【真・猫の日 記念番外編】NNN
2022年2月22日【真・猫の日】おめでとうございます!
それにちなみまして有名な秘密結社『NNN』にまつわるお話でございます
よろしくおねがいします
ねこです
長野県大町市 環境科学研究機構甲信研究所
千人塚研究室
「おはようございまーす!」
今日も元気に小笠原ちゃんが出勤してきた。
いやぁ、華やぐね!
「おはよう、なんか支部から大荷物届いてるよ?」
「支部からですか……? なんでしょう?」
小笠原ちゃんの元に届いた荷物は段ボールで四箱、とんでもない大荷物である。
しかも中身はかなり詰まっている様で、かなりの重さだ。
届いたのが早朝だったせいで究極のインドアコンビである私と大河内くんが受け取りをすることになってしまった。
私はいいにしても大河内くんは腰をやってしまった程だ。
今頃医務室で諏訪先生のモルモットに……もとい、先進医療による治療を受けている事だろうが、これも立派な労災だ。
うん、重いものを持つときはしっかり準備運動をした上で腰ではなく膝を使って腰への負担を軽減しなくてはいけないね! 良い子の皆、分かったかな?
的な書類をでっち上げて提出する必要がある。
この手の労災の報告書は雛型を作ってあるから後で軽く直してとっとと出してしまおう。
「特にヤバい案件とかでは無さそうだけどね……カッター使う?」
「あ、ありがとうございます」
搬送に段ボールを使っているところからもそれは明らかだ。
差出人は調達班名義……普通に考えれば補給品や被服の類いだろう。
しかしここ最近小笠原ちゃんからそれらの支給申請の書類は受け取っていない。
本当にわからない……ミカンのお裾分けとかだろうか?
「あ! なるほどぉ!」
箱を開封した小笠原ちゃんが納得した様に声をあげる。
「なんだったか聞いても大丈夫なやつ?」
プライバシーに関わる物品だと困るので一応聞いておく。
今時は些細な事でハラスメントになってしまうので管理職たる者しっかり気をつけておかなくてはならない。
間違っても旧軍のノリなどするべきではないのだ。
「ふっふっふ……驚きますよぉ……じゃーん! 『ねこです』グッズ!」
「……」
「……あれ?」
いや、まあいいんだけどさぁ……
「なんか最近忙しそうにしてると思ったらこんなの作ってたの?」
「えっと……最近時間も余ってたので……」
「ぬいぐるみにキーホルダー……アクリルスタンド、カレンダー、ノート……これ全部?」
「多分……」
「なぁんだ……言ってよぉ」
「へ?」
「いや、また社畜病が出たのかと思ってカウンセリングの申請出しちゃったじゃん」
小笠原ちゃんの社畜っぷりは最早病気である事は明らかだ。
外傷・疾病云々ということならば諏訪先生に任せるのがベストだが、心の問題はうちの人員にとっては専門外も専門外である。
なので潟医研の臨床心理士チームに出動を要請してしまった。
いやはや、こんな風に肩の力を抜いて過ごせているのであれば私の早合点だったと言わざるを得ない。
「いやいや、博士は心配性過ぎるんですよ! これでも健康には自信あるんですから!」
「多分倒れる寸前までそう言ってそうなタイプだよね、小笠原ちゃんって……しっかし、お店でも出せそうな量のグッズ……どうするのこれ?」
「勿論販売するんです!」
「小笠原ちゃん……仮にも主任でしょ? こんな『ねこです』の情報が詰まったモノ一般販売するなんて申請出したら馬鹿だと思われちゃうよ?」
『機構』内においてある種異常なまでの人気を集めている『ねこです』だが、そもそもPSI能力自体が一般には開示されていない機密情報である。
許可申請の段階で弾かれるのは明らかだが、知性をもって身を立てる研究職種がそんな愚かな事をしたとなれば今後の人事考課にも響きかねない。
天才たる彼女の輝かしい経歴に泥を塗る様な事は上司として絶対に認められる様なモノでは無いのだ。
「何言ってるんです? 一般になんて売りませんよ」
「どういうこと?」
「ほら、博士が使ってる福島支部の探知犬グッズみたいに『機構』内部で販売するんですよ! 長野支部の皆さんも『うちの子が一番可愛い!』って大盛り上がりで」
なるほど……言われてみれば各支部有志が作成した名所・名物のグッズは色々ある。
私も滝谷調査員が贈ってくれたK-9ユニットロゴの入ったマグカップと探知犬カレンダーを使っているのでその事はよく分かっている。
ただ、普通それらはあくまでも同人活動程度の規模感で行われているものであって、いきなり路面店をオープン出来そうな程の規模とクオリティで始めるというのは異例も異例であろう。
少なくとも長くこの仕事をしてきて一度も聞いたことが無いほどである。
「それなら構わないけど……」
「ということで、博士もお一つどうぞ!」
各種グッズをセットで渡してくる小笠原ちゃん
「私はいいや、イヌ派だし」
「えぇ……」
実際のところイヌ派でもネコ派でも無いが、なんとなく滝谷調査員とベルナールの顔が頭にちらついたので遠慮しておく。
探知犬センターと『ねこです』
大規模な派閥抗争になりそうな予感もするので関わり合いにならないのが吉だろう。
「さてと、それじゃあ私はお仕事があるからちょっと開けるね」
時間的にも丁度良いので始業しよう。
ん……? よく考えたら良い機会かな?
