大切な記念日 【5月15日 番外編】
今日はなんの日?ということで短編です
予想しながらお楽しみ下さい。
静岡県 伊豆の国市
その異常が確認されたのは、深夜0時の事だ。警察からの報告で中部研究所が現状を確認、被害の大きさ、波及影響の大きさから、甲信研究所に緊急出動要請がかかり、偶然所内で酒盛りをしていた私達が派遣された。
「いや…こんなに酔っ払いを引き連れて何をしろと?」
「いやいや、酔っ払ってなんかないれすってばぁ!博士ったらおちゃめなんれすからぁ!」
「小笠原ちゃん!邪魔しないで!事故る事故る!」
呂律の回っていない小笠原ちゃんが頭をペしぺし叩いてくる。
現場は三島市近郊の山中らしく、ヘリで近くに降着した後、中部研究所に車を借りて現場に向かっているのだが、残念な事に私以外は見事にへべれけだ。ペーパードライバーの私がハイエースなんてデカい車を運転する事になろうとは…
本来機構には、アルコールによる影響を緩和する緊急用の薬剤があるのだが、今日に限って在庫切れ…諏訪先生が在庫のある静岡支部に取りにいってくれてはいるが、このままだと合流する前に事故って死にそうだ。
「博士!俺に任せて下さい!!どんな事案が来ても俺のガンさばきでイチコロです!」
「ちょっと!大嶋君!銃しまって!」
大嶋君…一等主任になってから大人しくなったと思ったが…相変わらずの問題児だ。そもそも彼は飲み方が汚い
諏訪先生の到着まではこの二人と私だけか…不安でしょうが無い。
どうにか数カ所擦った程度で現地に到着し、冷ややかな目で見られながら詳細の説明を受ける。
封鎖線の内側大凡10mの位置から先に半径300mの範囲で言語による意思疎通が不可能になっているということらしい。
「効果範囲の中心には何か特異な物はありますか?」
「はいっ!ドリフトが得意れーす!」
「はーい、一旦黙ろうねー」
「そちらの方達…」
「本当すいません…すぐにうちの人間が酒抜き剤持ってきますんで、気にしないで下さい」
「はぁ…ええと…報告では廃墟が一軒あるそうです」
「廃墟?」
「あはは!はかせんちらぁ!」
「…え、ええ」
「うっぷ…ぎぼちわりぃ…」
「大嶋君!吐くなら森ん中!」
「あいまむ…」
「済みません…続けて下さい」
言語による意思疎通ならここでも十分に阻害されている。そうか、こいつらが『事案』か!
「えっと…そうですね、三十年前まで夫婦が住んでいたようですがその夫婦がそこで強盗に襲われて亡くなってからはそのままだそうで」
「なるほど…曰く付きの物件というわけですね」
「ええ」
「それではちょっと見に行ってみますか」
「え…行かれるんですか?そのお二人と?」
あー…そっか…えらい足手まといだ。だが…
「まあ…置いていく訳にもいかないので…そういえばこの辺りで他に妙な事は起きていないんでしょうか?」
「と、言いますと?」
「『事案』があるにしても、いきなり過ぎるような気がして…予兆の様な物があれば手掛かりにもなりますし」
漠然と原因を探すなら、できる限り手掛かりは多い方がいい。
「特には…この辺りは最近大きな道路と住宅地が出来たばかりでつい最近までずっと山の中だったので…」
「そうですか…」
手掛かりは無しか…
「あの…すいません…」
「はい、どうしました?」
声をかけてきたのは警察庁警備局の職員だ。
「自分、この辺りの出身で…この廃墟の噂なら聞いたことが…」
「本当ですか?」
「はい…何でもこの時期になるとねこが集まってくるとか、春はイノシシの住処になるとか、秋頃は野犬が増えるから近寄るなとか…まあ他愛のない噂ばかりで…」
いや、大きな前進だ。
「いえ、非常に参考になります」
ということで二人をロープで括って、中部研究所職員とともに現場へ向かっているのだが。
「単冠湾擬き脂身触りモグラカナブン白蛇が」
なるほど、こりゃ無理だ。恐らく接続詞含めて全ての語彙がランダムで変化しているらしい
ちなみに彼には
「本日は晴天なり 本日は晴天なり」
と言って貰っている。合図をしたら言うように予め頼んであるのだが、今のところパターンは無いらしく、単語と認識している語彙の数が原文と同じなだけであとは完全にランダムだ。
おまけに厄介なのが言っている本人には自覚が無く、しっかりと元の言葉を言っているつもりなのだ。
一応影響範囲外からの音声は正常に聞き取る事が出来ること、そもそも口の形が変化後の言葉の形になっている事から、一種の発話障害であると推測できる。
手話までめちゃくちゃになるのは恐ろしいが…とにかく言語という言語全てが対象の様である。
そうこうしているうちに、廃墟に到着した。
「くまばち阿児町漠然が鶏肉…あははははぁ~!」
「シマウマ…うっぷ…」
どうやら語彙以外は影響を受けないようだ。何を言っているのか笑い転げている小笠原ちゃんと真っ青な顔の大嶋君…一応役にたったのか?
