【クリスマス記念番外編 2】全地球包括的攻勢遮断射撃
「でけた!!」
計算した射撃諸元をすぐさまコンソールに叩き込む。
「所長!」
「マスター解除! 効力射速効! 第一、第四マグネシウム! 第二、第三アルミ! 諸元修正は随時! 以下射撃統制はリンドウ90がとれ!」
「マスター解除、効力射速効、第一、第四マグネシウム、第二、第三アルミ、修正随時、以下射撃統制リンドウ90がとる」
『リンドウ95準備よし!』
「射撃用意……てっ!」
『初弾発射!』
パワーがセーブされた射撃とはいえ、かなりの大食らいである。
射撃の度に照明が不安定になる。
「初弾弾着五秒前、四、三、弾ちゃーく……今!」
地図上、中央アジア上空にクエスチョンマークが表示される。
「ノギンスク-9より観測データ来ます!」
「続いてアクノー……ソルネチノゴルスクからも来ました!」
「命中弾2発! α集団40%減殺!!」
わっと指揮所内に歓声があがる。
「あちゃあ……アルミの方はガス圧の計算しくったかぁ……」
命中はマグネシウム合金弾だけだ。
アルミの方は離脱速度を超えて人工衛星になってしまったらしい。
「アルミの修正諸元出ました!」
「早っ!」
私が観測データを眺めている間に小笠原ちゃんは次の計算を終えたらしい。
ソロバンと計算尺の私に対して彼女は暗算である。
恐ろしい子……
「NORADより緊急入電! α集団がエルメンドルフ空軍基地上空を南南西に通過、高速移動を開始」
「キングサーモン基地より観測データ来ました!」
「進路予測……出ました! 確度60!」
高高度を維持してオセアニア方面……
「オセアニア超常防衛共同体(OPDC)に警報を出せ! 第二及び第三砲による射撃準備を!」
縦方向か……面倒だぞぉ……
などと考えていると指揮所内にサイレンが鳴り響いた。
「緊急! α98672が低高度から島根に接近! 強行降着体勢です!」
「要撃急げ!」
「ま……間に合いません!」
「降着予測地点……嘘だろ……出雲市、出雲市大社町! 降着予測地点は出雲市大社町です!」
大分不味いことになっている。
あの地域には対地攻撃も出来ない……
「博士……」
「大丈夫、計算続けるよ!」
不安そうな顔の小笠原ちゃんに答えはしたものの、全く大丈夫では無い。
それでも今の私達に出来るのは計算を続ける事だけだ。
「山陰研の巡回部隊を急行させろ! なんとしても接触を阻止するんだ!」
「降着地点の対象データ出ました! 山本瑞希6歳です!」
「ああ……α対象に接触します……」
「総員耐衝撃姿勢!!」
所長の号令で全員がその場で頭部を保護して蹲る。
静かだ……
『こちらクロマツ85 こちらクロマツ85 リンドウコントロール』
時間にして数十秒だろうが、永遠にも感じられるほどの時間を過ごしていると山陰研の巡回部隊からの通信が耳に入った。
『対象の要求はプリキュア……えー、プリキュアの玩具です! 繰り返します 要求はプリキュアの玩具!』
「よ……よかったぁ……」
安堵の表情の小笠原ちゃん
「ほんまに……心臓にわるいわぁ……」
Γの頭を掴んで何度も膝蹴りを叩き込みながら河西調査員もほっと息をつく
「特製の強心剤打ちますか?」
「いらんわ!」
諏訪先生は平常運転だ。無視無視!
「ほら、まだ終わったわけじゃ無いよ!」
「あ、はい!」
本当に大変なのはここからだ。
今や世界中の空が『サンタクロース』に蹂躙されている。
実際レールガンの射撃要求も次から次へと舞い込んできているのだ。
よし! 頑張ろう!
1856年 12月24日
イギリス カーディフ郊外
--クリスマスまでには帰って来るよ
そう言っていた彼の父はその年のクリスマスもその次のクリスマスも帰って来なかった。
幼い彼も、現実は理解している。
父が旅立った年に届いた手紙と泣き崩れる母の姿……それを見てなお拒み続ける事が出来るほどこの時代の現実は軽くは無い。
あれから3度目のクリスマス、遥か遠い地に眠る父を思いながら彼は夜空を見上げていた。
悲しみに暮れる程の余裕は無い
父がいなくなった以上家族を支えるのは自分の仕事だからと気丈に振る舞ってきた彼だが、この日だけは、この夜だけは溢れ出る涙を堪える事が出来そうも無かった。
「天にまします我等が父よ……どうか父の諸々の罪をお許し下さい……出来るならばどうか貴方の御許にお迎え下さい……」
敬虔なプロテスタントである彼は一人祈る。
ただ父の死後の平穏を望んで……
どれ程そうしていただろうか、ふと遠くから聞こえる鈴の音に彼は顔を上げた。
大分遅い時間である。
周囲の道を見回してみても灯り一つ見当たらない。
疲れているのだろうか?
