【クリスマス記念番外編 1】全地球包括的防勢対航空作戦
環境科学研究機構 甲信研究所
中央管制室
今年もこの時期がやって来た。
やって来てしまった。
毎年恒例の行事とはいえ、やはり人類の命運を握る戦いに臨むというのは緊張感が段違いである。
『サンタクロース』
一般的な認知度の非常に高い『事案』であり、UNPCCによって最重要破壊対象に指定される北欧地域発祥の危険な一群の事案性事物である。
「横田より入電! αが欧州超常管理委員会の防空網を突破!」
「NORADに管制権が移ります! データリンク……確立!」
「ロシア、トルコ、イギリスのインターセプト上がりました!」
聖ニコラウスの逸話に端を発するサンタクロース伝説だが、事案性事物として顕在化したのはつい最近、クリミア戦争前後の事だ。
『見立ての神格の法則』による物か、それとも別の何らかの要素による物かは今のところ明らかになってはいないが、何を成そうとする『事案』なのかははっきりと分かっている。
「良い子には望む贈り物を」
「悪い子にはお仕置きを」
どちらも『サンタクロース』を構成するヒト型実体の成す物だ。
言葉だけみれば実に牧歌的である。
それにちょっと物騒にも感じる『お仕置き』も大した事は無い。最悪子供が連れ去られる位だ。
それ以外だと部屋に芋や灰、ジャガイモが置かれたりと別に各国が血眼になる程の事じゃ無い。
この辺りはドイツの黒いサンタの伝承に忠実なのだろう。
実際『お仕置き』を担当するのはβと呼ばれるヒト型実体であり黒服の不気味な老人の姿をしているとされている。
問題はそれ以外の構成要素だ。
「SHAPEより緊急入電! ラムシュタインがΓの襲撃を受けました!」
「大西洋に展開中の連合艦隊もです! 防空能力の4……いえ60%を喪失!」
「α-05693ベルリンに向け降着行動を開始します!」
「アメリカ上空にαが到達!」
「海洋部南洋派遣船団αを捕捉! 防空戦開始します!」
「イスラム殉教戦士団が防空戦を開始……押してます!」
Γと呼ばれる構成要素は恐らく欧州のクランプスの伝承に関係する準ヒト型実体だ。
ヒトと同様の体系だが、見た目はおぞましい化け物である。
彼らはαの邪魔をする者を排除するために現れる。
通常兵器での対応こそ可能ではあるが、予期せぬ場所に突如として出現するために、下手を打てば今回の様に地域防空司令部が開戦劈頭に壊滅等と言うことにもなりかねない。
一応はバックアップこそ用意してあるものの、最大のホットゾーンである欧州の防空を担うラムシュタイン空軍基地の失陥はかなりの痛手だ。
加えて大西洋を封鎖するUNPCC有志連合艦隊までもがこの段階でこれ程の損害を受けるとは……
それでも、αの企図さえ粉砕出来れば……いや、正確にはαの企図達成に伴う破局的終末事態さえ防ぐ事が出来れば私達の……人類の勝利だ!
『良い子には望む贈り物を』
αが有する能力はそのただ一つである。
地球上約74億人の人類のうち、二歳から十五歳の『良い子』とαが接触した時点で『良い子』が最も求める事物が贈り物として発生する。
一切の上限の無い絶対的な力として……
無邪気にオモチャでも望んでくれればそれでよし、経済を破壊しうる非常識な富も各国の政財界に意を含ませてあるので対応は可能だ。
権力を望んだとしてもも地球上のほぼ全域をカバーするように対地攻撃網が構成されているので、権力を行使される前に『良い子』を地域諸共排除してしまえば問題はない
問題となる望みは概ね二つ
一つは超常的変異
「スーパーマンになりたい!」
「魔法使いにして!」
「NARUTOになりたいってばよ!」
これらは過去十年間にアメリカ、イギリス、フランスで実際に発生した『サンタクロースインシデント』である。
『良い子』である事が幸いしてどうにか管理収容状態に置かれている三者ではあるが三カ国はいつ暴発するか分からない特定管理事案の管理を行う事になってしまった。
もう一つ、最も直接的な脅威は終末願望である。
ホモサピエンスは彼らが思うよりもずっと高潔な精神を持っている。
