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ロマン>実用性【発明の日記念番外編】

今日は明治18年4月18日に『専売特許条例』が交付された事を起源とする『発明の日』です。


長野県大町市 独立行政法人環境科学研究機構 

甲信研究所 技術課第3装備試験室

「小笠原ちゃん、計器はどう?」

「オールグリーンです!」

「諏訪先生、現状での破断は?」

「無しです。いつでも試験に移れます!」

「大河内くん、システムは?」

「完璧です!」

「大嶋君!準備は?」

『出来てますけど…本当にやるんですか?』

試験室内の大嶋主任調査員が本日何度目か分からない確認をする。やらない理由がどこにあるというのか?

「やるよ、せっかくここまで協力してくれた大嶋君が満足できる結果になってるはずだから安心して!」

まあ、機構内でも精鋭の呼び声高い彼の事だ。装備などに頼らなくとも強いという自負の現れだろう。

しかし、今回私達が作り上げた装備はそんじょそこらの装備品とはモノが違う!

人工筋繊維と超高効率の蓄電装置、極小のサーボモーターをこのためだけに新規開発し、機械工学と生体工学の新たな融合点とも呼ぶべきパワードスーツを作り上げたのだから!

パンチ一発で装輪装甲車を転覆させる程のパワー、130kmphで六時間連続走行が可能なスピードと電源容量、ありとあらゆる既存の生命体を凌駕する程の敏捷性、モジュール化された各種装甲及び防御システムと武器の仕様が可能であり、それらを制御しつつ使用者による判断に誤差±0.002秒以内で追従する一連のアビオニクスは大河内主任高度情報管理員の作品である。

このmk.8機動装甲システムは、先日一足先に正式採用になった緊急高速度補給投射システムとともに、これからの機構の調査員の活動を格段に進歩させて行くはずだ。いや、確実にさせる!させなきゃおかしい!!

「ということで、着用してみた感想は?」

『多少圧迫感はありますが違和感は無いですね、着脱が容易なのもいいと思います』

「そこは出来るだけこだわったからね!空調も完備だよ!」

ペルチェ素子を用いた空調システムはハンズフリーで操作が可能だ。他にも陰圧・陽圧切り替え、除湿・加湿、自動密閉機能等々、快適なだけでは無く、研究所と同等レベルの多機能空調システムだ。

圧迫感については長期着用を念頭に人工筋繊維による血流補助システムが装備されているので多少は仕方が無い。

『ただ…』

「ただ?」

『このド派手なカラーリングは一体…』

…?ああ、そういうことか!まったく、意外と常識無いんだから…

「ワンオフの試作機はトリコロールカラーって、昔から相場が決まってるんだよ!」

『はあ…』

まあ、仕方の無いことだ。彼の専門分野では無い。

このmk.8は最高の技術を全部盛りにした機体なだけあって、お値段もかなりの物だ。量産するとなればもう少し性能を落とした物になるだろうから、その時はロービジ塗装を施す予定である。

「着用感に問題が無ければモジュールの動作テストをしたいから予定してた順番で装備して」

『いきなり武装のテストですか?!先に本体性能をテストした方が…』

「大嶋さん!本体のギミックは後でしっかり魅せますから!」

『ギ…ギミック…?』

焦れったくなったのか、小笠原ちゃんが割り込む。

「まずは、私の子から使ってみてください!」

『…『私の子』ってのはこの小型EMGLってやつですか?』

「そうです!」

小笠原ちゃんの作品である小型EMGLはレールガンとジャイロジェットを複合した新型の弾体投射システムだ。通常のレールガンと比較して大型の弾体を投射できる上、燃費効率も良い。弾種も豊富でいかなる状況にも対応できる傑作だ。