「折角だし……小笠原ちゃんも来る?」
『ねこです』の担当者であり、ネコ派だろう彼女なら多分喜んでくれそうな案件だ。
「えっと……どんな案件なんです?」
「うーん……御猫様の接待、かな?」
化け猫、猫又、猫鬼、金華猫に仙狸……東アジアを中心に数々伝わるそれらの伝承だが、実として単一種の事案性実体を表している。
特徴としては伝承通りの二足歩行や現実性-不平衡のエネルギーを用いた物理干渉、人間の補食等々である。
基本的に事案的特性を持たない一般的なネコに複数の条件が重なることで発生する『事案』だ。
伝承の様にただ単に長生きをしたネコが変化する類いのものでは無いが、中国においては道術の成立により生じた歪みの影響で、日本においては歪みそのものとさえ言える『ゼロワン』の影響か比較的ありふれた『事案』であるとされている。
人を喰らう類の『事案』とはいえ、その危険性としてはそれ程でも無い。
物理干渉能力自体は『ねこです』に遥かに及ばない程度であり、比較的優れているとされる認識阻害能力も容易に対処が可能なレベルだ。
そもそも人間を捕食するのも『事案』としてその特性を発揮する為に必要なエネルギーを補給する為に一般的なネコを遥かに凌駕する食料が必要なためである。
主に狙われる子供や老人などは自然界で最も脆弱な対象である。
別に味が好みだとか必要な栄養がそこからしか摂れないという話ではない。
単に手近で手頃な食料というだけの話だ。
野蛮で凶悪な印象を人類に抱かせる彼らではあるが、その知性はホモ・サピエンスと同等かそれ以上である。
そんな彼らが自分達の保護と必要な食料の供給を条件に人間への協力を行う様になったのは必然だろう。
個の人間は捕食対象である。
同時に種としてのホモサピエンスはこの地球上最高位の覇権的生物種でもある。
人間のパートナーとしての最終形態とも呼ぶべきWonderfulOneの様に無条件で最大の信頼を向け合う間柄では無く人類の協力者として
共-0022実例『猫又』
事実上の管理収容状態にあるにも関わらず呼称に脅威度査定符号が付与されない数少ない『事案』である。
彼らが私達にもたらしてくれるのは情報
一般的なネコに対して支配的な立場を有する彼らは広大な縄張り内に暮らす被飼育個体、野猫、野良猫が察知した情報を俗に言うネコの集会経由で吸い上げて報告してくれる。
非公式な愛称としてネットミーム由来の『ネコ・ネコ・ネットワーク』で呼ばれるその情報網は日本及び中華文化圏の超常管理とは切っても切れない関係性である。
『NNN』の説明をしている時には変な声を出しながら悶えていた小笠原ちゃんだが、流石に『猫又』が『機構』にとって非常に重要な協力者だということは理解してくれているらしい。
当人……いや当猫を目の前にした今はちゃんとおとなしくしてくれている。
フォッサマグナ沿いの広大な地域を縄張りにする国内でも有数の有力『猫又』である超VIP通称榛名御前こと本名室田おもちとの関係が拗れるのはよろしくない。
「それで……其方のお嬢ちゃんはどうしたのかしら? 何か言いたいことでもあるのではなくて?」
「はえっ?!」
とはいえ昂ぶる感情を完全に圧し殺せるほど小笠原ちゃんは器用では無い。
私と御猫様が歓談している間中ずっと何とも言えない表情をしていた。
「あはは済みませんね、この子生粋のネコ派なんですよ」
「それは見れば分かるけれど……NEKODESU……?」
白衣の下の『ねこです』パーカー
説明不要の自己紹介である。
「支部で収容しているPSIの猫の名前です。小笠原ちゃん、写真ある?」
「は、はい! いくらでもあります!」
「いくらでもはいらないかな……ベストショットのやつ見せて」
「ベストショット……ちょっと待って下さいね……この写真の方が躍動感が……いやでもこっちの表情も捨てがたいし……うーん……」
あー……うん、予想できなかった私が悪いな、これは
「それで、その『さい』っていうのは?」
ブツブツ言いながら写真を選んでいる小笠原ちゃんを眺めていると御猫様が聞いてきた。
