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【クリスマス記念番外編 3】メリークリスマス!

「黒部AA240中SAM発射! サルボー!」


「高射砲初弾のみ斉射、事後各個射 斉射用意……てっ!」


「C-RAM起動、射撃開始しました!」


北アルプス重要防護圏のあらゆる近接防空火力が上空のα集団に指向されていく。

各砲、各ミサイルが射撃を開始する度にディスプレイに表示されるαの数が減っていく。


「α-879432、α-879560未だ健在! 真っ直ぐ突っ込んでくる!」


「地上要員の避難を急がせろ!」


「α-879432急上昇! 両目標未だ加速中! 速度四万五千!」


いくらなんでも機銃や高射砲でどうにかなる速度じゃ無い。

その速度に加えてSSMばりのポップアップ機動……冗談にしてもやり過ぎだ。


「全地上要員衝撃に備えよ! 繰り返す、全地上要員衝撃に備えよ!」


ディスプレイから二体のαの表示が消える。


「大河内くん!」


全面核戦争が起きようが『神の杖』を叩き込まれようがびくともしない甲信研である。

この場では振動すら感じることは無かったが、地上ではそうもいかない。

砲台区画は地下化されているものの、想定しているのは空爆や砲撃程度のものだ。

時速45000kmで突っ込んでくる老人なんて想定外も良いところである。

応答が無い……


「博士……」


「グスッ……計算続けるよ」


泣くのは後だ。

私は再び算盤に向き直る。

彼らの戦場は地上だ。私の戦場はこの算盤の上だ。


「あの、博士……」


「小笠原ちゃん、悲しいのは分かる。それは私も同じだよ? でもね、今ここで私達まで潰れちゃったら皆の犠牲が本当に無駄になる。私達は私達の役目を果たさなきゃ」


高校生の頃から『機構』に出入りしていた小笠原ちゃんだが、ここまで本格的な超常戦の経験は無いのだろう。

去年の『クリスマス案件』は概ね欧州での封じ込めに成功したし、そもそもαによる直接的な質量攻撃自体前例のない非常事態である。

大切な仲間を喪う経験に慣れるというのが良いことなのか悪い事なのかは私にも断ずる事は出来ないが、それでも戦い続けなければいけないのだ。


「えっと……浸ってるところ本当に言い辛いんですけど……インカム、外れてますよ?」


「え……?」


手で触れてみると確かにインカムが無い。

床を見てみると粉々になったインカムが無惨に転がっていた。

さっきΓを投げつけられた時か……


「て、てへっ……?」


とにかく急いで予備をつける。


「大河内くん、聞こえる?」


『聞こえます。大丈夫ですか?』


「こっちは平気だよ」


物理的には、だ。

その代わりインカムと私の自尊心は木っ端微塵である。


「そっちは大丈夫?」


『ええ、羽場さんが早い段階で全員を防空壕に押し込んでくれたので』


流石は『特定管理筋肉』『大量破壊兵器オヤジ』『破局的大胸筋』『生モビルスーツ』等々の異名を取る『機構』最強の調査員である。

彼を護衛につけておいたのは大正解だった様だ。


「想定外の事態は多いけど射撃は継続する。そっちも引き続きおねがいね」


『ええ、日の出まであと一時間ちょい……やったりますよ!』


さあ、憂いは消えた!

年の瀬のいかれたカーニバル、今年も最後まで踊っているのは人類(私達)だ!