何より肩に装備するというのが本当によく『分かっている』

『ちなみになんですが…試験の順番はどうやって決めました?』

「そりゃ、公平にじゃんけんで」

『はぁ…左様で…』

やっぱり最初は私の作品の方が良かったのだろうか?だがまあ、楽しみは最後にとっておいた方がいいだろう。

じゃんけんでストレート負けしたときはがっかりしたが、そうまで期待されているのなら逆に良かったかもしれない。

そうこうしているうちに、大嶋くんがEMGLの発射準備を整えた。

火器は手動制御も可能だが、今回はシーケンス制御なので大嶋くんがやることと言えば目標の選定とトリガーを引くことだけだ。

「大河内くん、発射シーケンス…ちょっと問題があるね…」

「ええ…こんな大事な事を忘れてしまうとは…一生の不覚です」

『何か問題ですか…?』

大問題だ。

「合成音声でアナウンス入れなきゃダメですよ!多分大嶋さんもがっかりしてます!」

『…撃ちますね?』

気を使ってくれたのだろうが、彼の落胆ぶりはスーツ越しでも分かる。

「大河内くん…ちゃんと次までに用意しておいてね?」

「はい…」

彼は優秀だ。だからこそこの様な盆ミスは残念で仕方がない。

制御室の沈鬱な空気を切り裂くように、EMGLが青い稲妻とともに弾体を発射した。

「すごい…」

「いやはや…ここまでとは…」

「流石、いや予想以上だよ!」

素晴らしい等という言葉では言い表す事は出来ない完璧な出来映えだった。

着色された不活性ガスによって気中放電を誘発し、最小限のロスで発生させた稲妻、本体が後方2mまで押し出される程の反動と、それを押し止めるためのスパイクが床に付けた傷痕…

「ふふふ、ここからですよ!」

「まさか…!」

そのまさかだった。

最後部に設けられた閉鎖器が回転と共に解放されて排莢、それと同時にスーツ本体とEMGLの冷却パネルが開き、白い煙を勢いよく立ち上らせた。

「どうですか?私の自信作は」

「小笠原ちゃん…ありがとう、うちに来てくれて…」

彼女を強く抱き締める。感動だ。今の私の心はそれ以外では表現できそうもない。

諏訪先生と大河内くん、そしてこの場にいる研究員の全員が大きな拍手を彼女に贈る。

おそらく技術への感動になれていない調査員のみんなはその場に立ち尽くしている。無理もない。それほどの出来映えだったのだ。

その後も試験は続く。

諏訪先生の徹甲パイルバンカーや大河内くんの多連装マイクロミサイルシステム、他にもアームガトリング、ホバーユニット、大口径スナイパーキャノン、超高粘着燃料火炎放射器等々…どれも素晴らしい傑作達だ。うちの子達は最早世界の頭脳と呼んでも問題は無いのでは無かろうか?

「それじゃあ、最後の装備行ってみようか!」

『やっとですか…流石に疲れてきましたよ』

「あはは分かるよ、傑作揃いだったからね!」

『ん?』

開発したのは私達だが実際に扱っているのは大嶋くんだ。その感動は見ている私達など比べ物にならない位だろう。

『…リストは合ってますか?なんか一言『ドリル』とだけ書いてあるんですが…』

その言葉に研究員達が一斉に息を呑む。

それもそのはずだ。今まで多くの試作品を見てきたが、そこにドリルはひとつも無かった。

否、正確には作り上げる事が出来なかったと言うべきだろう。

基本中の基本であり、全ての技術者の根幹にある『ドリル』

しかし、それを戦力化しつつデザインに整合性を持たせるのは容易なことではない。事実、うちの子達からも何度かドリルを諦めるという話を聞いてきたのだ。

きっと、悔しかっただろう。成し遂げたかっただろう…その思いを糧に出来るよう、そして進むべき道を定められるよう、彼らに背中を見せること…それが先達として私がやるべき事なのだ!

「博士…まさか…」

「小笠原ちゃん…『成った』かどうかは、その目で判断して欲しい」

大嶋くんが私の作品を装備する。

構成は小型の盾と前腕と握り混みの二点で固定するタイプの回転式ドリルと非常にシンプルだ。

ドリルは極力細く、長く…シャープで現代的なフォルムのmk.8のイメージを崩さないデザインだ。

「…デザインは完璧ですが…あれでは強度が足りないのでは?」

常識的に考えれば諏訪先生の懸念はもっともである。

あくまで常識的には、だが…

「そう思うよね?でもまあ見ててよ」

『博士…いいですかね?』

「ああ、ごめんごめん!」

折角のドリルだ。大嶋くんも待ちきれないようだ。

「それじゃあ、やっちゃって!」

ターゲットは対MBTを念頭に10式戦車の正面装甲だ。

私のドリルの回転数は15000rpm、機械的トルクは120N.m程度と、確かに工業用として考えれば中々のものだろうが、私達が求めるモノには程遠い。

しかし反転方向に対して分子破断力を有する力場を発生させる事により『貫く』ではなく『裂く』事に特化したドリルの革命とも言うべき傑作だ。

大嶋くんが確かめるように数回、ドリルを軽く回転させる。

「どう?」

『もっと捻れてくるかと思いましたが…意外と軽いですね』

「力場が反転トルクになってるからね、拳を突き込む感覚で使えると思うよ」

『それじゃあ、行きます』

最大回転数まで引き上げたドリルを勢いよく突き込むと、一瞬力場の回転方向である左に引っ張られるような素振りを見せたものの、すぐに安定する。

先端から150mmの位置のドリルの刃が目標に食い込んで反転方向に力を加え始めたのだろう。

しかしその安定も束の間、すぐに装甲板を貫通して試験は終了した。

うん、最高の仕上がりだ!

