【カメラの日記念番外編】欲望カメラ
本日11月30日はカメラの日です。
1977年に小西六写真工業が世界初のAFカメラを発売した事を記念して制定されました。
※今作は本家scp-978を元にしております。
環境科学研究機構甲信研究所 千人塚研究室
年の瀬も近付き『機構』も少し慌ただしくなってきた11月の終わり、私達千人塚研究室はぽっかりと予定が空いてしまいました。
極東超常統制会議に出席する海野所長が随員として千人塚博士と赤須博士を指名したからです。
護衛の羽場さんを伴って会場である極東ロシア スタノヴォイ山脈の地下に広がる閉鎖都市へ博士が旅立って数時間、残っていた業務もとっくに捌ききった私達はそれぞれ思い思いの時間を過ごしています。
「お邪魔しまーす」
「あっ! 守矢博士おかえりなさい!」
そんな中やって来たのは守矢久作博士
かつて千人塚博士の元で働き、今は研究室を任される程になった私の先輩ともいうべき人です。
今は勝沼の旧甲信研にある先進管理資材研究所勤務のはずですが……どうしたんでしょう?
「おや、珍しいですね」
急な来客ではありますが、諏訪先生も楽しげです。
先生と守矢博士は旧知の間柄ですし、プライベートでも一緒に遊びに行くくらいの仲良しでもあります。
まぁ、甲信研関係者で守矢博士と遊びに行った事の無い人の方が珍しいのですが、とにかく諏訪先生は別格です。
「ちょっと用事があって……千人塚博士はいる?」
「残念ながら海野所長とロシアに」
「えー……そっかぁ……じゃあ赤須博士に頼むかぁ……」
「赤須博士もロシアですよ?」
「うそ……どうしよう……」
とても困った様子です。
千人塚博士の言葉を借りれば『ヘタレ』
情けない性格が目立つ方ですし、博士達の中で特に優秀という訳ではありませんが、それでも『機構』で研究室を任されるだけの方ではあります。
「えっと、なにか困り事ですか?」
それに何より、なんとなく放っておけません。
私で力になれればと思い尋ねると、守矢博士の顔がパッと明るくなりました。
「そうだよね! そういえば小笠原くんは大瀬博士のところ出身だものね!」
「ええ……そうですけど」
大瀬博士は中部研に勤める研究者で、国内でも有数のアーティファクトの権威でもあります。
私も非常勤職員としての雇用が始まった高校生の頃から非常にお世話になった恩師とも言うべき人です。
「実はこのアーティファクトで困ってたんだよ」
博士はセキュリティケースを掲げます。
「この間僕のプライベートを盗撮している人がいてね、調査員の皆が捕獲してくれたんだけど、そいつが使っていたカメラがどうやらアーティファクトらしくて」
説明をしながら取り出されたのはインスタントカメラです。
最近はめっきり見なくなりましたが、真新しい外装は新規に製造されたものでしょう。
「ふむ……捕獲したその人物に尋ねてみるのが早いのでは?」
「無理だよ、猿轡を噛ませる前に奥歯の毒薬で自殺しちゃったから」
「ということはどこかの国の諜報機関員ですかな?」
「うん、断言は出来ないけど調べた感じーー」
「アメリカ人ですね……」
諏訪先生と守矢博士の会話に割り込みます。
「よ……よく分かったね」
流石にそれは分かります。何しろこのアーティファクトはモノがモノです
「守矢博士が持ってきたこれはアメリカ人がよく諜報活動で使うやつなので」
通称『撮影機材C型』と呼ばれるこれは、現地では『願望カメラ』の名前で知られている事案性物品です。
アメリカ国内では複数の超常使用団体が製法を知っているらしく、押収品を『保全財団』が諜報活動に利用しているというのはアーティファクト畑では有名な話でもあります。