そう思った彼はそろそろ帰ろうと歩き出す。
鳴り止まない鈴の音は徐々に近付いてくる様だった。
「ほっほっほ、メリークリスマス!」
ふと投げかけられた明るい声に驚いて振り返ると、そこにはトナカイのソリに乗った恰幅の良い老人の姿があった。
真っ赤な服に真っ白な髭、優しい笑顔を湛えた顔……
「サンタクロース……?」
伝え聞く姿そのままのサンタクロース、驚きのあまり硬直する彼にサンタクロースは歩み寄る。
「やあ、ネイサン! メリークリスマス!」
「メリークリスマス……ほ、本当にサンタさん……?」
「もちろんだとも! 私以外にこんなに立派な髭をもっている者はそうそう居ないだろう?」
「マイ……ゴーシュ……なんで……」
「何でかって? それは君がこの1年良い子だったからだよ」
サンタクロースは驚きのあまり固まっている少年の頭を撫でる。
大きく暖かな手であった。
「さあ、良い子にはプレゼントをあげなければならないね! 何か望みはあるかな?」
「望み……」
彼の望みは一つだ。
もう一度父に会いたい
「お父さんか……待っていなさい」
そう言ってソリに戻るサンタクロース
その姿を見ながら彼は考えていた。
本当にそれでいいのだろうか?
本当に後悔しないのだろうか?
「待って!」
彼は大切な家族を喪った。
それ故に喪う辛さをよく分かっている。
多くの人が父を子を夫を兄弟を恋人を喪った。
喪った理由を、世界中の誰もが知っている。
「僕の望みは--」
だからこそ彼は願った。
誰も悲しまない世界など叶えられなくとも
何も喪わない世界など夢物語だとしても
この日だけは、一年の内でこの日だけは世界中の全ての人が笑顔でいられるように
いがみ合う隣人同士が肩を寄せ合えるように
「メリークリスマス!」
彼の望みを聞き届け、サンタクロースは飛び立っていった。
「……メリークリスマス」
全ての人がこの聖なる夜を讃え合えるように、と
世界に向けて小さく、しかし満足気に呟いた彼の声は夜闇に染み込むように消えていった。
環境科学研究機構 甲信研究所
中央管制室
「嘘だろ……命中! サンパウロ上空のα集団に命中!」
ようやくコツを掴んできた。
ガスの噴射機構があるのだからタイミングさえ合わせられれば地球の真裏だろうが届くのだ!
一度弾体を第一宇宙速度を超える高速で射出し、弾体のブレを計算し角度が丁度良くなるタイミングでガスを噴射して大気圏内に再突入させる。
動きが単調な高速移動中のαであれば世界中が射程圏内だ。
「おぼじろいぐらいにあだりまずね!」
「小笠原さん、綿球交換しますね?」
小笠原ちゃんの鼻に詰めてある止血剤が染み込んだ綿球をうちの医療チームの猪狩くんが交換してあげている。
歴とした医師ではあるのだが、この場では小笠原ちゃんの鼻血担当になってしまっている……人材の無駄遣いな気がしないでも無いが、彼女が
「あじがどうございまず」
小笠原ちゃんは私以上の命中弾を挙げている。
流石に彼女の脳味噌を持ってしても負荷が大きいらしく、鼻血が止まらない様だ。
床には大量の温もってしまった冷えピタが無造作に投げ捨てられている。
「おい、今川しっかりしろ! 藤森を初詣に誘うんだろ! こんなところで死ぬな!」
「へへ……死なないさ……まだケーキとチキンを食ってないからな……」
「来いよΓ! 銃なんか捨ててかかってこい!」
「ありとあらゆる神様に祈りな!!」
「イィィィッピィィィイカイェェエエエマザファッカァァアアアアア!!!」
数時間に渡ってΓと死闘を繰り広げてきた調査員の皆もテンションがおかしくなっている。
「あ、藤森ちゃん年始は家業の手伝いあるから初詣は多分無理だよ?」
「ツンデレ……万歳……ガクシッ!」
「今川ぁぁぁぁぁ!!」
自分でガクシとか言ってるあたり彼は平気そうだ。
「ドアホ! あそんどらんではよ下げぇっ!!」
「出血が酷い……! 今処置を」
「猪狩さん、私が診ましょう」
今川調査員のところに諏訪先生以下数名の医療スタッフが駆け寄る。
はっちゃけてはいるが仕事はキチンとこなしてくれているのはありがたい。
まあ彼にとっては治療も趣味の一環だと思えば全くぶれないと言えるだろう。