「ああ、超能力者って意味です。神通力と言えば分かりやすいですかね」
「そこまで年寄りではなくってよ?」
「そうでした。これは失礼」
御猫様が榛名御前と呼ばれる『猫又』になる前、室田おもちと呼ばれていたのは昭和の終わり頃の事だ。
ネコにしてはかなりの高齢だが『事案』としては比較的ルーキーである。猫又にしても百歳越え二百歳越えがごろごろしている事を思えばかなりの若手だ。
そんな彼女が群馬県の端っこから急速に範図を拡大し、数年で広大な縄張りを手中に納める事が出来たのは偏に天賦の特性に依るものだ。
イエネコが『猫又』へと変容する際に最も顕著な変化として挙げられるのが二股の尾である。
正確には片一方は尾ではなく超高効率のエネルギー変換器感であり、-不平衡エネルギーの発振器官である。
『猫又』を『猫又』たらしめる二本目の尾、彼女はそれを三つ持っている。
本来は『事案』としては貧弱、高い知力と人間との共生をもってどうにか生存を確保している程度の『猫又』
ただ、彼女の力は並の土着の『事案』である『妖怪』を凌駕する。
多分、放っておいたらすぐに日本中の『猫又』を配下に納めて天下統一を果たしただろう。
現在の範図を形成した辺りで事態を重く見た『機構』の政治的介入により周囲の『猫又』勢力と相互不可侵条約を結ぶ事になったが、今でもこの美しい白猫は日本の『猫又』を象徴する存在である。
「この写真なんてどうでしょう……?」
小笠原ちゃんが苦し気な表情で端末を差し出してきた。
オーソドックスなエジプト座りだが、なるほど小笠原ちゃんが苦心に苦心を重ねて選び抜いただけあって写真集の表紙にもできそうなくらいのいい写真だ。
おそらくPKによって浮かせているのであろうボールに鼻先を近づけている。
「支部の撮影課に撮ってもらった写真集の表紙なんですけど……」
と思ったら本当に写真集の表紙だった。
グッズ展開の幅が広い!
「というかパパラッチもグルなんだね……大丈夫かな長野支部……」
パパラッチこと支部撮影課は旧軍時代の挺身偵察隊の流れを汲む由緒正しい職域である。
銃の代わりにカメラで武装した直協職種
そう例えられるほど全般・直協両職種に通じた精鋭が集められたエキスパート集団でありここから秘書科や特殊部隊に抜擢される者も多い。
全般業務の三大要目とされる情報・偵察・統制のうち偵察の主役であり職人気質の真面目な職員の集まりだと思っていたのだが……
「なんか鈴ヶ森副科長がノリノリで」
「鈴ヶ森さんって……偵察本部出身のあのゴリラ?」
「そうです! そのゴリ……じゃなくてっ! えっと……とにかくこの子が『ねこです』です!」
まあ……仔猫を飼うゴリラがいるっていうのも聞いたことがあるし、ゴリラとネコは相性が良いのだろう。
特に鈴ヶ森上席調査員は見た目もゴリラだが中身もゴリラである。
佳澄さんが情報本部のCTCにいた頃に偵察本部の花形挺身偵察隊の大物ルーキーとして話題になっていたというのは聞いたことがある。
見た目とは裏腹の朗らかで穏やかな性格のお陰で一時期は本部庁舎のマスコットの様になっていたそうだ。
「あら、可愛らしい坊や! この子の名前はなんと?」
カメラマンとしても超一流のゴリラが撮影した作品に御猫様も顔を綻ばせる。
それに、まあ……その疑問はわからないでもない。
「え……? ですから『ねこです』ですけど」
「ええ、それは流石に見ればわかるわよ? 名前が知りたいの」
「はい、ですから『ねこです』と……」
「もちろんそれは分かるわ? えっと……」
御猫様と小笠原ちゃんが困ったような表情で私の方を見る。
互いに短気で無いのが救いだ。
「えっと……この猫の名前が『ねこです』と言うんです」
「それは例えば、あなたが人間の千人塚ニンゲン博士という名前……みたいな事かしら?」
「そうですね、その理解で正しいと思います」
「それは……まあ、私も他人の名前についてあれこれ言えるほど立派な名前では無いけれど……」
「榛名御前も室田おもちもどちらも素敵な名前だと思いますよ?」