「刻印を見る限り『Dマート』製みたいですね……うん、作りは荒いですけど間違い無いです」
アメリカの超常使用団体『Dマート』は終末思想の団体で『来る審判の日に備えて天使達を討ち滅ぼす武器を全てのアメリカ国民に!』との理念の元、あらゆるアーティファクトを製造してはばら蒔いたり販売したりする迷惑な団体です。
幸いな事にアメリカ国外では活動が確認されてはいませんが、今回の様に日本国内に流入してくる事もあります。
国内の『三柱重工』や『葦原製作所』のような団体が製造する高品質なアーティファクトと較べれば敵対勢力から使用された時の脅威度は低いとはいえ、粗製品であるがゆえに予期しない事故や暴走が起きることも多いので、そういう面では非常に厄介です。
「とはいってもこれに関しては問題ないと思います『願望カメラ』自体はありふれたアーティファクトですし、暴走してどうなる類いのモノでも無いので」
「なるほどぉ……で、どういうものなの?」
それに関しては見せるのが一番早いでしょう。
「守矢博士 はいっ、チーズ!」
「うわぁっ! な……なに?」
リアクションがいちいち大きい守矢博士にカメラから出てきた写真を手渡します。
「えっと……これは?」
「まあ、見てて下さい」
説明することを考えたらこの『願望カメラ』が拡散転写法を用いるインスタントカメラ形式で助かりました。
たまに見つかるフィルムカメラ式だと手間が大きくなってしまいます。
「何が写ってます?」
「えっと……これは僕と、奥さんの……デートの写真?」
「おおっ! 素敵ですね! このカメラは被写体の願望を写し出すモノなんです」
流石は愛妻家です。
「へえ、凄いね! ようし、今週末は奥さんをデートに誘ってみよう!」
守矢博士は写真をしまうと笑顔で言います
「諏訪先生も一枚どうです?」
「では、おねがいします」
出てきた写真はなにやら人体実験をしている写真です。
後ろには多数の特定調査員とチャッピーの精製タンクがあり、私や千人塚博士が先生のサポートをしています。
仕事熱心で仲間思いな諏訪先生らしい写真です。
「小笠原さん、俺達もいいですか?」
「もちろんです!」
大嶋さん達調査員の皆さんも撮影します。
大嶋さんは表彰されている写真、後ろの横断幕には『祝ZA-0312無力化』と書かれています。
田島さんは奥さんと大勢の子供達との集合写真、自分の子供だけでサッカーチームを作りたいと言っていたのでそれでしょう。
藤森さんはTV画面と新聞記事……
「世界的な南信州ブーム?」
「長野県から諏訪県への県名変更が正式に決定?」
「またとんでもない事を……」
藤森さんの異常な郷土愛は今に始まったことではありませんが……いえ、首尾一貫しているのは良いことです。
「なんか文句あります? 日本にとって理想の未来じゃないですか!」
数日後……
「へぇ……楽しそうだね」
ロシアから帰国した博士にカメラの話をすると満足げにそんなことを言います。
「それで、小笠原ちゃんの写真はどんなのだったの?」
「私のはこれです!」
大爆発を背にドリフトする私の愛車、私がハンドルを握り博士が助手席に座っています。
「うわぁ……」
「ちょっと、何で引いてるんですか!」
とっても格好良い写真だと思うのですが、博士が何を考えているのかたまにわからなくなります。
「そりゃねぇ……そういえば大河内くんは?」
「それが……」
「ん? マシンを弄ってるね……」
「写真を撮ったときの姿そのままなんですよ」
今の日常が満ち足りているということなんでしょうか?