例えどんなに不幸な境遇にあったとしてもαが『良い子』と判断する様な清らかな心を持ち続けてしまうケースは多い。
「こんな世界、無くなってしまえば」
仮にそう望む『良い子』がいたとしたら……
滅びの先にしか希望を見出せない子供がいるというのはそもそもとしてやるせないものだし、大人として実に情け無い話ではあるが、だからといって滅びを受け入れる訳にはいかない。
次の世代を守り育むのが私達大人の義務である。
一つの失敗例の責任をとるために望みを受け入れる等というのは責任の放棄以外の何者でも無い。
「PLAから緊急警報! 海岸線沿いにαの集団が台湾防空識別圏へ向けて進出!」
「NCCSより入電! 那覇のインターセプターがαを捕捉! 続けて那覇から第二波上がりました!」
「航空部管制機台湾上空のαを捕捉! 『制空無人機飽和投射システム』投下!」
幸い全ての構成要素は通常兵器による無力化が可能である。
それでもαが乗るソリを曳くトナカイ型実体であるΔ~Μが非常に厄介だ。
『サンタクロース』が顕在化した当初は8頭立て時速300km程度だったソリだが、1900年代初頭にΜ通称『ルドルフ』が加わり最高時速は3万kmなどという頭のおかしい速度になってしまった。
一応最高速度での飛行は長距離の移動の間だけということ、先頭をゆくΜを破壊すれば大幅に速度と運動性が低下するという隙はある。
それでもΜが健在のうちは各国のエースパイロットが操る最新鋭の戦闘機を振り切る程の運動性能を発揮するのだ。実に腹立たしい。
そのため移動間の戦闘はミサイル防衛システムを用いた牽制に留まり、本格的な無力化作戦は発生直後とαが速度を落とす降着行動に入った後に限定される。
至短時間の決戦、しかもそれが日本時間24日の2330~25日の各国の日の出までの間無数に生起するのである。
何しろΓを除いた『サンタクロース』各実体はこの間無尽蔵にフィンランド周辺空域に発生する。
そのためUNPCC加盟各国から対超常及び防空戦力を抽出して多国籍軍を編成、NATOの欧州連合軍最高司令部指揮下に編入した上で作戦を展開、発生次第即時粉砕の体制をもって事に当たる事になっている。
各国残余の部隊は多国籍軍の撃ち漏らしを各個撃破するのが基本方針である。
大西洋を突破された場合はNORADが、東方進出を許した場合は極東超常統制会議特別防空委員会が、地中海を越えた場合はIMAがそれぞれ作戦指揮を執ることになるが、今年はヤバい。
現在の時刻は0040、例年なら欧州で足止めが出来ている時間である。
それが各国の防空網を突破して台湾上空にまで達しているのだ。
「き……緊急! 松代にΓ出現! 防空司令部機能が五島に移管されます!」
……訂正だ。日本まで来てしまった。
航空部の超常戦司令部である松代センターが墜ちるとは……
一応戦闘発生に伴う予防措置としての地域防空管制機能の移管ではあるものの多少はゴタつくだろう。
この隙につけ込まれる事が無ければ良いのだが……
「ツツジコントロール 応答を! こちらリンドウコントロール! ツツジコントロール!」
……余計な事を思うもんじゃ無いな
「博士……」
「うん、来るね」
ツツジコントロールは極東超常統制会議特別防空委員会司令部のコールサイン
現状として日露中米印各国の東方防空担当官が駐在する最高司令部である
そことの通信途絶が意味するものは一つだ。
「これよりリンドウコントロールが東方防空の指揮を執る! 関係各所への連絡を急げ!」
海野所長が大声で号令を発する。
「小笠原ちゃん、準備は?」
「出来てます!」
「よし、じゃあ行くよ! 3、2、1、今!」
私達に割り振られたコンソールに鍵を差し込み、息を合わせて回す。
これで東方空域のデータリンクが甲信研をハブとして再構築される。
間隙は3秒……よし、復旧だ!
「伏せ!!」
無事システムが復旧して一息ついた瞬間に響いた声と銃声
「おわぁっ!」
後頭部に生温い血飛沫がかかり、続いて何かが私に倒れ込んでくる。
Γの襲撃……? 早すぎやしないか?