駆動部の冷却もシーケンス通りに問題なく冷却材噴霧と放熱板解放が行われているようだ。

「流石に『分かって』いますな」

「なるほど…発想の転換、ですか…」

「凄い…これが、博士のドリル…」

皆の反応を見る限り評価も上々ということだろう。なにせ私の技術の集大成だ。柄にもなく緊張していたが、一安心というところだろう。

「大嶋くん、どうだった?」

『正直驚いてます。その…こういったモノで10の正面を抜けるとは…』

「ふふふ、ドリルだからね!」

『なるほ…ど?』

「そうそう、今回はまだ平気そうだけど一応刃の交換もやっとこっか」

計算上はどんなに連続使用したところで戦闘間に切削力が低下することはないのだが、計算外が常態化しているのが事案である。対策としてドリルブレードは高速で交換出来るようにしてある。

もちろん、拘りのギミックで…だ。


甲信研究所 千人塚研究室 調査員控室

新型パワードスーツの実験から三日後、県内の事案性事物所持嫌疑者の偵察から戻った大嶋主任調査員が最初に目にしたのは、筋トレ中の藤森主査調査員だった。

「ふっ…ふっ…ふっ…ん?あ、大嶋主任、お帰りなさい!」

「ああ…皆は?」

「週末だから早上がりしていいよって博士が」

「だから仕事携帯通じなかったのか…藤森一等は帰らないのか?」

仕事の後片付けを始めた彼の背後で再びトレーニングを始めた藤森調査員に声をかける。

「ふっ…ふっ…別に…今日は…用事も…無いん…でっ!ふぅ…大嶋主任も仕事終わったら今日は上がりでいいそうですよ」

「そうか、じゃあとっとと所長に報告しに行かないとな」

「事案所持者でしたっけ?」

「スカだったけどな」

彼が支部調査員から聞いていた話では名称記憶を阻害する事案性事物だそうだが詳しく調べてみると、ただ単に当該の調査員が相手の顔と名前を覚えられていないだけという下らない話だった。

「それと、こいつも提出しなきゃいけないからな」

「それは?」

「この間の実験の報告書」

「あー…」

そういえば彼女らもあの場にいたのだったと、大嶋調査員は思い出す。

同時に自分のくじ運の悪さに心中悪態をつかずにはいられなかった。

「まあ、あれだ。あんまり遅くならないうちに帰れよ?」

「いえ、折角なんで主任が戻るまではやってますよ」

「ったく…睡の華でいいか?」

「ざっす!ゴチになります!」

満面の笑みの藤森調査員を背に、彼は所長室に向かっていった。


Mk.8機動装甲システム 報告書

本体部 人口筋繊維を用いたアシストシステムは実戦に耐えうるだけの性能を有しているものと思われる。また、制御システムの追従性も非常に高く使用者は自身の身体を動かすのと同じ感覚で操縦が可能である。

だが、排熱システム等の可動部が強度的に脆弱であり、また必要性の低い可動部も多く配置されているため、基本設計は維持したままで大幅な設計変更を提案する。

武装  使用されている技術は非常に高度であり、先進的な武装システムを構築しうる多数の革新技術は発展改良を念頭に置けば機構にとって有益であると断言できる。

しかしながら、不必要な可動部や視覚効果に多くの電力リソースを割いている現在の仕様では、実戦において多くの間隙を生みかねずに配備は危険であると断言する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

以上の点から、mk.8機動装甲システム及び付属のモジュールシステムの正式化は尚早であり、今後の研究及び再設計、各研究所及び支部調査員の意見を取り入れた実戦能力の高いシステムを行うべきであるという結論に至った。

最後にあくまでも私見ではあるが、調査員の命を預ける装備品である以上、実用性以上に優先されるべき要素は無いと思われる。特に兵器開発にロマンを持ち込むと碌な事にならないというのは歴史が証明しているとおりであり、mk.8システムについてもまず何よりも実用性を重んじるべきだと考える。



甲信研究所千人塚研究室

主任調査員(一) 大嶋潤二

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