フィンランド共和国ラッピ州ロヴァニエミ市郊外

UNPCC有志連合軍第三軍集団司令部


主に環太平洋地域の戦力で構成される第三軍集団は今次作戦最大の地上戦力である。

主たる任務は地上からの優勢な対空火力をもってα集団が発生次第の撃滅にある。

『機構』『保全財団』を基幹として自衛隊、米、中、露、印各国の部隊を隷下に持つ。

戦力を供出する各国が超常における先進国であり超大国とも言えるまさに作戦の要となる軍である。


「げほっ……だれか! 誰か返事を」


その第三軍集団の司令部があった場所は今や面影すら残さないほど破壊し尽くされていた。

αによる体当たり攻撃

この至近距離でそれを防ぐのは不可能だった。


「誰か! 誰かいないか!」


多国籍軍の幕僚としてこの地に派遣されている『機構』の守矢久作博士は辛くもその攻撃から生き延びた。

身を挺して庇ってくれた名も知らぬ若いPLA空軍将校のお陰である。

司令部にあって最も枢要な役割を担っていた彼を咄嗟に庇った異国の軍人が何を思っていたのかは最早誰にも分からない。

それでも己の命を擲ってでも『人類の存続』という目的のために尽くしたのだろう。

使命に殉ずる事に躊躇いなど持たないのは彼とて同じことである。それはこの場にいた全ての人間に共通する事だろう。

それでも友好的とはいえない国の人間の為に何の躊躇もなくその身を投げ出すなど早々出来ることではない。


「げほっ……げほっ……」


生存者を探してさ迷っていた守矢博士の耳に誰かが噎せ込む声が届いた。

声のする方を見ると一人の西洋人が天幕の下敷きになっていた。


「だ、大丈夫か!」


重い指揮所天幕を守矢博士は退かしにかかるが、折れた支柱やら機材やらが複雑に絡み合ってびくともしない。


「おい、Dr.モリヤ……」


どうにかして天幕を退けようと悪戦苦闘をしていると西洋人が口を開いた。


「無理するな、俺の事なんて放っておけ」


「何バカなこと言ってるんだ!」


「あー……気付いて無いなら教えといてやるが、俺は『保全財団』の機動部隊だ。あんたらからすりゃ憎き敵だぜ……」


「そんなの制服見りゃ分かるよ! エージェント・マックだろ! 言いたいことがそれだけならちょっとは協力してくれ!」


『保全財団』の機動部隊は『機構』における特殊部隊であり、その上彼が所属する部隊は対機構工作で有名な部隊である。彼自身も『極東超常統制会議』加盟国からマークされる程の大物であった。

『エージェント・マック』

平素であれば『機構』の職員と出会えば即座に殺し合いが始まる様な相手である。


「驚いたな……俺の事を知ってるのか……」


「あーもうっ! さっきから無駄口ばっかり! やる気無いのか君は!!」


「あ、いや……ああ、そうだな……そっちに鉄パイプ落ちてるだろ? それを取ってくれるか?」


「これ?」


鉄パイプというよりは何かの部品と言うべきだろうが、とにかく強度はありそうなそれをエージェント・マックに手渡す。

彼はそれを体の横に滑り込ませた。


「よし、あとはこれをテコの原理でぐっといってくれ。そうすれば抜けられそうだ」


「ああ! テコ! 君賢いんだね!」


「……あんた工学系の博士だよな?」


「うん、よく知ってるね? よいしょおっ!」


守矢博士が力を込めるとかすかに天幕が浮き上がった。

素早い身のこなしで脱出したエージェント・マックは守矢博士に銃を向ける。


「こういう事態は想定できなかったか?」


確と頭に向けられた銃口、本職の戦闘員であれば億に一つも外すことは無い距離感である。


「流石に『保全財団』をそこまで見くびってはいないよ? 物事の優先順位くらい分かるだろうからね」


それでも守矢博士は両手を掲げる事すらしない。

一瞬の沈黙の後に引き下がったのはエージェント・マックだった。


「はぁ……負けたよドクター、あんたはサムライだな」


エージェント・マックはため息をついて銃を納める。


「ありがとう、カウボーイ」


「それで……これからどうするんだ? 見たところ無事なのは俺たちだけみたいだが……」


「どうするも何も、まだ負けた訳じゃないよ」


守矢博士は空を指差す。

未だ各国の戦闘機がαと戦闘を繰り広げ、イギリスの派遣した『ラピュタ』も火災を起こしながらも戦い続けている。


「すげえな……『バルニバービアロウ』こうやってちゃんと観るのは初めてだ」


『バルニバービアロウ』は『ラピュタ』にイギリスの超常管理団体『王立安定化機関』が設置した巨大なマスドライバー砲である。

『ラピュタ』の巨大で正円型の形状と中枢部に置かれた原理不明の超強力な永久磁石及びそれに付随した原理不明の磁界制御技術を用いて作動する兵器であり、平素は大気圏外の『事案』対策として用いられている。