私の上からどかされたΓを調査員の皆が入念に死体検索する。
「所長……嗅ぎつけられるのが早いです。移管の準備を」
「いや、このまま行きます」
手順に則った私の提言を海野所長は退ける。
訝しんだ私に彼は指揮所の大型ディスプレイを示して見せた。
指揮継承序列下位の各地の指揮所が軒並みΓの襲撃を報告してきている。
一応『機構』の各中核・専門研究所や各国の一般の超常対応施設は健在なところもあるが、超常戦司令部機能を有する施設はもう残っていない。
戦域防空の五島、海上防空戦指揮を執る海洋部横須賀司令部壕、そして地域防空の甲信研……
日の出まではあと四時間弱、最も日の出が早い超常先進国であるが故にそれ以降は世界中の防空戦指揮を行うことは想定していたが、こんな事になるのは正直想定外だ。
「那覇より入電! Γの襲撃でバグドローン補給作業に遅れが出ています!」
「陸自部隊を那覇方面に回せ! 大至急だ!」
「おらっ! くたばれ!」
「上だ! 殺せ!!」
「もうわややなぁ……」
「ほんとにね」
この場にいる皆が手一杯の状態だ。
世界各国の情報が集約され、同時にΓが次から次へと湧き出て来る。
呆れたように話しかけてきた河西調査員も片手間にΓを射殺している。
と思う間に背後に現れたΓをノールックノーモーションで殴り倒した。
うん、大分人間やめてらっしゃる。
通常であれば完全武装の兵士一個分隊で当たるのが基本のΓではあるが流石はKSSOFの精鋭達だ。
かなりサクサク順調にΓを排除してくれている。
「おおっ! これは思った以上に素晴らしい! 博士! ミロクはなかなかですよ!」
「ちょっと! 危ないから仕事に集中して!」
この間手に入れた新品の散弾銃を振り回しΓ相手に大立ち回りをしている諏訪先生……チャッピーが活躍出来る相手じゃ無いから油断していたが今回は本人が大暴れだ。
本来彼は救護要員としてここにいる。
断じて戦闘員では無い。
「うわぁ……このΓとろけてますよ……」
「とろけるて、チーズかいな!」
「こっちはずっと引きつけおこしたみたいになってるね……何入れたのさ」
「ははは、秘伝のレシピですが後でこっそりお教えしますね!」
駄目だ、ハイになってる。
いつもの様に羽場君に頼んで静かにさせて貰いたいところではあるが、これからの事を思うと凄腕の外科医でもある諏訪先生が役立たずになるのはよろしくない。
「まあいいか……大河内君、準備は?」
『あと5分下さい! Γの妨害がキツいです!』
所長の方を見ると困ったような顔で指をくるくる回している。
「ごめん、巻きでおねがい! 3分でいける?」
『あー……分かりました、2分でやったります!』
「ありがとう、助かるよ!」
現在αの国内への侵入はぎりぎり防いではいるものの、東西から尋常では無い圧がかかっている。
東は父島から南西34海里付近、西は台湾が最前線……
どちらが抜けて来るにしても尋常では無い数だ。
時間の問題なのは目に見えている。
ここまでの窮地は予定外ではあるが、α集団の日本空域への接近自体は想定内だ。
それに対して私達の方針は密集して人口密集地へと長躯高速移動を図るα集団への攻撃による漸減である。
時速3万kmというとんでもない速度ではあるが、特異な感知能力の無いαである。
であればこちらも高速度で飛翔体を射出してぶつけてやれば良い。
そのための小笠原ちゃん砲と私達である。
本来はヒヒイロカネの弾体を亜光速で射出する純粋な運動エネルギー任せの大量破壊兵器であるが、今回はヒヒイロカネ弾は用いない。
ヒヒイロカネ弾が真価を発揮するのは最高速度での射出時だが、その特性上極超長距離砲撃には適さない。軌道力学的に宇宙の彼方へ旅立ってしまうからだ。
今回用いるのは『対αマグネシウム合金弾』と『対αアルミニウム合金弾』だ。
両方とも小笠原ちゃんが没にした作品だが、『サンタクロース』案件用に再設計して準備しておいた。
生産完了はつい2週間前、思いつきから始めた計画のため、完璧とは言い難いものの一応は事前演習で極超高速飛翔体の迎撃には成功している。
『事案』対処の中では順調な方だろう。
残念な事に射撃管制ソフトは間に合わなかった。
と、いうことで本来は多国籍軍の一員として欧州に派遣される予定だった私と小笠原ちゃんがここにいるわけだ。
「SHAPEより射撃要求! 軌道データ、送ります!」
「ソルネチノゴルスクより観測データ来ました!」
「空中早期警戒網のリアルタイムデータ、リンクします!」
欧州からの射撃要求に伴い次々と目の前のコンソールに情報が表示される。
「おっし! 行くよ、小笠原ちゃん!」
「は、はい!!」
コンピュータがやるのは要するに計算である。
そこが不完全だというのなら手計算で補ってやればいいだけの事だ。
私は勢いよくソロバンの五玉を跳ね上げた。
さあ、ローテクの逆襲だ!