「ったく……フジモンにデレなんか無いやろうに」
「え? 藤森さん優しいですよ……あ、博士できました!」
「ほいほいっ!」
こうなってくると私たちの方は流れ作業だ。
調査員のみんなが頑張ってくれているお陰である。
「あれ……まずいな……」
小笠原ちゃんから受け取った諸元を入力しようとしたら、一番以外の砲台がエラー表示になっている。
「大河内くん、聞こえる?」
『はい、どうしまーーっぶねぇ……』
通信の背後に聞こえる銃声と爆発音
「大丈夫?!」
『くそっ! 与田切技師がやられた!』
『田島! 分隊から何人か出して負傷者を後送しろ!』
『私が道を開きます!』
『藤森! 突っ込むんじゃねえ!!』
『大河内さん! 急いでくれ!!』
『あと少し……終わった! 移動します!!』
混線しているのか聞こえてくるのは緊迫した現場の音声だ。
「大河内くん! どうしたの? 状況を!」
『問題ないです! Γの襲撃があっただけです!』
現在うちの調査員の皆は大河内くんと技術班の皆の護衛として地表の砲台にいる。
武装の整備及び修理のためだ。
「大分問題だよ!」
『安心して下さい! まだ誰も死んでません!』
「うーん……まあいいや、砲台がエラー吐いたんだけど……」
『え? 本当だ……ちょっとデータを確認してみます』
地表と完全に隔絶された甲信研である。
不具合が起きる度に整備班を送っていても対応しきれるものではない。
そのため今回の『クリスマス案件』対応にレールガンを投入するにあたっては予め技術課の技師を基幹とする『機動整備班』を大河内くん指揮下で編成している。
私達が遠慮無くバカスカ砲撃を出来るのは彼らのお陰である。
『博士……何でこんな高出力で撃ってるんです……?』
「え?」
『想定最大出力の98%で継続射撃って……コンデンサが焼き切れますよ!!』
「あー……ごめん……南米に向けて撃ったから……」
『は……?』
「え? だからサンパウロに……」
『低伸弾道の火砲で? ちょっと待って下さい……中央アジア、欧州、オセアニア、アフリカ……は?』
大分語気が鋭い
「えっと……ほら、ソフトが間に合わなかったから手計算でしょ? だから負荷をあんまり考えて無かったというかなんというか……」
『ソフトがあったってこんな無茶な射撃できませんよ! あーもう! 道理で故障が多いわけだよ!!』
本来の計画としてはレールガンは台湾海峡あたりまでの使用の予定だった。
だが仕方が無いじゃ無いか! 計算したら当たりそうだったんだから!
「えっと……治る?」
『治しますけど無茶な射撃はもうしないで下さい!』
「ごめん、それ出来ない」
未だ世界中で大勢が戦い続けている。
この地から全般支援射撃を行えることが分かった以上、中断する事なんて出来ない。
『……分かりました。その代わり射撃諸元はこっちに全て共有して下さい! 電力の供給を都度最適化します』
「良いけど……大丈夫?」
『全然大丈夫じゃ無いですよ! でもやるしか無いじゃないですか!』
「ごめん! ありがとう!」
Γの襲撃を退けつつ各砲台間を駆け回っての整備
それに加えての新たな仕事である。
能力面では一切心配してはいない。彼が出来るというのならばそれは可能なのだ。
それでも大きな負担をかけてしまうことになる。
「博士」
「うん、大丈夫そう。とりあえず無事な第一砲台だけで撃とう!」
再び軌道計算を始めた私達だったが……
「α集団、日本海の防空網を突破! 速度を維持したまま降下を開始! 現在高度46000!!」
「降着予測地点……え……?」
「どうした? 報告しろ!」
「う……後立山連峰針木岳! 甲信研直上です!」
何やらとんでもない話が聞こえて手を止めてしまった。
「うわぁっ!」
Γと戦っていた河西調査員も驚いて手元が狂ったのか私の方にΓの死体を投げつけてきた
「か、堪忍な!」
急いで退けてくれたが、そんなことは今はどうでも良い。
「うちって子供いましたっけ……?」
「いないはず……うん、特定調査員も若いのは全部どけるか処分してある」
だとすると考えられるのは……
「全近接防空火力をα集団に向けろ! 突っ込んでくるぞ!」
α集団による時速3万kmでの突撃……?