二人を無視して廃墟に入る。
壊れたテーブル、壁には止まった時計、朽ちかけたカレンダー…色々書き込みがしてある。
前半に×印、赤い丸で結婚記念日…×印は結婚記念日前々日で止まっている…まあ、そういうことなんだろう。可哀想に…
随分と几帳面な夫婦だったのだろう。恐らく事件は1月におきた様だが、捲ってみると12月まで記念日やふざけた様な〇〇の日という記入がある。
(11月11日は犬の日?ワンワンワンワンってこと?ふふっ)
この夫婦が楽しげに二人で書き込んでいる姿を想像すると、胸が締め付けられる様な思いである。
(もしかすると…)
再び5月を確認する。
5月5日鯉のぼりの絵がある、5月15日…ああ、なるほどな…そういうことか…
中部研究所職員に指で戻ろうと合図を送る。
酔っ払い二人を引っ張って、私達は封鎖線を出た。
封鎖線の外では諏訪先生が待っていた。
「博士…無茶しないで待ってくれていたらよかったものを…」
「あはは、ごめんごめん。ただ分かったよ」
「『事案』ですか?」
「多分ね」
計測機器は最低限しか携行できなかったので、断言こそ出来ないが、位置から見てもまあ十中八九あれで決まりだろう。
「それで…収容は出来そうですか?」
中部研究所職員が聞いてくる。
「はい、経路とか日程とかちゃんと調整すれば安全に運べるはずですよ」
「それでは早速…」
「いや、今日はよした方が良いと思います?」
「というと?」
「今回の事案は多分廃墟にあったカレンダーですから」
「カレンダー…ですか?」
廃墟のカレンダーには2月22日ネコの日、3月3日耳の日、4月4日イノシシの日…のようなこじつけ記念日が沢山書いてあった。
その記述が、出発前に聞いた話によく似ていた。
「それだけで…ですか?」
「それと、多分あそこに住んでいた夫婦は記念日を大切にする夫婦だったみたい。でも、楽しみにしていた結婚記念日前々日に殺されてしまった。これは推測だけど、夫婦のどちらかが行使期のPSIだったんだと思う。それもかなり強力なね…その精神エネルギーがカレンダーに影響を与えて『事案』化した…」
残留精神エネルギーは特に強い感情によって色濃く残る。きっと悔しかったのだろう。悲しかったのだろう…
「16日は特に書き込みが無かったから、明日になったら精神エネルギー測定を試してみて」
中睦まじい夫婦の望まない最後…その命の残り香が、今も二人の大切な記念日を独り静かにこの世界に刻みつけている。
なんともやりきれない事案だ。
「そうだったんですね…ごめんなさい…全く覚えて無いです」
「同じくです。ぼんやり森の中で吐いてた記憶はあるんですけど…」
夕方ごろ起きてきた二人に状況を説明した。
この頃にはうちの面々も揃ってきており、封鎖線維持への協力や、16日になった瞬間から始まる本格調査及び甲信研究所への移送の準備を進めている。
「まあしょうがないよ、四人とも今日はお休みの予定だったし…むしろ休日出勤させてごめんね?優先的に振休取れるようにするから好きな日言ってね?」
「まあ、やることも無かったんで」
「それよりそのカレンダー…今日のところにはなんて書いてあったんですか?」
「『話しても分からない日』って…なかなかにブラックなユーモアの持ち主だったみたいだね」
「あぁ…なるほど…ブラックですね…」
「…どういうことですか?」
対照的な二人…そういえば小笠原ちゃんはそういう子だったね
「5・15事件ですよ…コーヒーどうぞ」
諏訪先生がコーヒーを持ってやって来た。
「聞いた事があるような無いような…」
「まあ、調べてみなよ…」
泥水の様なブラックコーヒーを飲みながら、思う。
会ったことも無いあの夫婦の死出の旅が、二人で歩くものでありますように…と
戌6e-0515『大切な記念日』
甲信研究所 主幹研究員 千人塚由紀恵
5・15事件の際
「まあ待てまあ待て、話せば分かるじゃないか」
当時の犬養首相はそう言って青年将校を宥めようとしましたが
「問答いらぬ!撃て!」
と、凶弾に倒れる事となりました。
昔Twitterで
「5月15日は話しても分からない日」
という投稿を見ました。
この事件を題材にしたブラックユーモアでしょう。その事を思い出したので、短編にさせていただきました。
不謹慎かも知れませんが、今のように息苦しい世の中こそこういう感性は忘れずにいたいものです。