本来用途とは別の用法ではあるものの、水兵射撃による長距離砲としても使用が可能なのは世界で最も『クリスマス案件』に対して積極的な『機関』が年に一度のこの日のために付与した能力だと言われている。

その他にも無数の対空火器を積載したラピュタはSHAPE直轄でα発生空域に滞空し空域封鎖の任務に就いている。


「それだけじゃないよ、まだ皆……世界中で誰も諦めてないのに僕達が最初にってのはばつが悪いじゃない」


「ははは、そりゃ違いない」


「あっちにまだ使えそうな機関砲があった。やれることは少ないだろうけど、やるべき事をやろう!」



イギリス ロンドン

王立安定化機関本部庁舎


毎年恒例のクリスマス対応、次々齎される各地からの情報は序盤の劣勢を跳ね返した人類の反攻を示していた。

ディスプレイから顔を上げた彼は大きく息をついた。


「お疲れの様ですね」


「ああ、この歳になるとどうにもね」


『機関』の最高意志決定機関『十三席』の一員として長くその任に就いていた彼は今年の夏にその職を辞した。

隠居して悠々自適に暮らす彼が住居のあるウェールズからこのロンドンの中心部に再びやって来たのは偏に『クリスマス案件』のためだ。


カニンガム将軍


この業界では知らぬものは無いほどの有名人であり『クリスマス案件』の象徴とも呼ぶべき人物である。

彼の祖父ジョナサン・カニンガム将軍は市井の一般人から叩き上げで『十三席』にまで上り詰めた人物であり、当時は『主の御使い』と危険視すらされていなかった『サンタクロース』の脅威を主帳し、全世界一丸となった共同戦線の構築を成し遂げた人物、超常史に残る偉人だ。

彼の父アルフレッド・カニンガム博士は『機関』の『サンタクロース』研究者として卓越した手腕を発揮して各構成要素毎の特性や弱点を発見、効率的な戦闘手法の大幅な発展に寄与した。

そして彼、ヘンリー・カニンガム将軍は祖父以来の『十三席』入りを果たした。

二十代で『機関』に入って以来ずっと最前線で『サンタクロース』と戦い続け、もはや象徴とも呼ぶべき司令官であった。

例年であれば『ラピュタ』に搭乗していたところだが、今年はあくまで相談役としてロンドンから各国の司令部に対する助言を行っている。

カニンガム一族で唯一生きて現役を退くことが出来たのは彼の図抜けた戦術眼によることが大きいだろうが、同時に戦場に散ることが出来なかった事実は責任感の強い彼の心に痼りを残してもいた。

それは多くの若者達を死地に誘った先達としての思いであり、血に刻まれた大きな罪を贖いたいと願うが故のものでもある。


「今年は例年と違う事が余りにも多かったですからね……」


「ヘレナ、それは違うよ? 彼らは一度として同じように戦ってくれる事などは無かった」


勿論彼にもαによるカミカゼアタックなど予想すら出来なかった事ではある。

それでも『サンタクロース』は各国の研究者が思うような画一的なモノでは無いという事を長く最前線に立ち続けてきた経験から彼は知っていた。


「彼らは毎年確実に進歩している。ゆくゆくは君が『カニンガム将軍』としてこの脅威から人類を守っていくことになるんだ。しっかと見極めていくんだよ?」


「おじい様!!」


ハッキリとした敵対行為とその策源地にのみ現れるはずのクランプス……Γがここに現れたのはその進歩の形なのか、それとも役目を終えた彼を迎えに来たものなのかは誰にも分からない。