まあ、可愛らしさよりも美しさに目を惹かれる今の御猫様をおもちと呼ぶのはなんとなく気が引けるのは事実だが……
「ありがとう……でも、この坊や……」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ。今から気にするような事では無いものね」
何か含みのある口振りだが……
小笠原ちゃんと顔を見合わせる。
「そんなことより、お嬢ちゃん小笠原さんって言うのよね?」
「は、はい」
そんな空気を切り替えるように御猫様が明るく言う。
「よかったら連絡先を交換しない?」
「え……いいんですか?」
「ええ、構わないわよね?」
「もちろん『機構』としては構いませんよ?」
広大な縄張りの支配者とはいえ、実際に統治を行っている訳ではない。
『機構』が安全と食料と住処を保証している以上特にやることがあるわけでもない。
おまけにただのネコのようにひたすら寝て過ごすというのも『猫又』には難しい話である。
高度な知能を有すると同時に人間との共生に最適化されつつある『事案』である。
本能的に人間を補食対象として捉えているのと同時に人間に対して非常に友好的であるのもまた本能である。
秩序と真逆の位置にある-不平衡エネルギーの賜物に意味を見出だそうとすること自体が間違いだというのは重々承知だが、管理する側としても当猫としても迷惑な話である。
まあ、こうやって『機構』内に友人を作って楽しく暮らしているあたり彼女は心配なかろうが……
「いやぁ……榛名御前さん、とっても綺麗な方でしたねぇ……毛も真っ白ツヤツヤで、眼もオッドアイって言うんでしたっけ? 一生観てられますよ」
帰っていく御猫様を見送ってから小笠原ちゃんはずっとこんな調子である。
「古い言い方では金目銀目といってとても縁起が良いのですよ?」
「そうなんですね! いやぁ……可愛い『ねこです』とはまた違った魅力です」
「諏訪先生お帰り、大河内くんの腰はどう?」
帰ってくるなり豆知識を披露した諏訪先生に訊ねる。
「ただのぎっくり腰ですね、薬を出しておきましたので暫くは安静にさせてください」
幸いモルモット……じゃなかった、被験者……これも違うな、医学の進歩の礎にされる事はなかったようだが、しばらく大河内くんはオフにしておくべきだろう。
「労災申請出すから書類よろしくね」
「はい、用意してありますよ」
「おっ! ありがとう」
流石に優秀だ。
というか、ちゃんと医者をしていると逆に不安になってくる。
「そういえばさっき榛名御前さん『ねこです』を見て何か言いかけてましたけど……結局何だったんでしょう?」
「んー……なんだろね、まあこっちの不利益になるような事じゃないとは思うけど」
環境の変化を嫌うネコとしての性格は即ち『機構』が国内における超常管理の権を握り続ける限り背信される可能性を否定しうるだけの材料になる。
彼女らは大穴一点買いをするようなタイプではない。
「もしかして『ねこです』が『猫又』に……!」
小笠原ちゃんがパッと顔を綻ばせる。
「いやぁ……無いんじゃない? PSIだし」
そもそも三大超常エネルギーの並立は現実的だとは思えない。
「ですよねぇ……」
そのあたりは小笠原ちゃんも専門家として理解しているだろう。
しかし、確かに妙に胸がざわつくような感覚はある。
「まあ……なんか起こってから……少なくとも兆候が出るまではどうとも出来ないよね……うん、考えないようにしよう!」
本当に危険があるのならば御猫様も警告してくれるだろうし、あの口振りから何かあるとしてもそれはしばらく先の事だろう。
今は今ある仕事をこなしていくしかあるまい。
幸い今日は定時で上がれそうだし、ソファーでグータラすることを思えば余計な事を考えている場合じゃない。
「さあ、とっとと仕事片付けちゃおう!」
ネコですら働いているのだ。
私達ヒトザルもちょっとは頑張らなくてはーー
ねこはどこにでもいます
います
よろしくおねがいします
ねこです
と、いうことで二百年後の2222年2月22日【真・猫の日 極】を目指して頑張りましょう!
ねこでした
かしこ