「まぁ、写真って事なら一番正しい姿なんだろうけどね」
確かにそのものの風景を切り取るのが写真の本質です。
「それで……なんでまだこのカメラがうちにあるの?」
「これ、研究室保管が原則なんですよ」
欲望カメラはありふれたアーティファクトなので基本は各研究室や支部の保管庫に収めておくことになっています。
「なるほど、久ちゃんに押し付けられたわけね」
「うう……面目ないです……」
「まあ、仕方ないね……そうだ、折角だし羽場君も撮って貰いなよ」
なんというか、守矢博士に頼まれると断り難いです。
加えて身内に甘い博士はうちでカメラを保管することにしたようです。
「そうですね、小笠原さんハンサムに撮って下さいね」
「はい!」
出てきた写真は大量の有名な事案性事物の死体の上に立つ満身創痍の羽場さんが写っていました。
上半身裸で拳を天高く突き上げています。
「わぁ……マッチョだ……」
「なんというか……イメージ通りですね」
「これは良い写真ですね! いただいても?」
「ええ、どうぞ」
羽場さんは満足そうです。
「じゃあ、博士も撮ってみましょう!」
「うん、お願い」
出てきた写真にはびっしりと何かの数式が写っています。
「凄い! なんだか一番ぽいです! 格好良いなぁ……」
知識の探求者、幾つもの困難な『事案』対応や管理を成功に導いてきた博士らしいです。憧れるなぁ……
「いやいや、ほめすぎだって」
博士はデレデレとした表情で写真を受け取ります。
「うーん……」
「どうしたんです?」
写真を見て苦笑いしながら唸る博士
「この写真よく見てみて?」
「はぁ……?」
数式は恐らく現在原理に関わるモノの様ですが……
「ああ、そういう……」
「うん、式が破綻しちゃってる」
ということは……
「どういう事なんでしょう?」
「うーん……休暇が欲しいってことなのかも! よし、有給取ろっと!」
「失礼します」
そんなことを話していると珍しい人が訪ねて来ました。
「え、苅屋原くん……? どうしたんです?」
「小笠原さん久し振り、あと主任昇格おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「えっとどちら様? 元カレ?」
「ちがいますよ!」
彼は私の同期の苅屋原研究員です。
確か北海道にいると聞いていたのですが……
「失礼しました。守矢博士の研究室の苅屋原と言います」
「あー、そういえば久ちゃんとこに新しい子が入ったとは聞いてたけど……まさか小笠原ちゃんの元カレだとは思わなかったよ。えっと改めまして、甲信研の千人塚友紀恵です。よろしくね」
「だから違いますってば!」
ともかく彼は非常に優秀な理論物理学者であり数学者です。守矢博士の職場である先進管理資材研究所は最適な職場でしょう。
「それで、今日はどうしたの?」
「ええとですね、先日の撮影機材C型の移管に関する書類をお持ちするついでに甲信研の皆さんに挨拶してくる様にと守矢博士から」
「久ちゃんも冷たいね、一緒に付き添ってあげればいいのに……」
「いえ、博士もそのつもりだったみたいなんですけど仕事が溜まりに溜まっていたもので……」
「あー……うん、そういうことね」
夏休みの宿題を最終日に泣きながらやるタイプ
かつて千人塚博士は自らをそんな風に例えていた事がありましたが、そういった部分も自称一番弟子である守矢博士は受け継いでしまっているみたいです。
……私も気を付けよう
「うん、それじゃあ私達が案内してあげるよ」
「よろしいんですか?」
「よろしいんです! 小笠原ちゃんの昔の話も聞きたいしね!」
そういうわけで、私達は甲信研の案内と彼の紹介をする事になりました。
博士の燥ぎっぷりは凄かったものの、楽しい時間であった事は間違いありません。
翌日……
「うーん……妙な事になってきたね」
朝出勤してしばらく経って勝沼の先進管理資材研究所からの電話がありました。
苅谷原くんがまだ戻っていないという内容です。
すぐに博士が甲信研の防衛警備を担当するKSSOFに問い合わせを行ってくれましたがそれによると入場記録だけで退場の記録が無いとの事でした。
「迷ってしまったんでしょうか?」
諏訪先生はそう言いますが、広大な敷地ではあるものの大勢の職員が働いていますし、KSSOFや技術課の皆さんが常に巡回してもいます。