だが、彼の心はかつて無い程に晴れやかであった。


「うちの机の中にご先祖の手記が入ってる。一族の業を背負って『カニンガム将軍』になる覚悟があるのなら読んでみるといい」


全てを孫娘に、未来に託して

決して表舞台で讃えられる事の無い一人の英雄がその一生を終えた。



長野県大町市 甲信研究所中央管制室


「日の出まであと1分!! カウントダウン開始します!!」


「あとちょっとや!! ふんばりや!!」


「弾幕を絶やすな! 全弾使い切って構わん!!」


「修正諸元! ケープタウンです!!」


「こっちも出た! 北回り!!」


攻勢が激化した中、全員が一心不乱に役割を果たす。

使命感やら義務感やらの段階は既に過ぎている。

もうほぼ全員自棄っぱちだ。


「45、44、43、42、41……」


『ああっ!! 焦れったい!! ちょっと機銃で叩き落として来ます!!』


『おいっ! 誰かその猪女を止めろ!』


『博士! 射撃準備よし! いつでもどうぞ!!』


司令部機能は既に日の出を迎えた横田に帰っている。

私達は私達のやるべき事だけに集中すればいい。


「19、18、17、16、15……」


「αの大集団が日本海側から急速接近!!」


「第3で叩き落とす! 所長、この諸元!」


「ふうむ……形状としては人間と同様……となると……そうか! 組成か!! やはり! 味が違う!!」


「5秒前!! 3、2、今! 日の出! 日の出です!!」


地下施設であるここに日光は届かない。

だが、東側壁面からΓの姿が次々消滅していく。

それはこの地での戦いが私達の勝利で終わった事を示していた。


「最低限の人員を残して技術職員は地上へ! 防衛機能の復旧を急げ!」


「ああっ! た、タンマ! もう少しだけ……死体だけでも!」


「博士……勝ったんですね……」


「まだだよ! まだ戦ってる! 私達も援護に回るよ!」


「は、はいっ!」


東の果てでの勝利は得た。

だが、未だ遥か西では久ちゃん達『機構』の仲間も自衛隊さん達も戦っている。

それに世界中に人類存続という共通の目的のために戦う同志達がいるのだ。

まだまだ私達の戦いは終わらない!



満足気に地表を見下ろしながら彼は祈る。

世界がどうか平和でありますように、皆が手を取り合って助け合いながら歩んで行けますように、と


「まったく、随分と回りくどいやり方をするんだな」


彼と似た風体で全身黒ずくめの男は呆れたように言う。


「アイツラ ワルイコ オレ ゼンブ タベル」


異形の怪物も概ね黒い男に同意の様である。


「二人とも、せっかちはいかんぞ? これは私達の小さな友人との約束なのだからね」


絶対の力を有しつつも、どこまでも善性である。

それ故に彼らはただ見守るだけだ。

気紛れに人の子に恵みを与える事こそあれど、ただ見守るだけである。


「メリークリスマス、全ての愛しい良い子達」


彼のその顔はどこまでも深い慈しみに満ち満ちていた。



昼頃ようやくフィンランドのα発生空域が日の出を迎えた。

今年も人類は『サンタクロース』の脅威から辛くも生き残る事が……いや、勝利を掴み取ることが出来たのだ。誇ろう、それだけの仕事はしたはずだ。

もうくったくたである。

もう今日は早いとこお風呂入って寝たい。


「早く小笠原研究員を医務室に!」


小笠原ちゃんは最上級の知恵熱である。

多分卵を落としたら焼けるくらいには熱くなっていた。


「博士……」


「ん? どうしたの?」


ストレッチャーに乗せられた小笠原ちゃんが弱々しく語りかけてきた。


「メリークリスマス……」


「うん、メリークリスマス! お疲れ様」


324件の『サンタクロースインシデント』が発生したものの重大インシデントや終末事態の発生は無し

欧州を中心に千人規模の死者は出たものの国家や超常管理機関が機能不全に陥る程の損害も無い

常時想定外の出来事だらけではあったが完勝と言って差し支えない程の戦果である。

後は航空部や医療研究所が各国と協力して30ppm記憶処理薬の空中散布を全地球規模で行い、本部と支部がメディアを利用してサブリミナル記憶改変作戦を行えば今年のクリスマスは終わりだ。

新年を迎える頃には再び各国、各超常管理機関は血で血を洗う抗争の日々に戻っていく事だろう。

たった一晩の共闘、これが世界平和というサンタクロースからのクリスマスプレゼント……いや、考えすぎだな、『事案』に意味を求めるなんて……


「どしたん? ニヤニヤと……馬鹿んなったんか?」


「失敬だね! ちょっと疲れただけだよ!」


切っ掛けがなんであれ、手を握り合うのもその手で殺し合うのも人類(私達)の選択だ。

相手が誰であれ、大切なそれをくれてやるなんてとんでもない事だ。

結果がどうあれ選択だけは私達のただ一つの武器なのだからーー

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