貰ってうちの研究室を新装備開発の駒要員として貰い、長野支部の面々にはフロント企業の一つである松代土木から重機とダンプを持ってきて貰い……結構大規模になってしまったがこれで事前の準備は整った。

私も今回は諏訪市まで出向いて根回しをしたりと、結構頑張ってしまった。

「それじゃあちょっと挨拶してきますから、佳澄さんに小笠原ちゃん達をお願いしても良いですか?」

「ええ、もちろんです」

流石は支部で科長(幕僚)を勤めているだけあって話が早い。

色々事情の入り組んだこの場所について詳細を把握してくれている人がいるのはありがたいことだ。

佳澄さんと別れて林内へと分け入っていく。

特に目的地があるわけではない。

どのみち向こうも事情は分かっているのだ。人目がなくなりさえすれば……

「よくも再びこの地に足を踏み入れようなどと思えたものですね、火国惣夜比売」

こうして向こうから出向いてきてくれる。

「お久し振りです。奴奈川比売命」


「そういえば、博士はなんで柄にもなくちゃんとした格好をしてたんでしょう?」

ダンプから重機を卸し終えた小笠原研究員が傍らにたつ諏訪医師に尋ねる。

彼女らの上司である千人塚博士はあまり身嗜みに気を使う方ではない。

そんな博士が礼服を……それも明らかに土木作業をしようという状況でのそれに、彼女は疑問を抱いていた。

「ああ見えて博士は礼儀正しい方ですよ?」

「そうなんですか? 意外です……」

「……それ、本人には言わないようにしてあげて下さいね」

苦笑しつつ言った諏訪医師は少し何かを考える様な素振りを見せた。

「どうかしました?」

「いえ、小笠原さんはヒヒイロカネについてどの程度ご存知なのかと」

「古いアーティファクトに使われている日本固有の鉱物ですよね? 組成は金を多く含むケイ素酸塩鉱物で金属というよりはナトリウム輝石、というかヒスイ輝石に金が混ざった様な物だと……あとは事案的特性の部分位しかわからないです」

「流石は大瀬博士のところに居ただけの事はあります。よく勉強していらっしゃる」

では、と諏訪医師は続ける。

「ヒヒイロカネの起源については?」

「起源ですか……いえ、そういえば知らないです」

アーティファクトの素材が単に翡翠輝石であれば個別の分析も行うだろうが、ヒヒイロカネという超常の特性を有する鉱物を素材として用いているとなればそこが研究の起点になる。

それ以上遡るのは『事案』対応の形としては正しくないだろうし、研究対象としても彼女の専門ではない。

「信仰や神格……小笠原さんにとっては少し退屈な話かもしれませんが」

博士が戻るまでの慰みに、と諏訪医師は語り始めた。

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