「うん、迷子って線は考えにくいね……安全とは言いにくい職場だからなぁ……一応KSSOFも探してくれるみたいだけど、うちでも手分けして探そう」
博士の指示で全員防護外衣着用、拳銃携行で捜索を始めました。
私は博士とペアです。
「いないねぇ……技術課にメンテナンスピットも見て貰った方がいいかなぁ……」
自販機横のゴミ箱を覗き込んで言います。
「流石にそんなところには……あれ、この部屋ってなんでしたっけ?」
半開きで『修理中 立ち入り禁止』と書かれた自動ドア
「あー…掃除道具とか蛍光灯とかトイレットペーパーとかの倉庫だったはずだよ」
ドアの前に進んだ博士は足を止めました。
「どうしました?」
「血の匂いがする。小笠原ちゃん、私の前に出ないようにしてね」
博士は拳銃とライトを取り出してそろりそろりと部屋の中に進みます。
「うっ……」
そこにあったのは壁一面の血文字……
「苅谷原研究員……?」
部屋の真ん中の人影に銃口を指向したまま博士が問いかけます。
「時間の非対称性……プランク時間に完結……時間……?時空の範囲は……並列の時間……重複した空間……多世界と並行世界は……」
ガラガラに枯れてはいるものの、その声は確かに苅谷原くんのものです。
「虚数領域と仮定すれば……駄目だ!!!」
ガリガリと髪を掻き毟る……いえ、最早髪の毛どころか頭皮すら剥がれ落ちてしまっています。
一部は頭蓋骨さえも露出して……
「小笠原ちゃん……KSSOFに連絡を」
「は、はい!」
「情報の……そうか! 情報の!」
中携帯を取り出そうとした時でした。
苅谷原くん……いえ、苅谷原くんの姿をしたそれが立ち上がり、まるで糸の足りないマリオネットの様な不自然な動きで私達の方に歩み寄ります。
「小笠原ちゃん! 下がって!!」
私を庇うように立ち塞がった博士
「影……そうか! 分かった! 分かったぞ!」
不気味に笑いながら博士の目の前で歓喜するそれがふと動きを止めて……いつもの目で、いつもの声音で呟きます。
「そうか……世界は--」
その瞬間、それ……苅谷原くんは消えてしまいました。
跡形も残さずに……
「……これは、私の写真?」
博士が拾い上げたのは欲望カメラで写した博士の写真……という事は……いえ、そもそも私達は……
「--わらちゃん!! 小笠原ちゃん!!」
「へ……? 博士……? ここは?」
「医務室だよ……無事で良かった……!」
「これは決まりの様ですね」
「うん、これはもう無理だね」
何やら諏訪先生と話し合う博士……
博士の説明によると、欲望カメラで写した博士の写真にあった数式、恐らくはあれが原因だろうとの事でした。
あれを理解できる知性の人間があれに触れると取り憑かれた様に解を求め、解に辿り着くと苅谷原くんの様に何処かに消えてしまうということ
調査にあたった複数の研究員がその症状を見せているということ
私も数時間に渡って思索の海に溺れていたということ……
治療するためには関連する記憶を根刮ぎ処理しなくてはならないとの事でした。
守矢博士の持ち込んだ欲望カメラはもちろん、苅谷原くんの事も全て--
「今回の事で私が覚えているのはこれくらいです」
「うん、ありがとう。辛いことを思い出させちゃってごめんね?」
流石の記憶力だ。
苅谷原研究員の記憶も全てというのはあくまでも念の為だが、最も危険の大きい本件の記憶に関しての処理は問題なく行えるだろう。
天才揃いの『機構』において研究は不可能
理事会は例の写真のくろ収での収容を決定した。
職員の接触を完全に禁止しての封印だ。
つまり原理の解明を諦めてこの話はこれでお終い。そういう話だ。
「それじゃあ諏訪先生、おねがいね?」
「はい、お任せ下さい」
諏訪先生に小笠原ちゃんを預けて自販機横のベンチに座る。
幸い私はあの数式に対する欲求は抱いてこそいない。
それでも謎に対する疑問は……
「いや、駄目だ……止めとこう」
私に記憶処理薬は効かない。今は大丈夫でも今後も平気だとは限らない事を思えば考えないに越した事は無いだろう。
カメラは被写体そのものを切り出す道具だ。
それは通常のカメラも欲望カメラでも変わらない。
あくまでも見方の問題というだけの事だ。
であれば……私は一体何なのだろう?
数万年前から、もしかするとそれ以前からの思索ではあるが、残念ながら答えの片鱗すらも掴めないでいる。
なんとも……なんとももどかしいものだ。
いくら知識を蓄えたところで、自分の事すら何も分からないのだからーー




